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さらば世界

 絶対転移してなるものか。

 絶対に。水たまりが光っても避ける。仕事場のパソコンの黒い画面が光ったらパソコンを壁に投げつけて弁償させられたりもした。

 借金は全然減らないのに体力はガンガン減って、毎日疲れて、お風呂でうたた寝して溺れかけたこともある。

 それでもなんとか踏ん張っている。

 こんなに頑張って、二人を待ってるなんてそんなわけない。

 私はとにかく嫌なだけだ。

 何もかもほっぽって、異世界に逃げた姉と妹とついでにあまり接点のない義母と同じになるのが。

 私は、現実でちゃんと生きる。ちゃんと……。

 私……置いて行かれたんじゃない。だから追いかけたりしない。

 でも……行きたい気持ちもある。いやでも。それなら尚更ちゃんとしなきゃ。こっちでちゃんと。やるべきことをやってやりたいことみつけて…………。

 私。やりたいことって……なんかあったっけ。自由とか言ってるけど……これと言って何も……具体的なものが浮かばない。

 この歳で……。

「隊長! こんなところに居たんですか! 明日の授与式の打ち合わせがあるそうですよ!」

 ハっと顔を上げると街灯が見えた。

 ここは……外だ。水音もする。

 

 噴水に来てたんだっけ。

 水面を見ると、タバコを吸う彼の横顔が映っていた。どうやら私は、彼と話してる最中にうたた寝してしまったらしい。

「やめとくわ」

 いつの間に人が来たのだろう。

 彼が誰かと話をしている。姿は見えないけれど。

「できませんよそんなの! 陛下直々なんですよ! いいじゃないですか領地も貰えるし大金持ちですよ! それに今の殺伐とした仕事より聖女様の護衛の方が華々しくていいんじゃないすか!」

「ならお前が貰え」

「いや俺は無理っすよ。斬る以外の仕事出来ないっす」

「俺も~~」

「でしょ~~じゃなくて! 隊長は頭もいいじゃないっすかぁ! ずるくてさぼり上手で女性にモテて……俺の方が毎日苦労してるのになんで隊長が……」

「だからお前がもらえって」

「そうですね! って違うっ!」

 漫ざ……揉めてるみたい。

 彼の部下っぽい人と。

 メリエル情報だと、彼は魔獣退治専門の国家機関ガフィスレイジの特殊部隊隊長らしい。魔獣とか言われてもわからない私は、特殊部隊って響き超かっこよくない? と思ったぐらいで、彼がどれだけ危険な仕事をしているかとかそういうのは……ときどき怪我をしているのを見て怖くなる程度にしか知らない。

 彼と彼の部下は少しの間言い争いを続けていたが、部下の方が諦めて、可哀想な声を出しながら去って行った。

 

「ちきしょー隊長なんて嫌いだーー!」

 悲痛な叫びが遠のいて行く。

 私は、気配が完全に消えるのを待ってから、彼に声をかけた。

「なんか貰えるの?」

「らしい」

「授与……ってあれ? もしかして勲章的な?」

「的な」

 勲章……ってどういうものだっけ。

 国から。貰えるすごいもの的な。すごいもの。

 私はハっとして、手に持ったままだった晩御飯のコロッケを噴水に落とした。

「ああっコロッケ……じゃなくて……いやすごいじゃん! 勲章!」

「お前、外で寝るくらいなら帰れ」

「うわわっお祝いしなきゃ!」

「帰れって」

 私はまたハっとなった。

 お祝いって。

 どうやってすればいいのだろう……。

 物をあげようにも無理だし。

 以前、メリエルと晩酌しようと缶ビール片手にお風呂に潜ったら、ビールだけ異次元に消えた。この原理で行くと、異世界に転移したときって素っ裸になるのではと余計に転移が怖くなった。

「……あ。そもそも私あなたの欲しいもの知らないや」

「帰れ」

「まあいろいろ無理だけど。何か欲しいものってある?」

「無理なら聞くな」

「……ちなみに私は……」

 あなたが欲しいです。などという恐ろしい文言が浮かんだが、辛うじて口には出さなかった。

 別に酔っぱらっているわけでもなんでもないのに。

 カロリー摂取が追い付かないから、脳が正しく動いていないのだ。コロッケさっさと食べてればよかった。

「えっと」

 彼の瞳をじっとじとっと見つめつつ、考える。

 彼は私が素直になれば自分も言うと言っていた。だから……私の欲しいものを……。欲しい……もの……てなんだっけってなことを考えてうわぁってなりながらうとうとしていたんだっけ……。

「じゃあコロッケで。家に帰れ」

 珍しく。大変珍しく。彼がそう言った。

 瞬間。

 不思議とさっきまでもやもやしていた気持ちが晴れた。

 そうだ。私。彼をお祝いしたい。今したいことはそれだ。

「わかった! じゃあコロッケ大量に作って投げ込む! 一個くらいそっちに届くかもしれ……」

 言い切る前にブレーキ音が鼓膜を震わせた。

 眩しい光に目が痛み。

 刹那。闇。

 一瞬。永遠。わからない。

 ぼんやり薄目を開けると。

 赤く染まった彼の姿が見えた。いや……赤く染まっているのは彼じゃない、噴水の水だ。

 

「コロッ…………待って……てね」

 私は、呟いて、静かに目を閉じ、この世界から消えた。

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