マスクが欲しい
お食事中の方はご遠慮下さい。
「フフン、どうデス⁉︎我が『蝿の王』の威力は‼︎」
ネクロマンサーが得意げに笑う。
乾いた虫の死骸がぶつかり合い、砕けた破片がもうもうと舞い散る。塵の濃度はますます高まり、このままでは息をするのも一苦労だ。
「うう、マスクが欲しい」
「おぬしもこれを使うのじゃ!」
リーダーは着ているローブの裾で顔を覆いながら、おれにもそうするよう促した。
「口と鼻を塞いで、身を低くするのじゃ」
「でも……」
ちょっと抵抗あるんだよな。この世界、衛生観念が発達しているようには見えないし、敵の攻撃もなんか汚い。
「だ、大丈夫かな」
「な、なんじゃと⁉︎そんなこと言っている場合か!」
リーダーが顔を赤くして憤然と言った。
「さすがに傷つくぞ!」
ええい、ままよ!南無三!おれはリーダーの服に顔をうずめた。
「リーダー」
「なんじゃ?」
「いい匂いがする」
「ななな、なにを言い出すか、この痴れ者め!」
リーダーが顔を赤らめた。
「すーっ、はーっ」
「深呼吸をするでない!生暖かいのじゃ!」
再び地面に伏せるおれ達。黒い粉が降りかかってくるが、不快であること以上のダメージはない。
「這ってあやつに近づいて、二人ががりで取り押さえるのじゃ」
リーダーはそう囁くと、手にしたランタンを地面に置いた。
おれ達は片手で口と鼻を守り、もう片方の腕で這い進んで行く。気が遠くなりそうだ。
「地道な作戦、ご苦労なことデス!ならば!」
ネクロマンサーが両手を広げて地面にかざす。少女の、よく通る高い声が響いた。
「くらうデス!『黒き女王の行軍』‼︎」
「なんだよさっきから、大袈裟なんだよ、ネーミングが」
背格好から、そういう年頃なのかもしれない。
「むう……静かに、何か聞こえはせぬか?」
カサカサという乾いた音と共に、鈍い光沢を放ちながら何かが近づいてきている。
「あ、あれは……」
おれは絶句した。石畳を埋め尽くす黒いそれ。ああ、確かに女王だ。キッチンに君臨する、無慈悲な女王。死してなお、その威厳に陰りは無い……
「Gだ!Gの大群だ!」
おれは度を失い、叫んでいた。
「落ち着くのじゃ、勇者よ。こんなに震えて……」
明らかにおれ一人の震えじゃない。
「リーダーだって!」
ああ嫌だ。こんなに嫌な風景は生まれて初めて見た。生理的にはゾンビよりずっとキツい。
「死にはせん、とは思うのじゃが……」
やつらに害はないとはよく聞くが、それでもあまりに不快すぎる。
「な、何か手はないか、リーダー⁉︎」
Gはもう目前に迫っていた。絶体絶命のピンチ‼︎