おばちゃーーーーん！
私は走った。魔法を使っていると悟られない程度に風の力を借りて、まず近くのお肉屋へ直行。
挽肉を手に入れ。
頭の中に地図を描きつつ、一番の最短ルートで、卵、パン、小麦粉、ミルク、油など頭に浮かんだ材料を手に入れて、最後にまた八百屋に戻った。
「おじさっはぁはぁっ玉ねぎとじゃがいもくださっはぁはぁっあと靴の代金もお支払いさせてくださずはっ」
息を切らせながら、おじさんにお金を渡すと、靴代はいいからと返却されてしまい。今度こそはと、きちんとお礼を言った。
「ありっはぁはぁがとうござっいます！」
きちんと……。
「お嬢ちゃん。いいからいいから。そんなに慌てて……怪我してるけど大丈夫かい？ さっきも気になってよう、せがれと追いかけようかって話して」
「大丈夫です！ かすり傷ですから！」
「そ……そうかい」
おじさんは、困った顔で、だいぶおまけしてくれた。
実は、お肉屋で金貨を見せてしまったせいで、肉屋の奥さんが高い肉ばかり勧めて来て、断り続けていたら売らないとまで言い出され、予定より多めにお金を払うことになってしまったので、助かった。
これから、このお金で台所を借りて、更には今日の宿代にもしようと思っていたから。
「ほんとうにありがとうございます！ また今度買い物に来ますね！」
面食らっている二人に頭を下げた私は、るんるん気分で目的地へと向かった。
体力はもう殆ど残ってないが、どこへ行けばいいのやらという状態ではなくなったし、材料はあるし、お金も残っている。
メリエルに倍返ししなきゃね。八百屋のおじさんにも。
借金が増えていってるだけなのに。楽しくて仕方がない。
ここまえ来るともう、人目など気にならず、私は鼻歌まじりで、卵屋で貰った染みだらけの風呂敷を背負い、足取り軽やかな泥棒スタイルで食堂へとやってきた。
ヴィニアスとよく来た、あの食堂だ。
今はもうお昼時すぎたところだし、空いているはず。
鳥の羽と書かれた看板の前に立って荷物を背負いなおし、気合を入れてドアをあける。
カランカランとベルが鳴って、暇そうに本を読んでいたおばちゃんが顔を上げた。
「いらっしゃい。好きな席に……あらま……どうしたんだいお嬢ちゃん泣きそうな顔して」
私は、ハっと顔を引き締めた。
いつもいつも。顔を合わすたび、ちゃんとご飯食べてるのかい？ と聞いてくれたおばちゃんが目の前に居る。
それだけでもう。
さっきからゆるゆるの涙腺が……。
まだ我慢。
「こけたのかい？ 怪我してまあ。こっちおいで。手当してやるから」
背を向けて部屋の奥へ入ろうとするおばちゃん。
「あのっお願いがありますっ」
「ん？」
おばちゃんが振り返って怪訝そうな顔をした。
私は、緊張を抑えようと、胸に手を当て、なるべく誠実っぽい口調を心掛けて話はじめた。
「台所を貸していただけませんか？ どうしても作りたいものがあるのですが、生憎家がないもので。お金はきちんとお支払いします」
おばちゃんは、まだ顔をしかめている。
家がないとか余計なことは言わないほうが良かっただろうか。自分の家の台所を使うことが出来ないのだと言いたかったのだが、旅人だと言ったほうが良かったかもしれない。
「あのっ……あの作って持って行きたくて……すぐに……」
「はいはい。わかったよ。はやくこっちおいで。手当が先だろうよ」
おばちゃーーーーーーーん！
私は内心叫びながら。
「おばちゃーーーーーん！！ ありがとございますーーーっ！！」
現実で倍叫んだ。
