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やがて、イシャになる  作者: 彩守るせろ
3. ねがい、いのり、希うなら
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2. あゆみだせ



「……なんだって?」


 そして翌日、まだヘイル夫妻がそれぞれの診療を始めるより前の時間帯、ヘイル邸にて。

 朝一番で爆弾を落とした椋に、ヨルドとアルセラはそろって手を止め、目をむいた。朝っぱらから申し訳ないとは思いつつ、口に放り込んだパンを飲み込んで、椋は顔を上げる。


「アイネミア病は、何らかの魔術によって、本当なら毒やばい菌に対抗するため存在している機能が、患者の血を失わせていく方向に作用してしまうことで起きるものなんじゃないでしょうか」

「……」

「俺は魔術が分からないから、あくまで、本当にそんなことが可能なら、って前提での話になってしまうんですけど。でもただのいち仮説としてならどうだろう、考えてみてもいいんじゃないかと思って」


 夫妻からの反応はない。湯気を立てるスープを口に運びながら、二人の表情を椋は観察した。 

 さてこの仮説は、何がどれくらいおかしいんだ。そもそも貧血だと椋が判断した病態は、この世界にも確かなものとして存在しているのだろうか。

 ただ、沈黙だけが返される。

 とりあえず何か言ってほしい。息苦しさを無視して、椋は新しいパンに手を伸ばし、ちぎってスープにかけらを浸した。

 半分は器が空になったくらいで、ふいにアルセラが深いため息を吐いた。


「リョウ。別にもう、あんたがいくら祈道士をバカにしようとあたしは気にしないけど」

「え?」

「あのなあリョウ。教会は、アイネミア病発覚早々に「これは呪いによるものではない」っていうお触れを出してるんだ。ああちなみに呪いってのは、人体に何らかの悪影響を及ぼすために使用される魔術全般を指す言葉だ」

「えっ」


 ヨルドの苦笑交じりの言葉に、椋は凍りついた。同時に納得する。ふたりがフリーズしていた理由はまずそこだったらしい。

 昨日までの間にも、神霊術はアイネミア病の根本的な治療にならない、神霊術は内科で創生術は外科だ、神霊術の基本術式の作用は、ある特定の効能を三つ組み合わせたもの、創生術は病変と健常の組織の総取り替え。指折り数えてあげてみるだけでも、二人が怒らないのが不思議なくらいの暴言を椋は言いまくっている。

 苦笑したアルセラが口を開いた。


「さっきも少し言っていたけど、どうしてこれが呪いだと思ったんだい?」

「質問に質問で申し訳ないんですけど、逆にどうやってアルセラさんたちは「呪いじゃない」っていう結論を出したんですか?」

「呪いの検出に特化した術が神霊術にあってな。もう俺もアルセラも二十年はこの職についてるが、これで検出できなかった例は、片手で足りるくらいだ」

「……なるほど」


 当たり前のように、治すのも魔術なら診断も魔術だ。

 いい悪いの問題ではない。思考回路の根底が、前提がまったく違う。異世界。今日もまた実感する椋である。

 「呪いじゃない」。魔術による解析は示しているという。

 ならばあれほど奇妙な症状を、どう捉えたらいいのだろう。患者数自体はそう増えている印象がないのを、どうやったら理論的に説明することができるだろう。

 患者の全体像についてはあくまで椋の感覚でしかないので、それこそ確かなことは言えないが。

 首をひねる椋を横目に、不意にぽんとヨルドが手を叩いた。


「ああ。そういえば昔、ヘンな呪いの患者を扱ったことがあったな」

「ヘンな患者?」

「アルセラ、確かおまえも一緒に診ただろう。傷自体はそんなに大きくないのに、どうしてかぜんぜん血が止まらないって、うちに運ばれてきた患者だ」

「ああ、本人や家人は呪いのせいだって言うのに、実際には呪いの影も形も見えなかった、あの」


 血が止まらない? 血友病か何かの患者さん?

 内心首をひねりつつ椋が目前の二人を見ていると、はっと何かに思い当たったようにアルセラが目を見開いた。


「そうか。リョウ、あんたの仮説、あながち間違っちゃいないかもしれない」

「えっ?」

「検出の術式をすり抜ける呪いってのもね、さっきヨルドが言ったように、ないわけじゃないんだ。必要な魔力は莫大で術式もとんでもなく複雑、呪いを組むのに必要な代物からして、どれも法を犯すような類ばかり。だからこそ裏から探って行けば、逆に簡単に足跡が辿れるような物ではあるんだけど」

「本当にそういうもんを巧く立ち回って使えるなら、下手すりゃ国が滅ぶくらいの損害は当然与えられるだろうな」


 さらりと、アルセラから続いたヨルドがとんでもないことを口にする。

 しかもアルセラも、うんうんと彼の言葉に頷いている。いや待てここ絶対同意する場面じゃない。むしろ全力で否定するべきところだ。

 頭痛がしてくる。頭を抱えて椋は唸った。


「あの、俺の仮説を否定するって方向は」

「ないね。あたしたちがこれまで立ててた説より、あんたのトンデモのほうがずっと面白い」

「トンデモ……いやもうそれはいいです。アルセラさんたちの説って?」

「これが、あのラグメイノ【喰竜】級の中毒だとする考え方だな」

「一回よくなってから悪くなるって経過や、解毒の術式を組み合わせても全く変化がないってところから、もともと可能性薄だったけどね」


 肩をすくめて夫妻が笑いあう。どうしてこのひとたちは笑えるのだろう。引っ掻き回しているのは椋だが、どうして、こんなめちゃくちゃを笑って聞いてくれるんだろう?

 「ない」と言われているものを「ある」と言い、「ひとつ」として考えられているものを唐突に三分割して思考しようとし、それぞれの治療の差異を対比させようとする。あげくに一方は無効どころか、中期的に見れば状態を悪化させると言う。

 やれやれと息を吐いたヨルドが、不意ににやりと笑った。


「リョウ、全部終わったら覚悟しとけよ」

「は?」

「こんなメチャクチャ言いながら、必死な理由。ちゃんとあたしたちに分かるように話して聞かせな。それが、それこそ治癒魔術体験教室の対価だ」


 続くアルセラもふたりとも、笑顔だが目がまったく笑っていない。真剣そのものである。

 返す笑いが思わず引きつった。


「……ええーと、とりあえずその前に、ちょっとやりたいなと思ってることについてお聞きしたいんですが」

「さすがにその話題変換のしかたはどうかと思うぞリョウ。何だ、今度は何するつもりだ?」


 ツッコミは入りながらも、無理やりな話の焦点変更が許される。

 至極もっともな指摘に苦笑しつつ、またひとつの新たな疑問を椋は二人へ投げた。


「アイネミア病の患者数と、その重症度、あとあの魔物が現れた日にどこにいたか、って、どこかにデータあったりしませんか?」



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