進化したぜ
食堂へ戻ると、おばちゃんがコロッケをきつね色に仕上げて、紙を敷いたバスケットの中に綺麗に敷き詰めてくれていた。
「入らなかったのつまみ食いしたんだけどこれ美味しいね。メニューに入れてもいいかい?」
「どうぞ! ありがとうございます!!」
私はそういいながら、おばちゃんに場所代を差し出した。
が、おばちゃんは受け取らず。
「だから、余りを食べたっていったろ? それに新メニューも出来たし。お代は十分だよ」
「え……でも」
「いいから行っておいで魔法使いのお嬢ちゃん」
魔法使いの。
その言葉に嫌悪感は感じられず、少しほっとした。
「おばちゃっ」
「それはもういいから。うるさいから。ほらこれに着替えて。おばちゃんの娘のだからちょっと大きいかもだけど」
「っ!」
私は懲りずにもう一度叫んでおばちゃんに飛びつき、二階で着替えさせて貰った。白いブラウスにオレンジのつりスカート。
貰った緑色のリボンで髪を一つに結んで、おばちゃんが用意してくれたバスケットを抱えると、また気力が沸いてきた。
全身を見たわけではないけれど、ものすごく進化した感じがする。
それにサクラのときはなるべく安価で動きやすいものを、キルシェのときは継ぎはぎのドレスを着ていたので。こんなにまともな生地のスカート、子供の時以来だ。
これからはおしゃれも出来るかも……。
なんて、無職家なしが希望で一杯になるほど可愛らしい恰好だった。
「じゃあ行ってきます! また後でお礼に来ます!」
「お礼とかいいけど、戻っておいでね」
「おば……」
「行ってらっしゃい!」
私はおばちゃんに背中を押されて、再びお店を出発した。
気持ちは幾分軽い。が疲労はかなり蓄積している。何せ昨晩は森で野宿。ここまで歩き詰めで、さっきは魔法まで使った。
もう魔法は無理かも。あまり急げないな……。
私は、ときどき立ち止まって休憩を挟みつつ、彼がいつも座っていた噴水広場を目指した。
広場と言っても、さっき見た中央広場と違って、背の高い雑草がはえまくっている錆びれた場所だ。
彼が座っている水周りだけは綺麗にしてあるようだが。
ヴィニアスに場所を聞いた際は、どうしてそんなところ知ってるの? と随分しつこく聞かれた覚えがある。
魔瘴に犯された場所に水辺を作る。という話を聞いたのはたぶんそのときだ。あの場所は、昔魔瘴に犯され、浄化ではなく消毒された場所だから、人が近づかない。
今更その場所が危険ということはないらしいが、城の魔法使いに守られて生きる城下の人々は、あえてそこにはいかない。
供養しに来る人も居ないんだ。
なんて話を一度彼としたけれど、あれは無神経だった。
恐らく、彼が供養しにきている人なのだろう。
彼……いつもあの場所に一人だけど……彼女とか居るのかな。
私は己のアホ思考を振り払おうとふるふる首を振った。
今の私は美少女だが、サクラだ。
もしかしてもしかするのではないかなんて考えては駄目だ。調子に乗らず、目的を果たそう。
優先すべきは、聖女が動いたかどうか。そしてコロッケだ。二兎を追う者、男を得ず。
いや既に二兎だったわ。
「ってツッコんでる場合じゃなくて、次の手を考えながら行くべきだわ」
私は、徐々に人気が少なくなる道に不安を覚えて、独り言を呟きはじめた。
「そもそも授与式があるから、噴水になんて来ない確率の方が高い。っていうかあれよね。そもそもそも、魔瘴騒ぎになってるときに授与式があるのかどうかって問題だわ」
やっぱ最善じゃなかった。コロッケ渡したい一心で、都合よく考えちゃってた。
「いなかった場合。コロッケはもうこの際……置いて行こう。でもって…………会いたくないけど、城の前まで行って、サクラが来たぞ~ってひと騒ぎ起こすしかないかな。まさかこんな早くに魔瘴が起こるなんて思ってなかったから……自分の居場所を知らせずに二人の動向だけ確かめようって考えてたけども……」
ああやだやだ。そりゃ元気なのかなとかは……思うけどさ。顔……まったく見たくないわけでもないけど。見たら文句言いたくなるだろうけど。
私……あんなこと神様に頼んで良かったのかな。薄情すぎるかな。
だんだん足取りが重くなっていく。足場も悪くなっていく。
石畳の隙間から雑草がもりもり生えて、前が見ずらい。
わさわさ緑の草をかき分けながら進み、水の臭いに顔を上げる。
と。
隙間から噴水が……噴水……と黒い隊服を着た彼の姿が見えた。
瞬間、逃げ出したい衝動と飛び出したい衝動で体が固まり、心臓がバクバク鳴った。