説明多っの話
レンディークさんの職業は、魔獣退治専門の国家機関ガフィスレイジの特殊部隊隊長。で合っていたが。
「それは表向き」
表向きの職業ってなんぞ? どういうこと?
となんでも聞いていいと言われたから遠慮なく聞いた。
ガフィスレイジは、人間を脅かす魔獣を撃退するための組織だそうだが、実際出向かなければならない件数はさほど多くない、魔獣は魔を食して生きる動物であって、満ち足りていれば人を襲うことはあまりない。
それゆえ主な仕事は訓練と大型魔獣の行動範囲の調査だが、レンディーク率いる特殊部隊は、調査には出ない、訓練は個別でやる、いざ手が付けられないような魔獣が出たときのみ出動するという、世間にお目見えすること事態が超レアな部隊なのだとか。
要するに……暇ってこと? いやいや暇っていう言い方はあれだけど。
「えっと。魔法使いってガフィスレイジにも振り分けられるの?」
「いや。魔獣に魔法は効かない。魔法使いは所属しない」
「え。でもレンディークさんは魔法使いでしょ?」
「一応な。上には報告してないが」
私は頷いた。
兄のやらされている仕事内容を考えると、報告しないのが正解だと思ったからだ。
レンディークさんは保護してもらうとか、家を守るとか、そういうものに縛られていないのかもしれない。
それはそれで、いろいろと、彼の生い立ちなんかも気になるけれど、今聴くものではないだろう。
「俺がガフィスレイジに居るのは、魔法使いが所属しない場所に籍を置いておきたいからだ」
「魔法使いってことがバレたくないってこと? だったら城から離れた方が賢明じゃないかなって思うんだけど」
「その通り。だがここでやらなきゃならないことが別にあるから、離れられない」
「それが本職?」
「ああ」
「何してるの?」
「どう説明してもたぶんお前ひくだろうから、あえて端的に言うが」
「うん」
「暗殺」
「へ~」
私は……ひいた。
再び彼の胸板を押して離れようとしてみたが、やっぱり動かなかったので、すぐ諦めたが、完全にひいた。
「いやお前。好きとか言っといてそんな顔で離れようとするなよ」
「ごめんごめん。つい」
じゃなくて。
というノリツッコミは出来なかった。私は何も言えず、目を細くして彼を見つめた。
レンディークさんの様子は普通だ。暗殺なんて言葉とはかけ離れた普通さだ。いやそれ逆にヤバイ人なのでは、もっと後ろめたい感じ出してくれないと駄目なのでは。
と。思うものの。
ヒヤっとした感覚とは別に、そう簡単に冷めない気持ちが……あるにはある。
あなたが何をしてる人でも好き。なんて馬鹿なこと言うつもりはない。私は冷静だ。いつでもどこでも異世界でも、ちゃんとした判断を……。
駄目だ常識のせいにして目の前のものから逃げたら、せっかく気付いたやりたいことたちも遠ざかる気がする。
私は私として判断すべき。よって彼の話を最後までばっちし聞こう。
「で。具体的にはどういうお仕事ですか?」
「聞くのか?」
「聞く」
彼は意地の悪い顔をして、私をひょいと持ち上げ、噴水の淵に置いた。あまりの早業に文句を言う気も起きず、しかたなく膝の上に両手をのせ、顔を上げる。
目の前に広がるのは、高い草が生い茂って、これと言って見るものもない景色。
だけど私は、ジンと胸が熱くなった。
彼と同じ景色を見ている。いつも彼が見ていた景色を一緒に……。
「魔瘴は人が起こすものだってのは知ってるか」
「はい」
「一人の魔瘴はそう問題じゃない。周囲の対応によっては治まることもある。魔法の汚染は心の汚染だと魔法使いの間では言われている。
集団が不安や恐怖に陥ることで、魔瘴は強い力を持ち、人を凶暴化させ、土地を汚染する」
