番外編 もしもの世界
ありがたくもリクエスト頂いた義妹ルートです。
本編で椿と付き合わなかったもしもの世界として読んでください。
「雪奈、大丈夫か!?」
「あ、凌ちゃん! 今、氷奈たちも病院から帰ってきたとこです」
「うぅ……」
慌てて帰宅すれば赤い顔で具合の悪そうな雪奈と、雪奈を支えるようにしている氷奈が制服姿のまま玄関にいた。
一時間程前、氷奈から雪奈の体調が悪いから病院に行くというメッセージをもらい、六限が終了すると同時に急いで帰ってきたのだ。
そうしたら氷奈たちも保健医に付き添われ、今帰宅したところらしい。
「インフルエンザではなく、風邪でした」
「そうか……」
「とはいえ三十八度近くあってしんどいみたいですね……」
「だろうな」
靴を脱ぐのさえ覚束ない手付きの雪奈を見れば分かる。
「……平気、よ」
「嘘つけ。フラフラじゃねぇか」
「雪ちゃん、部屋まで行ける? 無理なら布団持って下りてくるけど」
「んー……」
どっちつかずな返事をする雪奈。ダメだなこれは……。
「悪い。ちょっと我慢してくれ」
壁に手をついて歩こうとする雪奈を止め、膝裏と背中に腕を回し持ち上げる。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「!? な、何するのよ……!」
「部屋まで運ぶだけだ。見てられねぇ」
「いい! お、降ろして」
「雪ちゃん、連れて行ってもらいなよ。氷奈もその方が安心だし」
「でも重い……」
まあ全く重くないと言えば嘘になるが、階段を登れるぐらいの余裕はある。
「体調が悪い時ぐらい甘えとけばいいだろ」
「…………、ん」
怠さには勝てなかったのか、雪奈は少し逡巡した後コクンと小さく頷き寄り掛かってきた。
密着する身体から伝わる温度はかなり熱い。
「朝から調子悪かったのか?」
「……ちょっと、だけ」
「そうか。辛かったな」
「…………うん」
胸元のシャツをぎゅっと握ってくる雪奈は、しおらしく可愛い。
あまり見ることのない態度に相当弱っているのだと感じる。
「でも次からは早目に言ってくれ。氷奈も俺も心配するから」
「そうだよ、雪ちゃん! 寿命が縮んだよぉ……」
「……ごめん」
階段を登り切り、氷奈に部屋のドアを開けてもらう。
雪奈の部屋は淡いクリーム色をベースにした、シンプル目なもの。
ぎっしりと本が詰まった大きな本棚が特徴で、氷奈のように小物を飾ったりしていない分、女子っぽさは薄いかもしれない。
「雪奈、降ろすぞ」
ふかふかのベッドに雪奈を座らせると、倒れ込むように横になってしまった。
「雪ちゃん、寝ちゃう前に頑張って着替えよう? 制服のままじゃダメだよ」
「ん……。氷奈脱がせて」
赤い顔で甘えるように両手を伸ばす無防備な雪奈に、ドキッとする俺の心臓。
いやいやいや! 病人相手に何を考えているんだ俺は!
「じゃ、じゃあ俺は冷却シートとか飲み物とか持ってくるから……」
「はい。お願いします」
なんでこんな時に母さんは出張なんだよ、と半ば八つ当たりしながらキッチンを目指した。
* * *
「氷奈。入っても大丈夫か?」
「はい、どうぞ」
必要なものを持って雪奈の部屋へ戻ると、寝間着に着替えた雪奈がベッドの中で荒い呼吸を繰り返していた。
「薬は食後だよな?」
「そうです――って凌ちゃん、おかゆ作ってきてくれたんですか?」
「ああ。まだ早い時間だけど薬飲んだ方がいいかと思って」
米を煮るだけなので、着替えを待っている間にパパッと作ってきたのだ。
「お母さん……!」
「誰が母だ」
「えへへ。頼れるお義兄ちゃん兼彼氏の間違いでした」
「お、おぅ……」
雪奈と氷奈、どっちかを選べないからどちらの想いにも応えないと断った俺に与えられた選択肢。
あろうことか二人は『なら選べるまでどっちも彼女にして』と反則技を繰り出してきたのである。
その上で決めてくれたなら諦めがつくと言われ、毎日グイグイと迫られ、最終的に俺が折れた。
なので彼女二人という爆殺必至案件になっている。
「あー……。氷奈も着替えてくるといいぞ」
「じゃあそうします。雪ちゃんをお願いしますね」
「了解」
チラッと雪奈の状態を確認した氷奈は部屋を出て行く。
やけにアッサリ納得したことを疑問に感じつつ、看病へと思考をシフトさせることにした。
「雪奈。ちょっとだけ起きられるか」
「……ムリ……」
サイドテーブルにおかゆと水の乗ったトレイを置き雪奈に話し掛ければ、返ってきたのは案の定な答え。
俺だってそれぐらい見れば分かるが、形式的な質問みたいなもんだ。
