前編 いつも俺の予想外の事が起こる
冬休みに入り最初の日。
バイトもなく、椿も用事があるとかでフリーな一日。
今日は思う存分家でゴロゴロするかーと決めダイニングに下りたら、双子に出会った瞬間に計画が破綻した。
「凌大、今日は予定ないって言ってたわよね?」
「ぜひ一緒に行きたい所があるんですけど!」
さよなら、俺の自堕落ライフ……!
「どこ……?」
「これです!」
氷奈が興奮気味に渡してきたのは、一枚のチラシ。
見れば『期間限定! 特設スケートリンクで冬休みを満喫しよう!』の文字。
は? スケート?
てっきり買い物の荷物持ちとかだと思ったのに、俺が行く必要はあるのだろうか。
「……なぜ俺を巻き込む?」
「二人で行くとナンパ男がウザい」
真顔で言えるメンタル!
「その意気があれば大丈夫だ、うん」
「はあ!?」
「もー、雪ちゃん。素直に凌ちゃんと遊びたいって言わなきゃダメだよ」
「えっ」
「ちょ、氷奈!」
そうなのか? と目で問えば、「もちろん氷奈もですよ?」と頷く氷奈。
隣の雪奈は若干赤い顔でそっぽを向いている。
お、おぅ……。
「分かった。行くよ」
「ほ、本当?」
「ああ」
あんな顔をされて断れる訳がない。
ついでにボディーガードもしようじゃないか。義兄の勤めだ。
偽装を解除した俺は、ピアスも解禁した。左右一個ずつだけに止めたが、作り笑顔をやめた事もあり、パッと見の真面目度は随分減っている。
もう蘭丸の学校の奴らの時みたいに無暗に絡まれたりはしないだろう。
「じゃあ朝ごはん食べて準備が出来次第、出発です!」
* * *
「野外リンクかよ!」
着いた先は大型ショッピングモールの目の前、イベント感溢れる飾り付けで囲まれた賑やかな場所だった。
すでに家族連れや恋人・友人同士らしき人たちで溢れていて、もうリンクの外周に沿ってグルグル回るだけしか出来ない。
しかしそれすらままならない人物がいた。
雪奈だ。
きっと華麗に滑りこなすのだろうと思っていたら、手すりが命綱になっている。
「……大丈夫か?」
「へ、平気よ! ちょっと感覚を忘れてるだけよ!」
プルプル震える足で言われても説得力が欠片もねぇ……。
生まれたての小鹿みたいになってるぞ。別の意味で注目を集めそうだ。
「子供の頃に来て以来だもんねぇ」
「へぇー。その時は滑れてたのか?」
「じゃなきゃ行きたいなんて言わないわ!」
確かに……。
「氷奈は平気なんだな」
「ですね。名前に『氷』が付いているからでしょうか……!?」
……いや、あんまり関係ないと思う。
「凌ちゃんこそ上手ですね?」
「まあ運動は嫌いじゃないからな」
勉強に行くはずの細胞が運動神経に吸い込まれた感。
残念な自己考察をしていると、手を繋いだ二人の子どもが楽しそうに横を滑って行った。
きっとあんな感じだったんだろうな……。
…………。
「……雪奈、引っ張ってやるから手貸して」
「は!?」
「ずっと手すりに掴まったままじゃ、つまらないだろ」
キャッキャと笑顔で滑って行く子どもたちに対し、ずっと険しい顔で悪戦苦闘している雪奈。
どっちが楽しんでいるかなんて一目瞭然だ。
せっかく来たのだから、楽しい思い出にして欲しい。
「い、いいわよ別に」
「凌ちゃん男前! 雪ちゃん、遠慮しないでしてもらいなよー」
「でも……」
「あ。俺と手を繋ぐのが嫌な可能性を考えてなかったわ……。なら氷奈に――」
「やる!」
急に即答する雪奈。な、なんだ?
