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喜び溢れてアホになる

 居る。


 彼はこっちに気付いていない。

 いつも通り噴水の淵に腰かけて、タバコを吸っている。水で歪んでいない彼の姿は、初めて見るが、いつもと受ける印象は変わらない。

 体つき逞しく。横顔は凛々しく。

 どことなく神々しい、人間離れした雰囲気が漂っている。

 口から吐くタバコの煙がなければ、呼吸すらしていないのではないかと、それすら面倒なのではないかと思うほど、いつも彼からは生気というものが感じられない。


 でも今日はいつも以上に……無……な気がする。


 辺りを包む静けさにつられるように、鼓膜に響く己の心音が遠のいていく。

 

 すると。ぽたぽたと落ちる水の音がした。

 水面にいくつも輪が出来て消える。

 彼の黒髪から落ちた雫が、水に落ちて音をたてている。

「って! どうして濡れてるの? 風邪ひくって……て……」


 気が付くと草むらから飛び出して、彼の前に仁王立ちしていた。

 ぬるっ。

 という表現が正しいのかどうかわからないが、彼の瞳が妙にリアルに動いた。

 灰色の瞳とバッチリ目が合い、空気が止まる。

 殺し屋みたいに目つきの悪い彼の片目、いつもどこか気だるげだった彼の片目が、ついに本気を出した。


 瞳孔が動く。大きく見開く。その中に、淡く優しい光が揺れている。


「うわわっ」

 私は、急激に恥ずかしくなった。

「ココっコロッケ持ってきたよ。カゴいっぱい。っていうか授与式はいいの? 今日は中止? あっ今からかな。だとしたらちょっといろいろ言っておきたいこととかあるんだけど、なんだったっけ。ちょっと落ち着くから待って……」

 滝のように言葉が流れ出る。止めたら何か別のものが溢れそうで、口を閉じられない。

「っていうか一口食べる? あっでも飲み物もってな……いっ!?」

 ベチャッドサっ

 と二つ音がした。

 ドサっは急に腕を引っ張られたせいで持っていたバスケットを落としてしまった音。

 ベチャッは……彼の頭が私の胸にぶち当たった音だ。

「……ん?」

 

 丁度私の心臓あたり彼が耳を押し当てている。

 というかアレだ。思いっきり。抱きしめられている。

 彼の膝の上に乗せられて、胸に顔を密着。え。胸?

 っていっても乳の上のあたり、そう、乳の上だからまあ、許してやっても……。

 じゃなくて。

 なんでこんな全身ずぶ濡れなのだろう。拭くものはないのか。

 でもなく。

 う……嬉しくなっちゃうんだけど……なんかよくわかんないけど……嬉しくなっちゃっ。

 これでもない。


「サクラ」

「あ。はい」

 彼の声はいたって普通だった。

 だからこっちも普通に返事をして。あらやだ。サクラって呼ばれたの初めてじゃないの? と舞い上がりかけたわけだが。

 濡れた体に吹きすさぶ風に全身冷やされ、我に帰る。


「あ……れ? えっと……あ……あなたも魔法使いなんだ……っけ?」

 私がサクラだとすぐ気付いたということは、そういうことだ。それ以外考えられない。

「……」

 彼は無言で、私の腰を強く抱きしめた。

 おかげで彼の服に染みこんでいた水分がこっちにどんどん吸い込まれていく。

「サクラ」

「うん……何?」

「……」

 無言かよ。

 

 一体どういう状況だこれは。なぜ急にこんな。抱きしめてきたりなんかして。

 冷静に考えるとあれか。タオルにされてる……ではなく、普通……どうして姿が違うのかとか、どうやってこっちに来たのかとか、いろいろ疑問に思うはず……。

 いや。それもないか。

 彼は、噴水が異世界と繋がっていようが私が聖女だろうがなかろうがどうでもいい人だ。


 一応再会を喜んでくれてるとか?


「サクラ」

「あのさ。ちょっと冷たいんだけども」

 もうちょっと感動的な感じで名前を呼んでくれたならこっちだってそれをくみ取って立ち回るってもんなんだが。

 こうも普通で、それなのに何回も無意味に名前を呼ばれたりすると、もう何が何だか。

 疲れてるのに。


 私は、少し彼に体重を預けた。

 冷たくて。ほんのり温い。タバコの臭いもする。

 彼が居る。ここに居るんだ。

 