「食べないと薬が飲めないだろ。ほら、支えててやるから頑張れ」
無理を承知で引っ張り起こし、背中にクッションを置いてなんとか座らせる。
その間ずっと雪奈はされるがまま。よほどしんどいのだろう。
ぼうっとしている雪奈の額に冷却シートを貼り、一口分のおかゆを掬ったレンゲを差し出した。
「雪奈、あーん」
「ん……」
小さく開いた口に親鳥よろしく食べさせる。
特に拒否される事もなく繰り返すこと数回。
限界を訴える雪奈に水と薬を飲ませ、再び寝かせると雪奈がポツリとお礼を述べてきた。
「ありがと、凌大」
「気にするな。甘えろって言ったのは俺だしな」
「……じゃあ、もう一個だけ」
「? なんだ?」
「眠るまで手、握ってて……」
潤んだ瞳で手を伸ばしてくる雪奈に俺の理性が爆発寸前ですどうしよう。
「……お、お安い御用だぜ」
「ぜ?」
「いいからさっさと寝るんだ!」
誤魔化すようにぎゅっと手を握る。
途端に雪奈は嬉しそうに笑った。
「風邪引くのも……たまにはアリね」
「勘弁してくれ……」
こっちの身が持たない。
「凌大が引いたら……私が看病、して……あげる」
次第にウトウトと眠そうにした雪奈は、そのままストンと眠りに落ちた。
ツン成分が熱によって蒸散された雪奈は随分と素直で、自制心が試される。
これはこれで魅力的だけど、いつもの方が雪奈らしい。
「だから早くよくなってくれ」
力の抜けた手を布団の中に戻し、雪奈の部屋を後にした。
ら、何という事でしょう。
部屋着に着替えた氷奈が満面の笑みを浮かべ、ドアの前で待っていたではありませんか。
「ひ、氷奈?」
「雪ちゃんは寝ました?」
「え、ああ」
「じゃあ今度は氷奈の番です」
そう言って抱っこをせがむ子どもみたいに両手を俺に向けてくる。
「ん? えっと?」
「氷奈もお姫様抱っこしてください」
マ ジ か。
「いや氷奈は歩けるだろ……」
「雪ちゃんだけズルいです! 差別反対!」
「分かったから、声大きい!」
せっかく眠った病人を起こしてしまうと注意すれば、氷奈はしゅんとなってしまい今にも泣きそうだ。
っぐ、それは反則だぞ。
好きな子の泣き顔ほど見たくないものはない。
「……氷奈。動くなよ」
「ふぇ?」
後で下げる事にしたトレイを廊下に置き、キョトンとなった氷奈を要望通りに抱き上げる。
雪奈と同じ身長の氷奈は体重も同じぐらいだった。
「これでいい、か?」
「! うん! 凌ちゃん、大好き!」
一気にご機嫌になった氷奈は、首の後ろに腕を回してすり寄ってくる。
氷奈は通常運転で甘えたがり。実に心臓に悪い。
「ふふーん♪」
よく分からない鼻歌をBGMに一階まで下り、リビングに到着。
ソファーに氷奈を降ろした。
「じゃあ次は『あーん』してください!」
「えっ」
「雪ちゃんの具合の悪さから察するに、多分しましたよね?」
名探偵がここに居る!
「そんなキッチリ同じにしなくても……」
「んー。それもそうですね。じゃあ雪ちゃんとは違うことを――」
な、何を言い出す気だ。
「さっきのが気持ちよかったので、もうちょっとハグしてください」
「……へ?」
「凌ちゃんも座って座って」
グイグイと腕を引っ張られ、氷奈の隣にボスンと腰を下ろす。
何だ何だと思っている内に氷奈が脚の間へ横向きに割り込んできて、ギュッと抱き着いてきた。
なんやコレ。
「凌ちゃんて結構がっしりしてますよね。ドキドキするんですけど、同時になんか安心します」
「そこで安心されても困る……」
何がって当たってるからな。雪奈よりある二つの弾力が!
「……ワザとですよ?」
は!? と思い氷奈を見ると、頬をほんのり朱色に染め上目遣いで見つめてくる。
い、いやいやいや!
ピンクな空気にはまだ早いだろ! まだって何だ。
「ふふっ。百面相してる」
「からかうなよ……」
「本気のアプローチですけど、奥手な凌ちゃんて可愛いです」
「……可愛いって言うな」
いたたまれず顔を反らせば、ふわりと何かが頬に触れる感触。
ちゅっと音を立てて離れていったのは氷奈の唇だ。
「誉め言葉なので怒らないでください」
「な……っ」
「ほんとは口にしたいんですけど、氷奈たちからはしないって雪ちゃんと協定を結んだので」
「聞き捨てならない不可侵条約!」
「なので凌ちゃんからしてくださいね」
人差し指を唇に当て悪戯っぽく笑う氷奈。
俺死亡。死因――キュン死。
「えと、雪ちゃんの様子を見てきます!」
突然の事態にフリーズする俺を残し、パタパタとリビングを出て行く氷奈を茫然と見送る。
時間差でやって来た顔の熱に俺まで倒れそうだった。
「やべぇ……」