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なんか違う彼

作者: 得無

 「あ、こっちだ。江の島岩屋、徒歩5分・・・なに、16時閉門? あと20分しかないじゃん。急ごう・・・」

 道ばたの案内板で確認すると、彼は振り向きもせず歩いていきます。生まれつきひざの悪い私は、痛む右足をかばいながら一生懸命後を追いました。崖下の岩屋へ続く道は、急な下り階段となります。下りも辛いけれど、帰りの登りはもっと辛いでしょう。

 「ねぇ・・・ちょっと待ってぇ〜!」

 遙か下の方で振り向いた彼に、私はうつむきながら首を横に振ってみせます。すると彼は、軽々とした足取りで私の所まで戻ってくると、笑顔でこう言うのです。

 「おんぶしてやるってば。遠慮すんなよ、大丈夫だって・・・」

 私はあきれて、もう一度、無言で首を横に振りました。


 結局、彼がひとりで行くことになりました。私はまた、ひとりさびしく待ちぼうけです。はるか下の方から波の音が聞こえます。楽しそうに手をつないだカップルが、ひとり道端にたたずむ私を不思議そうにながめながら階段を降りていきました。


********


 「またひとりさびしく待ちぼうけ・・・」

 そう、建長寺でもそうでした。

 「300円も払ったんだから、見所は全部見ないとな。」

 彼はそう言って、半僧坊に向かって歩き出します。

 「待って、半僧坊はすごく高いところにあるの。私、とても登れない・・・」

 すでにひざが痛くなりかけていた私は、勇気を出してそう言いました。

 「へぇ〜行ったことあるんだ、どんなところ?」

 思いもよらない反応に戸惑います。私は、山の中腹にあって見晴らしが良い場所だったことと、その時はまだ子どもだったから、父が途中からおんぶしてくれたことを説明しました。

 「じゃ、俺がおんぶしてやるよ。」

 あっけらかんとそう言う彼に驚きました。もちろん悪い人でないことはわかっています。野球部キャプテン、身長180cmの彼ですから、私をおぶって登るくらい、日頃のトレーニングに較べれば、苦にもならないのかもしれません。でも、初めてのデートで、しかもひざ丈のワンピースを着た私が、どうして彼の背中におぶさることができるでしょう・・・。

 

 「二人で鎌倉に行かないか?」って、誘われたのは3日前。彼は女子からの人気もあるスポーツマンです。うれしかったけど・・・不安でした。突然だったし、私なんかじゃつり合わないっていう思いもありました。断ろうかとも思ったけれどその勇気もなく、今日を迎えてしまいました。鎌倉へは何度か来たことがありますが、坂道や階段が多いから、ひざが痛くなることがいちばん不安でした。北鎌倉から歩き始め、最初に寄ったのが円覚寺。ひざに無理がかからないように、ゆっくり歩きたかったのですが、彼はどんどん先に歩いていってしまいます。

 「この上、茶店があるみたいだよ。甘酒だって・・・」

 そう言うと、まるでトレーニングでもしているかのように、急な階段を跳ねるように登っていきます。私も、ひざをかばいながら彼の後を追いました。

 上は展望台になっていて、富士山もきれいに見え、確かにステキな場所でした。甘酒も美味しかったし・・・。でも今思えば、あの時はっきりと、私のひざのことを彼に話し、上に登るのをあきらめてもらうべきだったのかもしれません。結局その後の建長寺でも、ひとりで半僧坊へ登っていく彼に、私は何も言えなかったのです。


 「なんか違う・・・」

 そう感じたのは、東慶寺に寄ったときのことです。

 「ここ、拝観料100円だって。行ってみる?」

 そう言うと彼は、私の返事も待たずに、勢いよく石段を登っていきます。拝観料のことはどうでもいいけど、ここって確か・・・。急いで後を追うと、彼は門の前で立ち止まり、案内板を読んでいました。私は彼の背中に向かって、そっとつぶやきます。