「……そうなんだ」
彼は私が魔法使いだとはわかっていない。だからこそこうして1から説明してくれているのだろう。今後は魔法の勉強もしなければ。
「俺はその、集団を恐怖に陥れるであろう人間を殺してる」
「……といいますと?」
「大勢の人間に影響を与える力を持った悪人ってとこだな」
「ああ。いわゆる悪代官的な」
「……そう」
「いや知らないでしょ悪代官。急に面倒くさくならないでよっ」
私がやいやい声を上げると、レンディークさんは、あからさまにため息をついて、更にはタバコを取り出してマッチで火を……つけようとしたが、湿ってて駄目だったらしい。さっきの火は何でつけたのだろう。
一瞬、おまえのせいだぞという顔をされたが、そんなわけないのでざまあみろって顔をしておいた。
「魔瘴が広がって大勢の人間を殺すくらいなら、さっさとその元凶をやっておいた方がマシ。ってことで、俺の部隊は表向きガフィスレイジに所属する人間だが、その実暗殺を生業とした魔法使い集団ってわけだ」
「魔法使い……」
「俺たちはあえて、現場に魔法の痕跡を残す。犯人が魔法使いだとわかるように」
魔法使いが所属しない場所に籍を置いておきたいって言ってたのは、そういうことか。
犯人だって疑われにくくしたいから。
「でもそれだと魔法使いの印象ますます悪くならない?」
「お前、アクダイカンをやっつけるヤツを悪いと思うか?」
言われてみれば。
「ありがてぇって思うかな」
「だろ。まあ大した効果は期待してないから、俺たちが動きやすいようにってのが主な理由だ」
例え悪人でも殺しとなると。密かに感謝している人は居るかもしれないけれど、そう簡単に魔法使いの印象が良くなるってものでもないのだろう。
「それって、お偉方に睨まれないかな」
「お前が時々一緒に飯食ってた男居るだろ。ヤツがこの国一番の魔法使いとして君臨してる限り、国はこっちの味方をせざるを得ない。今現在、この国の魔法使いは弱いのばっかだ。ヤツが居なきゃいろいろまわらない」
「えっ!? おに……」
お兄ちゃんも協力者ってことなの? と言いかけたが、兄とか言い出したら話がややこしくなりそうなのでいったん引っ込めた。
「王様とかはこのこと知ってるの?」
「言ったろ。味方だって。まあ陛下は知らんふりしてるだけだが。一応、発案は第二王子。んで指揮はお前の友達」
「えっ!? メリエル?」
「今は第二王子がお前の妹と引きこもってるから、すべての負担がお前の友達にきてる状態」
「ええ~~」
「職業の説明終わり。で。他に聞くことは?」
情報を整理しきれない。
過多。
しかしこれを今すぐ処理する必要はたぶん、ない。
本当なら告白する必要すらなかった。うん。私何やってるんだろう。
ふんわりと漂い始めていた主旨を、私は辛うじて見逃さず……遅ればせながら掴んだ。
聞きたいことは追々聞けばいい。
今は、コロッ……ではなくて、そう、姉と妹の動き。それさえつかめれば、今聞いたすべてのことが解決……とまでは行かなくとも、メリエルの負担を少し減らして、ヴィニアスの出動も減って、レンディークさんのお仕事はどうなるのかわからないけれど、そもそも彼がなぜこの仕事をしているのかとか知らないし、どういう気持ちなのかもわからないけれども。
暗殺。
多くを守るために、法律介さず人を裁いている。そのことに三人ともが関わっているかもしれない。
それが正しいことだとは言えない。間違ってるとも思わないけれど。
正直、いますぐやめて欲しい。
だって……危ないし。
現場を見たわけじゃないから、こんな考えしか浮かばないのかもしれない。実際に、メリエルの指示で、レンディークさんや、ヴィニアスさんが人を殺しているところを目の当たりにしたら、その途端逃げ出すかもしれない。
