第18話
時間も時間なので、と千尋に連れられ喫茶店を出た馨はそれでも心ここにあらずだった。
「それでさ、俺は…」
「千尋くん」
「…なに?」
神社の近くにさしかかった頃ようやく決意をしたのか、千尋の話を遮って馨が口を開いた。
「話があるんだ」
「…っ、うん」
千尋は一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの笑顔に戻して頷くと、馨の手を取ってすぐそばの公園に向かった。
「とりあえず、座ろ?立ってたら出来ないでしょ」
ベンチに腰掛け、2人は缶ジュースを飲みながらしばらく黙っていた。馨の前じゃずっと喋り通しだった千尋がだんまりなので、馨はまた口を開くタイミングを探していた。
「…この前の夜に、千尋くんは私を好きって言ってくれたね。すごく嬉しかったよ」
「うん」
「それで、彼氏彼女の関係になるんだったよね」
「そうだね」
ここで言わないといけない。馨は意を決して千尋の目を見た。千尋は、ずっと馨を見ていたようでパチリと目が合う。考えてみれば、告白されてから千尋と目が合ったのはこれが初めてかもしれない。
「……千尋くん、ごめん。私、千尋くんの彼女にはなれない」
ここまで言って馨は涙が零れ落ちるのを感じた。
泣き顔を見られたくなくて思わず俯いてしまう。
「(ばか、私。泣くな、泣くな。泣きたいのは私じゃないんだ。)」
「私、私…今、好きな人が居て…」
「もういいよ」
馨がやっとのことで言葉を紡ぐのを千尋が制した。驚いて千尋の顔を見ると、千尋は悲しそうに笑っていた。
「え?」
「もう、いいよ。先輩の好きな人ってあの時の人でしょ?見てたらわかるって。……ごめんね先輩。俺、先輩が最初からその人しか眼中にないの知ってたんだ」
「そんな…」
「…ごめんね、泣かせちゃったね」
「千、尋く…」
「でも、今だけは…今だけは、俺だけ見ててくれたでしょ…?」
千尋は震える声で囁いて馨の頬に手をやった。
悪気なんてなく、本当に、馨が好きだっただけなのだ。それが馨にもわかって馨の視界はまた滲む。
「…ごめんね…!千尋くん…ごめんね…」
「泣かないで。ね?先輩の事を泣かせたかったわけじゃないんだ」
「うん…」
「本当に、好きなんだ。今だってまだ。だから笑って…?ね?」
そう言って千尋は一瞬泣きそうな顔をして、馨の頬にやった手を撫ぜるようにするりと離した。
「…このまま何もかもがうまくいけば良かったのに。先輩、さっきからずっと心ここにあらずだったね」
「えっ」
「バレバレだよ。……あの人のとこに行くんでしょ?」
「……うん」
「だったら早く行きなよ。今この瞬間から俺と先輩は、一昨日までと変わらない、後輩と先輩。いいね?」
「うん」
「俺が先輩を好きなのも、今まで通りだから安心してよ」
「私みたいなのを好きになってくれて、ありがとう。思いに答えてあげられなくてごめんね…。本当に…ありがと…」
「ああほらまた泣く」
「ごめっ…あのっ…」
「…ばか」
しゃくりあげる馨の頭を、千尋がぎこちない手で撫でる。
馨と同じように、千尋の声もまた、震えていた。
2019/10/21 転載及び加筆修正