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第20話

「私が馨の所に居てはいけない。彼女の幸せを奪ってしまうから。だから玉藻様の供として西国に行き、新しく嫁を探し直そうと思う」


「……どういう事か説明してもらおうか」


「馨は人間で、私は天狐、つまりそういう事だよ」


「…所詮交わる定めではないと?」


猫又の問いに昴は沈黙した。この沈黙を是とした猫又は今より一層語気を強めた。


「だからなんだ!それがどうした!天狐殿の思いはたったそれだけの事でなかった事になってしまうほど弱いものだったのか!」


「違う!だけど、」


「違うなら違うではっきりしろ!何があったか知らんがお前がそんなにはっきりしなくてどうする!


世界がどうのとか、釣り合う釣り合わないとかそういう事じゃない!本当に大事なのは、あの子の幸せの在り方だろう!お前があの子の前からまた消えて、あの子が幸せになれると思っているのか!」


猫又に半ば怒鳴られるようにして、昴ははっとした。

先程とは打って変わったその表情に、猫又はもう大丈夫だろうと表情を和らげた。


「…もう馨の気持ちは固まっているはず。迎えに行ってやったらどうだ」


「猫又、ありがとう。私は考えすぎて結局結論から遠ざかっていたらしい。私は、馨を幸せにしたい」


昴は晴れ晴れとした顔をして猫又に告げた。そして御簾の方に向き直り一礼をした。


「玉藻様、申し訳ありません。私はやはり彼女が居ないとやっていけません。彼女を迎えに行って参ります」


「…待て。天狐」


これで万事解決に至るとばかりに息をついた猫又は、その一言に背筋を凍らせた。ここが玉藻御前タマモノゴゼンの結界の中だということをすっかり忘れていたのだ。

そんな猫又に『心配するな』と視線で合図をすると、御簾の前に座り直した。


「ここにおります、玉藻様」


「人の子を嫁に取ると言うたり、辞めるから西国の狐を宛がえとわらわに泣きついてきたりと勝手をしてくれるのう…。それを詫びのひとつで済まそうと言うのかえ」


声の調子は全く怒っていないというのに、猫又は走って逃げ出したいほどの殺意を肌で感じている。逃げださないでいられるのは、それが自分ではなく昴に向けられているからまだマシというだけだ。


「如何にも。どのようなお叱りもお受け致します」


「ほほほ…そうかえそうかえ…。わらわは寛大故、許そう。よい、その人の子を迎えに行け」


その言葉を聞いて昴は何故か体を硬直させた。


「…ご厚情、誠にありがたく。それではこれにて」


「(お許しが出たのではないのか…?)」


「ああ、そうそう。ぬしはその馨という娘を余程気に入っておる様子。わらわにも一目会わせてくりゃれ」


「なっ…!」


玉藻御前は昴に振り回されたことなどどうでもよかったのだ。それにかこつけて、どうしても断れないように『お叱り』をせず馨を連れて来るように『頼んだ』のだ。

猫又が思わず声をあげそうになるのを昴がすかさず手で制した。


「のう、何か問題でもあるのかえ」


「…いえ、何もありません。万事上手くいけばこちらに連れて参ります」


「そうかえ」


「失礼します」


昴は再び一礼すると猫又の方に向き直った。


「すまない、猫又。君がいなかったら私は大事なものを見落とす所だった」


「い、いや…。私は構わん。いいから早く迎えに行ってやれ」


「ありがとう」


そういうと昴は一目散に駆け出していった。

昴が結界から外に出て行ったのを見届けた猫又は、御簾に向き直り一礼した。


「玉藻御前殿、土産も無く突然押しかけて失礼した。私も失礼させていただきたく」


「待て。人の子…確か『けい』とか言ったな。その娘の氏はなんぞ」


玉藻御前の問いに、猫又は一瞬考えたあと口を開いた。ここでハッタリが通じる相手ではない。


「その娘は松月と申します。かぐわしいとかいてけいと読む、馨という名です」


「…で、あるか」


「それでは失礼」


「…松月の娘…。所詮運命には逆らえぬというわけか」



猫又が出て行った後、玉藻御前は1人呟いたのだった。



結界を飛び出した昴は周りの風景に一瞬戸惑った。

さっき猫又に言われた通り、結界の中の時間の流れと、外の時間の流れが違うのを忘れていたのだ。

空は夕焼け、時刻は5時を回ったところであろうか。


結界に入る直前は夜中だったから、今は結界に入る直前から一晩たった日の夕方というのが正しいだろう。

随分時間が経ってしまったがそれでも馨を探すしかない。昴はまず馨の気配を探った。


「この近くにいるのか…」


意外な事に馨は神社のすぐそばにいた。気配は1人。馨だけだ。だがしかし様子がおかしいようである。居ても立ってもいられない昴は思わず気配がする方へ走り出した。








同時刻、昴が馨の居場所を特定した頃、馨は千尋と別れて1人神社の境内に座り込んでいた。


千尋に対する申し訳なさと、それでも昴を心配する気持ちとがないまぜになって気分は最悪だった。


「…これで昴まで居なくなったら私はてんで駄目なやつだよね…」


はあとため息をついたその時、境内の玉砂利を踏みしめる音がした。


「……馨」


名前を呼ばれた馨が顔を上げると、そこには彼女が待ち焦がれた人物が立っていた。


2019/10/21 転載及び加筆修正

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