 会いたかった。触れたかった。

 急に頭の中でぼわわ~っと鮮やかな色が咲き誇ったような、私幸せっと誰にでもいいから報告したいような、どうしようもない馬鹿で愉快な気持ちが発生した。

「あの……私もあ……是非名前を呼びたいんだけど、でもつまらないプライドがそうさせず……あなたの口からお名前を聞きたいのだけれども」

 一瞬私も会いたかった! と言いそうになったが、それは脳内お花畑でもなんとか押しとどめられた。

 私もとか。それだと彼もってことになってしまう。それはない。ないない。彼に限ってそれはない。今の状況でそれはないってのもないけどないもんはない。

「はぁ……」

 案の定。彼は重々しいため息をついただけで。


 これは。

 呆れだ。

 そうに違いない。

 私が、夢中で話し続けたりすると、ため息ついて、遠く見たりして、いかにも面倒ですって感じ出すやつ。

 でもまだまいったとは言われてない。


 こんなときは、つまらない話なんてやめるから……とはならない。

 どうにかして私の話を聞きたくさせてやろう。話したくさせてやろうってギリギリまで粘る。

 他の誰にもそんなこと思わない。面倒だと思われたら離れる。話さない。空気読む。でも彼には……絶対会えないと思っていた彼……いつも無の状態で座ってる彼が、たまに見せてくれる表情……一度見てしまったが最後、もう一度っもう一度って思ってしまうあの顔。

 あれを見るためなら私は。


「私。あなたのことが好きです。好きってあの。異性に対するあれで。恋人になりたいわっていうあれなんだけど」


 言いすぎた。

 

「本心言えばなんでも教えてくれるっていってたよね。言ったから。名前ぷりーず」

 照れを隠してもなんにも良いことなんてない。

 と今痛感した。

 別にあれだ。告白なんてするつもりなかったのにとかそういうのでもなくて。いずれ我慢できずに言ってしまうような気はしていた。

 でも。せっかく好きだとお伝えしたのに、着地点は間違えた気がする。

 好きです。お付き合いしてください。

 ではなく。

 好きです。名前教えてくださいって。

「レ……」

「あ。ちょっと答えるの待って。好きですってところからやり直していい?」

「は?」

 私は、体を後ろに反らして、彼の顔を見下ろした。

 思いのほか距離が近くて死にそうなので、視線も逸らす。


 またため息つかれた。


「言い直すならさっさとしろ」

「あ。はい。好きです」

 彼をチラ見しながら急いでいったら、とっても適当な感じになった。

「知ってた」


「え……」

 

「レンディーク」

「……レン……え? 名前? あれ? 私が知ってるのと違う」

「あれは仕事用」

「ああ……」

 仕事用ってあるんだ。芸名的なことだろうか……っていうか。 

「知ってたってどういうこと?」

「にぶい男に見えるか?」

 聞かれて、彼をじっと見てみる。

「いえ全然。見えません研ぎ澄まされた刃のようです」

 彼の口元がふっと緩んだ。

 私は、ぱぁっと嬉しくなって、フフっと声まで出してしまった。

 で……気付いた。

 

 私。わかりやす。

「にしてもお前。なんの知識も覚悟もなく自分の気持ちとか口に出すの止めろ」

「え。なにそれ。告白のだめだし? 素直にって言ったのそっちなのに?」

「妹のストーカー男見てたろ。相手のこときちんと調べもせずに近づいてって怒ってたはずだが」

「ああ……。ええ……あ~。俺のこと何も知らないくせに告白とかしてきてんじゃねーよ的なことが言いたいの?」

 やば。涙出そうになってきた。なんかやっぱり少しもそういう雰囲気にならないし。お断られるだろうとは思っていたけれど。いや思ってたならもうちょっと慎重になれよ私って感じだけど。

 え……あれ? やっぱ私勢いで言っちゃっただけ? いつか言っちゃうだろうなと思ってたとか思ったけどやっぱ……勢い。私……勢いでそんなことしないよ。そんな馬鹿な……そんな考えなしに……それじゃ姉妹と同じではありませんか。

「だな」

 ぎゃーーーーん。

 これってすげなくお断りコースじゃないの。なんなの? 異世界で私、散々じゃないの。

 私は、彼の胸板をぎゅーっと押して、離れようとした。今すぐ、とにかくもういますぐこの場から離れたくて、力いっぱい押しのけたのだが、彼の腕力はまったく緩まない。固い。動かない。

 

「ちょっ離してくれない?」

「ない。で? 他に質問は?」

「はい?」

「はい? じゃねー。お前の軽々しい本音にこっちは誠実に対応してやってんだ。さっさとしねーとさっきのを正式に受け取るぞ」

「ちょっと意味がわからないっす」

「いいから早くしろ」

「え~~」

 私はむっとした表情を作りつつ、また内心ニッコニコになってしまった。

 彼にふられている真っ最中だというのに、彼が何でも答えてくれると言っているのがもう、本気で嬉しいとか私って……。

 駄目だ。

 怒れ。悲しめ。舐められるな。冷静になれ。振り回されてたまるか。今私、告白をスルーされてる感じだぞ。なんて失礼な男。美少女前にしてなんなの?

 ありえないんだよこのやろう!

 と彼の顔を睨みつけたはずが。

「じゃあご職業は!」


 めっちゃ元気に聞いた。

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