彼が私の告白を流したわけはコレか。
答えるに値しない。無知な発言だったんだ。
「質問ないなら。さっさと帰るぞ」
「えどこに?」
私は、掴んだはずの主旨をふわんふわんさせつつ、彼を見上げた。
「着替えに。俺の家に」
立ち上がったレンディークさんから、ビチャっと水音がした。
真っ黒な隊服からはまだ水がしたたり落ちている。
確かに、着替えた方がよさそうだ。
「一体何が……まあいいや。いってらっしゃい。コロッケ持って帰って……っていうか!そうだ言わなきゃいけないことが!」
「いや。お前も来い」
「えなんで?」
「……」
レンディークさんは、私に手を差し出した。
私は、首を傾げつつその上に手をのせて、彼を見上げる。
いつもの彼ではない彼が、私を見下ろし、私の手を柔らかく握りしめた。その手は冷たく冷えて、微かに震えているような気がした。
「死んだかと思った。でも生きてた」
「いや死んだけども」
軽く返さなければ、つられて震えそうだ。今すぐ言わなければならないことがあるのに、考えなければならないこともたくさんあるのに、またポロッと告白をかましてしまいそうになる。
彼を前にすると。目の前に居るんだと思うと、いろいろな考えがふっとんで、頭にお花がポコポコ咲き始めようとする。
「目の前に居るだろ」
「まあ。うん……あっごめんね死んだ瞬間見せちゃって」
「ああ。見たくなかった」
「ごめんて」
私は、これ以上お花が咲かないように、気合を入れた。
「もう二度とごめんだ。だから連れて帰る。今までずっとためらってたけど決めた。お前が俺を好きだろうが嫌いになろうが関係なく。手の届く範囲に居て貰う、いや、居させて貰う」
「ん?」
彼の言葉から何も掴めず、首を傾げた。
「お前は自由にすればいい。好きな場所へ行けばいい。俺がどこまでもついて行って、危ないときだけ連れ帰る」
「……ん?」
唐突に殺し文句が聞こえたような気がした。急にそんな意味合いに聞こえてしまった。でも話の流れからしてそんなわけはない。ないのに。
私は、言わなければならないふわんふわんのひょろひょろになった本題を、くるりと華麗に後回しにした。
「それはえっと。同居しないかっていうことですか?」
口に出してみたら、絶対違う気がした。
「え男女で同居とか。手出されないって保証もないし。無理だし」
だからちょっと茶化してみたのだが。
「手は出す」
堂々宣言された。
「手……」
私は、彼に握られた手をじっと見た。大きな手。少しザラっと固い感触がする。剣とかを握るからなのだろうか。
じゃなくて。
「あの。割と最低な発言にしか聞こえないんですけど」
ほんのちょっと。そう。ほんのちょっとだけ。女として見て貰えてるんだ。と喜びかけた私だったが、自分が美少女だということを思い出し。
この、美少女を前に、そんな提案してくるとか、何? 体目当てか? と無理矢理疑ってみる。
「私。私のこと好きな人にしか手出されたくないので」
自分で言っておいて、恥ずかしいセリフナンバーワンすぎて、顔が熱くなる。美少女の赤面とか、男を調子に乗らせてしまうのでは。
という謎の客観視は不正解だった。
眉間に皺を寄せるレンディークさん。
「お前。まさか気付いてないのか」
「……何が?」
レンディークさんが、心底不思議なものを見る目で私を見ている。
「いやだから何が?」
珍獣でも見つけたようなその態度に、ちょっとイラっとした。
「俺は……そうか。てっきり理解してるものかと」
「なっにっが!」
「俺、随分前からお前のこと好きだけど、気付かなかったのか」
「は……」
好き。ス……?
