第23話
あの後、玉藻御前様は狐を呼んで私を出口へ案内させた。
神殿を背に呆然。
どうしたらいいんだろう。全然わかんない。
「馨」
びくり
肩が跳ねた。声をかけてきたのは無論、昴。今一番会いたくない。
「…どうしたの?玉藻様に何か言われた?」
こうして優しく声をかけてくれてるけど、昴のその目に映ってるのは本当に私ですか?
好きだって言ったのは私に向けて?それとも馨姫に向けていたの?
私がどう思おうが昴には、私は馨姫の代わりでしか無いの?
「泣かないで、馨、本当にどうしたの?」
昴は心配して私の目許に手を伸ばすけど私はそれを止めた。お願いだからこれ以上、優しくしないで。
胸が苦しい。喉に石が詰まったみたい。玉藻御前様の時と違う感覚だけどやっぱり声は出なくて、乾いた音しか聞こえなかった。それなのに目から涙はとめどなく溢れている。
止まれ、止まれ。涙。昴にしたら迷惑以外の何者でもないんだから。早く、止まれ、ばか。
「なんでも…ない…」
「なんでもなくない。そんなに泣いてるのに…どうしたの?私には言えないこと?」
昴の言葉に、しゃくりあげながら私は、思わず聞いてしまった。
「…か、馨姫…」
その人の名前を口にした途端、昴が凍り付いたのがわかった。
ああ、やっぱり私は、写し身だったんだ。
顔も雰囲気もよく似た、同じ魂を持つ『馨』を、昔自分が守りきれなかった『馨姫』に重ねているんだ。
「玉藻御前様から、聞いたの…私…馬鹿みたいだね、私…あなたにあんな名前つけちゃって……ごめんね。ごめんね、すばる」
「あ、」
最後に一度だけ昴の顔を見てから私は駆け出した。
泣きながらがむしゃらに走った。
ごめんなさい。ごめんなさい。
馨姫のように、自分を犠牲にできなくて。昴の求める馨姫になれなくてごめんなさい。
ごめんなさい。馨としての私が、あなたを好きでいてごめんなさい。
「あうっ」
しばらく走った頃、私は木の根に躓いて転んだ。思っていたより速く走ってたみたいでかなり派手に転んだ。
「痛い…」
膝を擦りむいた。ついでに躓いた足を捻った。踏んだり蹴ったりってやつ。
「………」
鼻を啜りながら辺りを見渡せば、なんとなく見覚えのある風景。神殿の結界を抜けて神社の裏山にきたみたい。すると木々の奥からガサガサと音がして、御先稲荷たちが現れた。
「馨様!馨様!」
「足怪我してるよ馨様!」
「大丈夫?」
「痛くない?」
私の周りをピョコピョコ掛けながら4匹の御先稲荷は甲高い声で心配してくれた。
「大丈夫、痛くないよ…大丈夫…大丈夫…」
「あれ?天狐様は?」
「一緒じゃなかったの?」
「あれー?」
「あれー?」
御先稲荷に手を伸ばせば小さな狐たちは嬉しそうに腕を伝って肩や首、頭に乗ってきた。小さい時からずっとこうしているから随分落ち着いてきた。
「ねえ、馨姫って知ってる?」
そばにあった大きな楠の木に寄りかかりながら尋ねる。御先稲荷たちには多分解らない人だろうけど
「知ってるよ!」
「馨姫!」
「馨様とおんなじお顔!」
「天狐様の好きだった人!」
「うん、うん…」
御先稲荷たちが嬉しそうに話してくれた。馨姫の事。そして、最後に私が尋ねたある質問は私の予想の斜め上をいくものだった。
「あのね……」
2019/10/21 転載及び加筆修正