夢の中の夢は夢
「恥ずかしっ……」
私は、自分の声に驚いて目を開けた。
朝かな……まだ眠い。
キルシェ……でありサクラな私は、ゴロンと寝返りをうって、もう一度寝直す体勢に入った。
「何かすごい悲しい夢見た気がする。野宿したせいかな」
「残念ながらまだ夢です。夢に夢をかぶせただけです」
「あ……そっか……ん?」
ぼんやりする頭で周りを見渡すと。
薄黄色の世界がどこまでも広がっていて、他に何もなかった。視覚がおかしくなりそうな狭いのか広いのかわからない場所に、私一人……と一匹。
大きく真っ白な狼らしきモフモフが佇んでいる。
夢に夢。つまりは夢。
「私はあなたをこの世界に転移させたかった者です」
狼が、口元を少しも動かさずに声を発した。
私は、目をこすって、暫し頭を捻って、なんとなーく現状を理解したような。
してないような。
とにかく騒ぎ立てる元気がないので、ぼんやり理解なまま話をすすめることにした。
「私を異世界に転移させようと奮闘してた神様ですか?」
「まあ。上手くいきませんでしたが」
「……そう……でも私転生してますよね?」
「はい。あなたは死んで、この世界に転生しました」
「あらら……」
私。死んだの? 毎日毎日馬車馬のごとく働いて、まだ若かったのに、死んじゃったの?
ショック過ぎて。ショック過ぎる。
「噴水にトラックが突っ込んで、即死でした」
聞いた途端。パチパチと映像がフラッシュバックした。
最後に見た……水の向こうにいる彼の顔……どんな表情をしているのかまでは思い出せないが、事故現場を彼に見せつけてしまった可能性がある
好きな人に血まみれの死体をお見せしてしまったことが悔やまれる……じゃなくて。じゃなくて……。
「あなたの仕業ですか?」
怒りやら哀しみやらいろいろで声が震える。
「いえ。運命でした。なぜこんなにも転移させることができないのだろうかと常々思っていましたが。あなたは死ぬ運命にあり、そして転生する運命でもあったからなのです。私は運命に逆らえません」
「生まれ変わる予定だったってこと? 異世界に?」
「はい。生まれ変わりというのは、まあ割と行われることで、それがたまたま異世界で、たまたま姉上たちが転移した世界だったのです。おかげで私。助かりました」
「えっと……何が……っていうか、え~っと常々思ってたんですが、どうして関係ない私を転移させようとしてたんですか? っあと……私前世の記憶があるのどうしてですか?」
狼は、微動だにせず。
私は、ゴロンと転がったままである。とてもじゃないが神様と会話しているとは思えない絵面だ。
「あなたの姉と妹が、なかなか聖女として動いてくれず。どうすれば動いてくれるのかと聞いてみたところ。お二人ともサクラを連れてくれば……とおっしゃりましたので」
「……はぁ?」
なんだそれは。
こっちにきてちやほやされるも、面倒になった姉と、責任諸々が怖くなった妹。二人共、私に尻拭いさせようとしているか、ストレスのはけ口を必要としているか……いや両方か。
ものすごく迷惑なホームシックと言えなくもない。
腹立ちや苛立ちが一周二周して、呆れる。
「前世の記憶は、私が呼び戻しました。本来生まれ変わる際、前世の記憶は魂の奥底に沈んでしまうのですが、あなたの持つ異世界との絆のようなものに、引っ掛かってとどまっているというような感じでして、なんとかなりました」
「なにその曖昧な説明」
「所謂奇跡です」
奇跡て。
まあいい。
とにかく私は、彼女らの我が儘に突き合わされてこちらに来たのではなく、己の運命で来たわけだ。
あんな道半ばで、どたばたと死んでしまったことは、かなりショック。けれど、私は……サクラはまだ生きている。体も世界も違うけれど、私は私だ。
生きてみんなに会えるなら……あれ?