 「ねぇ、ここ、縁切り寺だよ?」

 「そうみたいだね。初めてのデートで縁切り寺じゃぁ、笑っちゃうよね・・・」

 ところが、そう言いながら彼は、何事もなかったかのように境内に入っていくのです。私は唖然として、その姿を見送りました。べつに縁切り寺に入ったからといって、二人の縁が切れるなんて信じているわけではありません。もとは、悪縁に悩む女性が逃げ込んだ寺なのですから・・・。でも、笑いながら縁切り寺に入っていく彼を、私は追うことができませんでした。もしかしたら彼は、私のことなんて何とも思っていないのではないでしょうか。笑っちゃう、というのは、ろくに縁もない私たちなんだら、縁を切るもなにもない、っていう意味だったのでしょうか・・・。

 「やっぱり100円だな〜。見るところ、あんまりなかったよ。」

 私が一緒に入らなかったことなど、少しも気にしていない様子。なんか、私ばかり気を遣ったり、考えすぎたり・・・バカみたいです。


 私は小さな頃から、ハッキリ自己主張できるタイプではありませんでした。むしろ、相手に合わせたり、気を遣ったりして生きてきた気がします。だから、意志の強い、しっかりした女性に憧れていました。800年も昔、敵である源頼朝の前でも臆することなく、義経を慕う気持ちを込めて堂々と舞って見せた静御前・・・その芯の強さに憧れます。多くの参拝客で賑わう鶴岡八幡宮で、私は、ずっと静御前に思いを馳せながら、その舞殿を見つめていました。

 「私は強くなりたい。遠慮してないで、もっと言いたいことを言おう。」

 そんな気持ちになった私は、勇気を出して彼に話しかけてみました。

 「ねぇ、静御前って知ってるでしょ? 私ね、・・・」

 「あ、焼きそば! いいにおいだなぁ〜。」

 私の声が聞こえなかったのか、止める間もなく参道の屋台へ走り出す彼・・・。さっきお昼を食べたばかりだというのに・・・。


********


 日だまりでは汗ばむほどの暖かい日だったけれど、日が傾くと急に気温が下がってきます。こうして、暮れかかる江の島で、私はまたひとりさびしく待ちぼうけ。今日1日、私はどれだけ彼と話ができたのだろう・・・彼に私をどれだけ知ってもらえたのだろう・・・私は、何のために彼と1日過ごしたのだろう・・・。

 さっき寄った江の島神社の弁天堂で声をかけられた、おばあさんの言葉を思い出します。

 「弁天様はね、とても嫉妬深い女の神様だから、若い二人の仲を裂こうとするんだって。よく拝んでおかないとだめよ。」

 おかしなもので、気温とともに気持ちもどんどん冷えていくのを感じます。弁天様の嫉妬なのか、それとも縁切り寺に駆け込んだ女性たちの気持ちがのりうつったのか・・・。


 沈む夕日を眺めようとしているのか、カップルたちは次々と海辺に向かって、階段を降りていきます。そんなカップルの話し声を、聞くともなく聞いてしまいました。

 「迷子になっちゃったのかな?あの子・・・」

 「もしかしたら、昔の男との思い出に浸りに来てるのかも・・・」

 きっと彼が戻ってくれば、また何事もなかったかのように、江の島岩屋の様子を私に話すのでしょう。私は彼の話を聞くばかりで、こんなにさびしい思いをしていたことなんて、絶対に話せないでしょう。私が強くないから? 勇気がないから? それとも・・・

 

 「やっぱり彼は違う!」

 私はひとりで歩き始めました。岩屋とは反対の方向に・・・。それがどんなに我が儘な行為であるかはわかっています。きっと、わけのわからない迷惑な女だと思われるでしょう。でも、ひとりで歩き始めた私は、今日1日で、一番気持ちの良い風を肌に感じていたのです。


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― 新着の感想 ―
[一言] すべての小説において、省ける文が多い=無駄な箇所が多数。 読者に想像させる部分が少ない。
2012/06/10 23:09 退会済み
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