「女の方がそういうことに聡いもんだろ」
「それは男女差別」
でもないか。
聡いものなのかも。いやそうでもないか。わからないけれども。
「言ってどうなるもんでもないから、お互い気付かないフリってんじゃなかったわけだ」
「え。いや。何をもってそんな答えに至るのよ。無理でしょ。あんた自分の態度省みてみ? 好きって……好きって……そんなの気付くわけ」
思い出してみることにした。
レンディークさんはいつも満月の夜は噴水に居た。名前も何も教えてくれなかったけれど。ときどき薄っすらと心配とかしてくれてる感じはあった。いろいろ。助言っぽいのも貰った。話をたくさん聞いてもらった。
あの中に好き……あったか?
そういえば。なぜ何も教えてくれないのだと、何度目かごねた時に 『知れば知るほどってこともあるだろ』 なんて言っていた気はする。
あまり自分のことを話したがらない彼のことだから、知れば知るほどもっともっとと求めてくるだろうから、一切情報を開示しないのだと思っていた。
そうだ。
私は、彼を、自分のことを話したがらない。面倒なことは避けたい。そもそもそんなに人に興味がない、淡泊な男だと思っていた。出会った当初の態度や、会話の中でたまにポロリする彼の日常風景は、大層味気なくて、それで私は必死になって話をしたのだ。
いつから。満月の日は彼が噴水に居るというのが当たり前になったのだろう。いつから、どんな話でも聞いてくれるようになったのだろう。いろいろと言葉をかけてくれるようになったのだろう。
わからない。けれど結構前からだったとは思う。
「レンディークさん。私のこと割と好きなの?」
「割と?」
聞き返されたので、もう少し乗り出してみることにした。
「だいぶ?」
レンディークさんは、ふっと笑って、二度頷いた。
「かなり?」
だからちょっと調子に乗ってみたのだが。
「死ぬほど」
彼らしくない言葉が返って来た。
私は、泣きそうになって、無理矢理笑って、やっぱり泣きそうだったので、とにかく大声を出した。
「なんだそっか! だったら早くいってよ! そしたらこっちにさっさと……」
私は、口を閉ざし、喜びごと封印した。
今一体何を言いかけた私。そしたらこっちにさっさとこれたのにってか?
え。どんだけアホなの? やっぱりなの? 私の地球での踏ん張りは、やりたいことがない自分から逃れるための言い訳で、更には、どうせ行っても彼と上手くいくわけないってなネガティブ思考で。
それでも、一応はプライドもちょぴっとはあった気がしてたのに。
いざ、こうして両想いじゃんってなったら、それならさっさと異世界行ったのになんてポロリしてしまうとか。
これじゃサクラの人生が可哀想すぎる。
私は。私にはやりたいこともあるし。やるべきこともあるし。転生したのは自分の意志でもなんでもないけれど、でも、己の判断でここに居る。
流されて喜んでヘラヘラしてたまるか。それはもう失礼ってもんだ。今後、彼のことちゃんと考えて考えてそれから……あれ? でもさっきなんか嫌われても関係ない的なことを彼言ってなかった?
ん? 両想い……。
ってのは……どういうものなんだっけ。どうするものなんだっけ。いやでも今日初めて素性とか知ったわけで、お友達からっていうのが正解……。
「うわふっ!」
考え事したらいつの間にか、彼の顔がものすごく近くまで迫っていたので、変な声を出してしまった。
両肩を掴まれているし、顔の角度からして、キスの体勢に入っているらしい。
「何すんの!」
「ん?」
なんの悪びれた様子もなく、更に顔を近づけようとしたレンディークさんが、ふっと息を吐いて、視線を横に動かした。
「何すんのかな? 僕のキルシェに何すんのかな?」
「サクラぁ!!」
聞き覚えのある二つの声に、私はほっと肩の力を抜きかけ。
チュっという軽い音と唇に当たった感触で、全身の力が抜けた。
そのとき。静かな広場に、兄の絶叫と友人の怒号が響いた。