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靴のありがたみ

 無事街に着いた。

 見慣れた城下町。サクラのときヴィニアスと一緒に買い物をした街。間違いなく。道も店も全部同じだ。

「よかった。一緒に街散策したおかげで道はわかる」

 

 幼い頃の顔はあまり覚えていないが、私の兄であるヴィニアスは、恐らく、あのヴィニアスだろうと思われる。

 ファーストネーム一度しか聞いてないけど、たぶん……あってる。

 

 ヴィニアス=レイダ

 幼い頃、城へ行ってしまった。キルシェ=レイダの兄だ。

 別れも言わず城へ行ってしまった兄から、私の元に連絡が来ることは一切なかった。それがショックで、何年か、兄のことを考えないようにしていた時期がある。

 城で務める魔法使いは、契約上、常に城周辺にいなければならないのだとヴィニアスが言っていた気がするけれど。

 手紙すら送って来ないのは……何か事情があるのだろうか。

 

 会いに行ってもいいのか不安だけど、言うことがある。

 もうあの家のために働くことはない。もし、私の暮らしを守るためなのだとしたら、それこそ、私はもうあの家に戻らないのだし、自分のためだけに生きて欲しいと。

 でもそれは後回し。

 先にじゃがいもを調達せねば……。


 の。前に。


 金がねえ。靴もねえ。服もぼろぼろ。膝小僧は擦りむいてヒリヒリ。

 城下町で誰もが振り向く家なき子スタイルな私。

 

 一万歩譲って服と靴はいいとして。じゃがいもとお肉……材料を買うお金がないのは困る。

 何せ、彼のなんちゃら式は今日だ。

 お祝いはその日に渡してなんぼである。

 私のやりたいこと。

 それは彼に山盛りのコロッケをお届けすること!


「よしっ! 頑張るぞ!」

 景気付けに何か売れるものでもないかとポケットに手をつっこんだら、ポケットが破れる音がした。

「わお……」

 天を仰ぎたくなる。

 城下町の石畳が冷たくて、一晩の野宿で冷え切っていたからだが更に冷たくなっていく。

 懐が……すべてが……現状が寒い。心は気合いに満ち満ちているが、体は震える。

 季節は秋。

 街の木々は紅葉して美しく、洋風の家やお店がより一層おしゃれに見える。

 そしてより一層居づらい。

 私は、街の人々の視線に気付かないフリをしつつ、ひとまず八百屋に向かった。ついこないだロブリートって何? と聞いたら、ロブリート屋に行けてやんでい! と怒られたあの八百屋だ。


 道に迷わずにすむだけでも良し。 と思おう。


 自分の世界だという自覚はあるのに、鏡越しで見ていた世界が目の前にあるというのは不思議だ。映画のセットを歩いているような感覚になる。

 本当は立ち止まっていろいろ物色したいところではあるけれど、足元を見ながら、ときどきチラチラ前を確認しつつ進むしかない。

 もし素足で犬のアレなど踏んでしまったりしたらたまったもんじゃない。

 かといって、誰かにぶつかってトラブルというのも困る。

 慎重かつ素早く。

 無事に八百屋に辿り着いた私。

 だったが……八百屋のおじさんと目が合った途端、カチっと体が動かなくなった。

 

 私、サクラなの。転生したの。お金ないの。じゃがいもと玉ねぎ頂戴。

 いや、無理。それ無理。

 私何やってんの? お金も持たずに買い物に来るなんて。致し方ないとはいえ。無理すぎる。体が拒否してる。この恥ずかしい状態で転生したとか説明するのがもう無理。

 いやいや。そんなこと言ったってどうにもできないし。下働きでも何でもやりますからって言っても……今日中に届けたいし……。

 いや待てよ。今私、美少女だぞ。しかもあきらかに貧しい身なり。

 いける。可愛い顔と声で。どうかじゃがいもと玉ねぎを恵んでください。そう言えば……イケル。後々お金を払いに来ればいいことだ。

 やれ。やるんだ私。美少女の私。

「お嬢ちゃんどうした? 何か買いに来たのかい?」

 おじさんが、近づいてきた。やるなら今。今しかない。

 私は……私は……。

「お金忘れたので出直してきます!!」

 言えなかった。

 それどころかさっさと踵を返してしまった。

 駄目だ駄目だと心の中で大合唱が起きているけれど、体が言うことを聞いてくれない。

 サクラとして培ってきた常識が、ガッチガチに喉を締めつける。美人だからイケルとかそんなまったく身に覚えのない事象を信じられなかった。

「おうっ待ちなお嬢ちゃん!」

「はうっ!?」

 おじさんに呼び止められた私はビクっと立ち止まった。

 まだ何もしていないのに、非常識な企みがバレタのではないかと、冷や汗が出る。

「はいよ」

 おじさんは、私の前にまわり込み、足元に何か置いた。

 見ると……靴だった。茶色い布で出来た男物の靴。

「せがれのだが、靴紐きつくすりゃあ履けねえことはねえだろうよ」

「え……」

 振り返ると、おじさんの息子が素足で店の前に立っていた。

 

「あのっでも」

「いいからいいから。これ履いて、いっぺんお家帰んな、んで、気が向いたらまた買い物に来てくんな」

 おじさんがニカっと笑った。前歯が一本ない。少し間抜けなその笑顔越しに、おじさんの息子が恥ずかしそうにそっぽ向くのが見えた。

 いかん。泣く。

「あっありがとうございまふっ」

 私は、涙を気合で堰き止め、深くお辞儀しながら靴を拾い上げざまに再びグルっと踵を返し、猛ダッシュした

 本当は、もっとちゃんとお礼を言うべきなのだろうけれど、泣きそうで無理だった。

 角をいくつか曲がって立ち止まり、深呼吸して気持ちを落ち着ける。

 胸に抱いた靴が暖かい……暖かくて臭……暖かい。

 人の優しさに泣きそうになるなんて、いつぶりだろう。

「ああよかった。じゃがいも頂戴とかいわなくて」

 私は、鼻水をすすりながら、おじさんに言われたとおり、大きな靴を靴紐でギュッと締め付けて、なんとか足に固定した。

 不格好で歩きにくいが、これでいろいろと踏むかもしれない心配はなくなった。

 よし。前を見て進めるぞ。

 ……次どこ行こう。

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