「そういえば。今って……あの日から十六年経ってるってことですか?」
みんな私のこと忘れてるんじゃないだろうか。彼……の年齢ってそういえば聞いてないってか教えて貰ってないけど、年の差が……じゃなくてそもそも、結婚してるよね。
「いいえ。今日はあなたが最後に見た異世界です」
「……最後っってことは……ええっ!? マっ本当ですか!? よかっ……ん? どういう原理ですかそれ?」
最後に見た異世界というと。彼と話していた日ということでよろしいのだろうか。
「転生というのはそういうものなのです。時の流れなど関係なく。あなたの魂がこう……ぴったりしっくりくる時代、世界へと辿り着く。いやぁ。本当、見当違いな時代に転生されていたら私、詰んでおりましたゆえ。奇跡さまさまです」
「奇跡おきすぎで逆に不安だわ」
「本当はもっと早くに記憶を目覚めさせたかったのですが、幼いうちに干渉してしまうと、魂に影響があるやもしれなかったので」
「影響?」
「ふわ~と肉体から離れたりとか」
「うわ。それで。たまたま私が死んだ日に目覚めさせたんですか?」
「スタート位置を終わりと合わせた方がすっきりしてるかなと」
「なるほど」
全然なるほどじゃないけど、同意しておいた。ごねてこれ以上ややこしい説明を聞かされても困る。
なんだか急にいろいろと心配になってきたし。
借金ってどうなるんだっけ。家の片付けとか誰がやってくれたんだろ。トモかリンか、遠い親戚か。事故の処理も大変だったろうに。運転してた人はどうなったのだろう。無事でもただじゃすまないはずだ。人一人死んだわけだし。
「私が居なくなった後の世界はどうなりました?」
「さぁ。知りませんが」
無責任。と言いたいところだが、そもそも運命の責任なんて、誰にもない。神様にあるのは現状の説明責任くらいか。
「……それで。私にどうしろと」
深く沈んでいく気持ちに抗おうと、話を進める。
「それはもちろん。お姉さんや妹さんに、私こっちに来ましたよ~という報告をして、これから一緒に頑張ろうって感じで……」
「それってあなたじゃ駄目なんですか?」
「え?」
「あなたが姉と妹に報告すればいいんじゃないですか? 連れてくるって約束したから連れて来たよって。言えないんですか?」
「いえますけど……でもやっぱりご本人が現れた方が……」
「もう本人とは言いづらい状態なんですけど。別人ですし」
私は、脳をフル回転させた。
他人にいろいろと嫌なことを押し付けてこっちに来た。これは死んでしまった今となってはどうしようもないことである。
だからこそ。こっちではしっかりやるべきことをやろうとは思う……が。
そのやるべきことが、前世の姉と妹に、こっちきたよ~いろいろ補佐するから、聖女としてがんばってよ~なんてゴマすりすることだとはどうしても思えない。
しかしそうなると。
なぜ今まで、姉の借金返済や妹の人間関係の後始末に奔走していたのだろうということになってくる。
しっかりやるべきことをやるのはどちらの世界でも同じはず。
それなのにこっちに来た途端、姉と妹の後始末をするのは何か違う気がする……というのは……一体何が間違っているのだろう。
美人になって我が儘になった? 新しい人生を謳歌したい?
