第3話
後ずさった距離だけ近寄る。まあでもそんなに近距離じゃない。だっていきなり抱きついてきたし。言ってみれば変質者だし。
「いいかい、馨。私を見てて」
「う、うん」
青年に両肩を掴まれ目が合った。それに気を良くしたのか青年は嬉しそうに笑う。私は思わず目を瞬いた。
瞬いたら、消えた。
代わりに大きな白狐が居た。尾は4本。
ちょっと待って。私この狐知ってる。
「これで思い出してくれた?」
「あ、あなた…」
「名前で呼んで。馨がつけてくれた、あの名で呼んで」
一体、何年ぶりなんだろう。懐かしくて涙が出そうになる。
「…昴」
私は白狐を抱き寄せた。そう、すばる。
私が小さい時にいつも一緒に居た稲荷神社の守護神。
私が小学生になる前まで、毎日私の遊び相手をしてくれていたのがこの狐なのだ。どこで遊んでてもいつの間にかそばに居てくれて、文字通りいつも一緒に居たのに、私が小学校にあがるころぱったり姿を見せなくなったのである。
「会いたかったんだ、馨」
「うん………うん?」
と、昴に抱きついてたら、私はあることを思い出した。
「さっきのあの人、何」
「私が化けてた」
化けてたって……まあ、狐だしね。化けるよね
でもなんであんなにボロボロに…?
「あっ、神社の社がこじ開けられたから!?昴、」
「落ち着いて、馨。私はもう大丈夫だから」
「昴……」
狐の姿のまま、昴はしゃべった。
昴がボロボロだったのはやっぱり社と関係があるみたい。
「でもなんで社がこじ開けられたのかな?あそこ、なんか大事な物とか入ってたっけ?」
「特に何も。ふざけてこじ開けたんじゃないかな」
昴があんまりあっさり言うから私も気後れしてしまった。いや昴はもっと熱くなりなさいよ。
「狐は無事なの?」
「狐?ああ、あの子たちか。そもそも彼らは狐じゃなくて御先稲荷っていうんだけども…」
「おさきとうが?」
「そう。稲荷神社にいる宇迦之御魂神様の眷属は御先稲荷っていうんだ。彼らなら社をこじ開けた犯人を探していると思うよ」
「みんな?」
「うん」
「へえ~」
それじゃあ傷つけられて動けないとかじゃないんだね、良かった。
この辺りには稲荷神社が多いらしいからもしかしたらすぐ見つかるかもしれない。
「え、じゃあ昴は神社の神様…?」
「私は宇迦之御魂神様にお仕えしてる御先稲荷のとりまとめ…的な?」
「的な?ってちょっと古いよ…」
呆れる私を余所に、昴はこれまた嬉しそうに笑って言った。
「と、いう訳で。社が直るまで宜しくね、馨」
「ん?今なんて言った?」
「社が直るまで宜しくね、馨って言った」
「いや、ちょ、おま、なんで?」
「だって今私家なき狐だよ。ほっとかれたら天界に連れてかれちゃうし、ほら、義彦は私の神社の神主だからしばらく世話になろうかなって思ってるんだ」
なんだと?
いや別に私は構わないけどお父さん大丈夫かなあ。
お稲荷さん来ちゃった!なんて言ったら卒倒しそうだけど…。
「だいたい、宇迦之御魂神様の神社なら、あんたの神社ってことにはならないでしょ」
「いいや?宇迦之御魂神様から神社を預かっているのが私だからあながち間違いでもないよ?」
「留守、守れてなくない?」
私がそう言うと、てへぺろっ!って感じで誤魔化そうとしてきた。いや、いいのか。いいのかそれで。
「ま、まあ…他の人には見られないようにするから、ね?」
「ね?ってそんな……昴はそんなことして問題にならないの?」
「全く」
「…………マジか。それじゃあ居候になる前にひとつ、どうしても聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい?」
私は、早速寛ぎはじめた昴に向かって言った。これだけは確かめないと気が済まない。
「なんで、いきなり居なくなったの」
そう、私はこの狐に聞きたいことがたくさんあるんだ。
小さい頃、私の数少ない遊び相手だったかけがえのない友人。
ある日突然消えてしまってから、私がどれだけ悲しんだことか。それなのにこんなにひょっこりやって来て、今度は神社の狐だったって?
「……それについては全部私が悪いんだ。その前に、馨に話したいことがあるのだけど」
「何?」
寝転がっていた昴は起き上がって私に隣に座るよう促した。見れば昴は深刻な顔をしている。
「実は私、結婚するんだ」
「…は?」
え、何、私にアドバイザーだかプランナーでもやれって言うの?
式場おさえたりとか?狐の?
「誰と結婚すんの?」
お相手も狐ならご祝儀は油揚げかなあ…。
「馨と」
「…なんだって?」
2019/10/21 転載及び加筆修正