しかし羞恥心を捨てきれないのか、顔が真っ赤だ。
「あー、俺に頼るのは不本意かもしれないが、氷奈より力はあるから転倒防止には役立つと思うぞ」
「途端に残念になった!」
氷奈がさっきから俺の評価を上げたり下げたり忙しい。
リンクの上だからって、ジャッジしなくてもいいだろう……。
「ほら」
「……ん」
手を差し出せば、雪奈はヨロヨロと片手ずつ手すりから放す。
最後に右手を放した瞬間、大きくグラついた。
「ぅわっ!」
「お、おい!」
俺の胸に飛び込んでくるように激突してきた雪奈。
共倒れは避けたが、雪奈はすぐに離れようとしない。
足かどこかを痛めたのだろうか。
「雪奈? 大丈夫か?」
「……は、鼻打ったから、少しこのままにしてて」
「マジか早く冷やさねぇと!」
「お、大人しくしてたら治る!」
ギュッと胸元のセーターを掴み拒否してくる雪奈。
本人が言うならいいのか……? いやでも顔だし……。
「凌ちゃん」
「? 何だ?」
「氷奈はちょっと疲れちゃいました」
「え、じゃあどこか休める場所――」
「なので背中を貸して下さい」
は? と思っている内に背後からハグしてくる氷奈。
なにこの双子サンド。具は俺です。
はぁぁああ!? いやいやいや、動けねぇ!
リンクの端だから邪魔にならないとかそういう事じゃない!
これどうすりゃいいの!? 義兄妹とはいえこの距離感は近すぎるだろ!
「ちょ、二人とも……」
「「もうちょっとだけ」」
マジか。息ピッタリか。
無理に引き剥がせば危険な以上、下手に身動きが取れない。
「おい、見ろよアイツ」
「あ? んだアレ。調子乗ってんじゃん」
打開策を考えていると、リンクのすぐ近くを歩いている若い男二人組の声が聞こえてくる。
間違いなく俺の事だろう。
どう考えても調子に乗ってる絵面だもの。こんなの俺しかいねぇもの。
「ちょい脅して女の子たちに本性見せてあげちゃう?」
「いいな! アイツもフられりゃいい」
『も』ってことはナンパでも失敗したのか。
その腹いせを俺に持ってくるなよ! 気持ちは分かるけど!
しかし願いも空しく男二人は近付いて来る。
うん、ピアスとか関係なく絡まれるわこの状態は。
「なぁ、お前」
しかし俺も黙ってやられるつもりはない。
双子に手を出される事態に発展しかねないからだ。
「あァ……?」
「っ、んだよコイツ……」
一睨みで戦意の半分を喪失するおしゃれパーマ男。弱っ。
「……しかもイケメンじゃねぇか!」
隣のツンツンヘアは驚きながらも褒めてきた。良い奴かよ。
「凌大?」
「凌ちゃん? どうかしたんですか?」
急に低い声を出した俺を不審に思ったのか、雪奈と氷奈が顔を上げ訊いてくる。
瞬間、男二人の目の色が変わった。
「めっちゃ美少女! つか双子!」
「アイドル!? それともモデル!?」
「? 誰ですか?」
「凌大の知り合い?」
態勢もそのままに訊いてくる氷奈と雪奈。……まず離れない?
そして誉め言葉には何のリアクションもない。まるで興味が無さそうだ。
「知らねぇ。全くの他人」
「え、何かご用ですか?」
小首を傾げ、二人組に問う氷奈。
問われた二人はビクッと肩を揺らして動揺した。
「あ、あのさ! そんな奴よりオレらと遊ばない?」
「どこでも連れてくぜ!?」
おい、趣旨変わってるぞ。
俺を脅かすんじゃなかったのか。
「は? お断りよ」
「氷奈もです。ごめんなさい」
雪奈と氷奈は考えもせずバッサリと断る。
二人組だって顔はそう悪くないのに、取り付く島もない。
「いやでもさ!」
尚も引き下がる、おしゃれパーマ。
どうやって追い返すかと思っていたら、能天気な声が耳に飛び込んできた。
「あれま、凌大くんやん」
「司!?」




