異世界の友達
書き終わってるものなので、サクサクあげたいと、思います!たぶん!
案外。
踏ん張れば行かずにすむというのは、水溜りに吸い込まれそうになった一番初めの異世界転移未遂で気付いた。
水や鏡など、自分の姿が映る物すべてが異世界へ通ずる扉になりえることも。
一度開いた異世界への扉が、満月の夜、深夜零時、ラベンダーの香りなどなど、なんらかの条件を満たせば再び開くというのも、早々に気付いた。
だから私は、いつでも異世界へ行くことが出来る。がしかしまだ地球で暮らしている。
異世界へ転移されそうになり始めてから五年が経とうと言う今日この頃。
私、二十八歳。いい加減神様も諦めてはくれないかと思いつつ、異世界への扉が開く条件を今日も便利に使っている。
「メリエル~もう無理。働くのしんどい。やめたい。借金で全部消えるし」
お風呂場に響く自分の愚痴。普通なら独り言だが、我が家は違う。
「だめよサクラ。わたくしと一緒に頑張るのよ」
綺麗な声を響かせ答える、金色の長いストレートヘアにエメラルドの瞳を持つ超絶美女メリエルが居る。
「え~~もうやだって」
正確には、私が異世界のメリエルのお風呂にお邪魔している状態だ。
「そんなのわたくしだって」
我が家のお風呂が異世界へ通じる扉になったのは二年前。
入浴直前に気づいたので、異世界へ行かずにすんだはいいものの、そのときは条件が何かもわからず、かといってお風呂屋さんに通うお金がもったいないと思った私は、足首を長めのロープで洗濯機に括りつけ、浴槽の縁をしっかり持つという方法でお風呂に入ることにしたのだが。
ラベンダーの入浴剤を入れたことが条件となり、つるりと滑ってメリエルの入浴しているお風呂に上半身飛び出してしまった。
『ぎゃあああああっ』
と驚いたのは私だけ。
メリエルは、聖女教会に務める神子長という私にはまったくよくわからないが偉い立場の人で、乙女の入浴場に聖女が現れるという伝承があるとか、とにかく対応が冷静だった。
『あなたを聖女として迎え入れます』
なんて静かな声で告げ、私をお風呂から引っ張りだそうとした。このとき二人とも裸である。
『あら。何かひっかかってますわね。大丈夫です。わたくしが取って差し上げます』
『痛い痛い痛いっめっちゃ痛いっ』
その細腕のどこから、と思うほど強い力でひっぱられて足がもげそうになった私は、涙目で現状を説明した。
『あのあのっ。私残念ながら聖女じゃないんですっ!』
そう。
私。これだけ転移されそうになっているというのに。まったくもって選ばれし聖女様ではない。
確実にそうだと言いきれる自信がある。なぜなら。
『聖女は、私の母と姉と妹です。正確に言うと、義母とその連れ子の姉、義母と私の父の間に生まれた妹です。
義母の家系が、代々そちらの世界に呼ばれる聖女一族らしいんですよ。過去、そちらの世界へ行って、こっちに帰って来た方が一族の中に居て、代々そのことは伝えられているんだそうです。
だから義母とまったく血の繋がっていない私が聖女であるはずはないし、既に義母と姉と妹は、そちらの世界に召還されているはずです』
妹が召還されたときなど、目の前で見ていた。
水溜りがパァっと光り輝いて、あっ呼ばれてるから行くわ~って感じで吸い込まれていった。
『……そう……なのですか』
メリエルは、ものすごーくがっかりした顔で、私をひっぱるのをやめ、黙り込んだ。
あのときのメリエルは、お風呂に入っているとは思えないほど青ざめて、私は思わず肩までつかりなよ、とか声をかけてしまった。人んちの風呂なのに。
『もう一人来ていただけると嬉しかったのですが……』
事情を聞くと、聖女として召還された義母は現在行方不明。ほどなく第二の聖女として召還された姉は病に伏せ。その後すぐに来た妹は魔瘴に汚染された人や土地を大層怖がって動いてくれないという話だった。
私は、身内として恥ずかしくなり、メリエルに頭を下げた。
『たぶんなんだけど。義母の行方不明は、義務とか使命とかほっぽりだしてどこぞの金持ちイケメンと消えたんじゃないかと。
姉は、見返りが足りないから動きたくない病じゃないかと。妹は、そもそも男を近づけない方がいいです。もう既に妹のこと庇う権力者とか居るのかもしれません。なんかほんとすみません』
義母は、父と結婚してからも、恋人を作るような人だった。
姉はそれに振り回され、幼い頃から寂しい思いをしていたようだが、義母の恋人はいつもお金持ちだったため、お金だけはたくさん与えられていた。
そのせいか、姉は金や地位や容姿で人を見下して鬱憤を晴らす女王様に成長した。
私は成績も容姿もこれと言って特質なしだったので、顔を合わすたび馬鹿にされ続けた。
義母が異世界へ行き、父が病で亡くなってからというもの、自分は長女だと主張して考えなしに父の遺産を使い果たし、アホほど借金を残して異世界へ消えたアホ姉ではあるが、本当に病に伏せっているのだとしたら……心配じゃないこともない。
妹は、今は亡き父にべたべたに可愛がられていた。
容姿も愛らしく、明るく甘え上手な妹を私も可愛いと思い接していたが、成長と共に、甘えがおかしな方向へいってしまった。
妹は他人のモノ……主に私のモノが多かったが、隣の芝生が青く見えまくるらしく。
私は、過去二回、彼氏を奪われた。
妹に靡くような男。別れて正解だったと思わなくもない。
とはいえ。
私に靡くような男にお姉ちゃん盗られたくないもん。っていうかお姉ちゃんの彼氏もお姉ちゃんも私の方が好きでしょ?