いやでも。新しくなりたいわけじゃない。せっかくキルシェとサクラが合体……ではないけれど、今すごくしっくりきているのに。
私は、サクラであってキルシェでありたい。
「それはまあ。確かにそうですけど」
「私がサクラだと信じないかもしれませんよ」
「まあ……では、転生したってことを説明してくるので、お姉さんと妹さんに会っていただけますか」
「じゃあ二人には、住所氏名年齢外見、全部事細かに伝えてください。でなきゃ真実味がないので」
「真実味……はい」
「私は会いませんけど」
私には会いたい人達が居る。踏み出せなかった一歩、自分で動いたわけではないけれど、一歩前へ……この場所へ来れた。
「……はい?」
「やることあるんで私」
ちゃんとある。私にはやりたいことがある。
だからまずそれをする。それが私にとってちゃんとするということ……じゃないだろうか。
「あるんですやることが」
再び声に出してみたら、より一層腑に落ちた。他人が聞いたら全然正論じゃないだろうけれど、私にはもう、頷きたおしたいほど、ストンときた。
私たぶん、やりたいことが見つからなくてうだうだしているのを、人のせいにしてただけだ。所謂悲劇のヒロインぶってたかったってやつだ。
メリエルとは全然同じじゃなかった。一緒に頑張ろうって言ったのに、頑張れてなかった。
何もかもほって楽なほうに流れた姉と妹が悪で、残って頑張る自分は正義。だから異世界へは行かない。なんて意地張って……ヴィニアスさんにも甘えていた。
彼にも……毎日毎日うだうだぐちぐちと……。
「だから姉と妹に言って欲しいことがあります。あっ……でもえっと。あなたって神様なんですよね?」
「ん~まあ。人じゃないですけど。神って認識で存在してるわけでもないです」
「いや。えっと。そういうことではなく。人からは神様的な存在って認識されてますよね?」
「まあ。ですかね」
「ですよね。じゃあ姉と妹にとってもそういう認識であってますよね?」
「ああ。はい。そういえば二人共、神様って呼んでたかもしれません。私のこと」
「よっしゃ」
私は小さくガッツポーズした。
白い狼は、まだまだ微動だにせず。しかし困惑しているのは伝わってくる。
「じゃあ。神様」
「…………はい」
「二人に私を転生させたことをお伝えしてください」
「私が転生させたわけでは……」
「神様がやったんです。二人の望みを叶えたのは神様です。なぜ転移じゃないのかと聞かれたら、選ばれし聖女ではないからとか適当に言いきかせてください」
「……はい」
神様押しに弱いぞ。
私はここから一気に神様を攻めた。思いつくままに頼み事をして頷かせ。
今度こそ目を覚ました。
枯れ葉の山から顔を出してそっと辺りを伺うと、真っ暗だった夜の森が、朝焼けの光で神秘的な景色になっていた。
「うう寒かった。死ぬかと思った」
声が震える。
昨晩。
靴も履かずに屋敷から走り出た私は、割とすぐ冷静になって、森のど真ん中で立ち止まった。
魔法使いの屋敷がある森は、物理的に広いわけではない。街からそう遠くもない。しかし一歩足を踏み入れると、迷いに迷ったあげく屋敷へたどり着けず外へ出てしまう。
結界が張ってあるからだ。
私たち魔法使いには効かないので、私が森を抜けるのは屋敷から伸びた一本道を行けばいいだけ。とっても簡単。
しかしそれだと速攻で捕まってしまう。
そこで私は、行きたい方、城下町方面とは逆の道に、着ていたカーディガンを落とし、森の中の道なき道を通って、城下町方面出口傍の枯れ葉に埋まって一晩過ごした。
上手くいけば今頃、屋敷の面々は港町の方を捜索しているはず。
彼らが一晩分遠くへ行っている隙に、体力を温存した私が動き出す。というわけだ。
「よし。じゃあ出発!」
私は、風の魔法を使って、意気揚々と街を目指して走り出した。
昨日、思い出したのだ。
昔兄と一緒にこっそり屋敷を抜け出して、城下町へ出かけたことがあるのを。それで、屋敷の正面の道が城下町方面とふんだのだが。
あってるよね。キルシェとしてあの屋敷に居た頃、外の情報とことん遮断されてたから、私きっとかなりの世間知らずだろうな。
まあ子供二人で行けたんだから、そんなに遠くないはず。
「ヴィニアスお兄ちゃん。元気でやってるかな……」
ぽつりと呟いた名前。当然知ってるはずの兄の名前のせいで、私はこけた。砂利道で盛大に。