などと言われた日にゃ、さすがにカチンときて。
すべてにおいて一番になろうなんておこがましいことを考えるな。的なことを言い、暫く距離を置いたのだが。
まったく効果はなかった。
妹は、その振る舞いから、徐々に周りの女子に倦厭され始め、悪い噂が出回り、更にはストーカーに追い回され、私に助けを求めてきた。
こんなことになるくらいなら、距離を置くのではなくて、真剣に妹と向き合うべきだったのかもしれない、という後悔はあるにはあるけれど。
その辺でタイミング良く異世界へ転移していった妹のあの、ラッキーという顔を思い出すともやもやしてくる。
姉と妹を恨むなんて亡き父に申し訳ないと思う。けれど、妹が残したストーカーと姉が残した借金に追い詰められればられるほど、仲良くしていた幼い頃の想い出なんてポイっとしたくなってしまったりする。人間辞めたくなったりする。
ほんと大変だったのだ。
ストーカーの撃退だけで、なんと一年近くもかかった。何度も何度も根気よく妹は海外に居るのだと説明して、三人が居なくなったとき世間体を保つ偽装をしてくれた義母の親戚にも協力してもらい、ようやく現れなくなった頃にはもう神経すり減ってへとへとだった。
未だに妹を訪ねてくるしつこい男が居たりして、毎度説明するのは面倒だが、一番しつこかった奴は片付けたから、やっと一息……なんてつけなかったし。
なぜって借金がすごかったからだ。金額というか借りてるところがすごかった。
何度もヤバ目の取り立てに遭い、職場にまで突撃され、定職に就くことも出来ずに、居酒屋にガソリンスタンド、工事現場に飲み屋、コンビニスーパーなどなど。
ヤバイ仕事以外のいろいろなことに手を出しつつなんとか頑張って生きてきた。
「メリエル。私頑張って借金返して自由になる。誰のことも気にせず、好きなことやって生きる」
「ええ。わたくしも。自由になるために魔瘴被害をなくします」
「そしたらさ。温泉行こうよ温泉」
「あら良いですわね。わたくしお金たんまりため込んでますので、贅沢三昧いたしましょう」
私たちは、いつもお風呂場でこんなことばかり言っている。そもそも、お互い違う世界に居るから一緒になんて無理なのに。
恐らくメリエルは、借金やこの歳で定職につけない苦しみなどピンときていないだろうし、私も、魔瘴の恐ろしさや神子長という謎職業の重圧にピンときていない。
だからこそ、愚痴れる。相手が何も知らないからこそ、大げさに言えたり、褒め合ったり、夢物語だって語れる。
「あ。そういえばこの間、神子見習いたちが恋人にしたい男ランキングって言うのを作ってたんですの。気になったから、こっそり物陰で聞き耳たてたんだけど」
何の脈絡もない話だって好きなだけ出来る。
「ほうほう。神子長ともあろう方が聞き耳とは」
ラベンダーの香りがする湯気の中、金髪の美女が頬を赤くさせ、私の腕をペチペチ叩く。
初めて会った日と大違いなのは顔色だけではない。
年相応の可愛らしい姿に嬉しくなった私まで、年甲斐なくはしゃいでしまったりする。
しばしお風呂のお湯をばちゃばちゃやっていたら、メリエルが声高らかに発表した。
「じゃあ三十五位!」
「いやぁ。そっちの人そこまで知らないし。三位からにして」
「え~~一人一人説明したいですのに」
「いや。異世界への扉が閉じちゃうから。上半身だけ異世界に来ちゃったらどうすんの?」
「……上半身の運び手を用意しましょうか?」
真顔で言われので、つい想像してしまった。神輿の上に乗せられた上半身のみの自分を。
「コワっ! 帰る!」
「や~~! 待って待ってサクラ!」
「やだ絶対帰る!!」
「サクラサクラっほら見てっ今日お風呂に入れてる入浴剤ものすごく高いやつですのよっお肌に良いやつっサクラには買えないやつっ」
「え? 本当? ……っいや失礼だわそれ!」
「あらごめんなさい本当のことをっ」
きゃっきゃと響き渡る美女とアラサーの声。
なにせメリエルのお風呂はものすごく広い。私の寝室より広い空間に、大きな猫足バスタブが置いてあって、天井には青空と翼の生えた女性の絵が描かれている。
普通の貧乏一人暮らしじゃ絶対味わえないものを、異世界転移未遂のおかげで好きなだけ味わえる。危険だとは思うけれどやめられない、特に仕事で疲れた日は、ふと気が付くとラベンダーの入浴剤を入れている自分が居る。
今のところこれが、一番の癒し、これがあるから毎朝起きることが出来る。
けれど異世界へは行きません決して。