第17話
その日の昼休み、いつものように教室で沙知絵と馨は昼ご飯を食べていた。
「馨、大丈夫?」
「…うん」
「相田に、なんて言えばいいかわかんないんじゃない?」
「な、なんでわかったの!?」
心底驚いた馨を見て、沙知絵は呆れたように笑った。
「顔に書いてあるよ。…相田は、違うんでしょ?」
「沙知絵はなんでもわかるんだね。そうだね、千尋くんは、違うんだ。好きとか嫌いじゃなくて、私にとっては友達。彼氏彼女にはなりえない」
「うん。だって馨には本命居るもんね」
「えっ」
馨が驚いて声をあげれば沙知絵も目を丸くさせた。
千尋の事は纏まったが今度は、本命?馨としてはちょっと待てと言いたい気持ちでいっぱいだった
「同居の彼氏、その人じゃないの?」
「そ、そうなのかなあ…」
「相変わらず鈍いよね、馨って」
「…好きな人できるってどんな感じ?」
「何、藪から棒に」
「彼氏居るんでしょ?」
「まあ…いるけど」
「どんな感じ?」
馨に詰め寄られて沙知絵は少し困ったように笑った。
「その人の一挙一動に自分も一喜一憂して、その人の事で頭がいっぱいになったり…とにかく、その人と居ると幸せって思えるの!」
「…ふうん」
「きっと馨も、そう思うよ。…それでもピンとこないなら、今一番気にかかってる人のことを考えてみて」
「気に…かかる?」
沙知絵にそう言われて馨が思い浮かべたのはやはり件の人物だった。沙知絵は満足そうに笑って言った。
「それが、好きってこと」
「…ありがとう、沙知絵。やっぱ私、沙知絵が居ないとだめかも」
「全く…」
言葉とは裏腹に沙知絵は嬉しそうだった。
馨の意志が纏まったところで問題になるのは千尋である。
「私、今日ちゃんと千尋くんに言う」
「そうしな。変に期待させるよりいいよ」
「うん」
考えが纏まった。それだけでも実りのある昼休みだった。
そして放課後ーーー。
「ちゃんと言える?」
「大丈夫。心配しないで」
「うん」
掃除を終えて沙知絵と馨はひそひそと話していた。
千尋は迎えにくると言っていたので待っていればくるだろう。
「先輩」
「あ…」
「じゃあね、馨」
千尋の登場を確認するや否や、沙知絵は馨の肩を軽く叩いてバッグを抱えて帰っていった。
「うん、ばいばい」
「先輩、帰ろ」
「うん」
嬉しそうに馨の手を取って歩き出す千尋を見て、馨は胸が痛んだ。自分のことを好きでいてくれる人がこんなにも身近に居るとは思ってもみなかったのだ。
目下の問題はどのタイミングで千尋に話を切り出すかである。胸は痛むが、いつまでも先延ばしにする方が傷は深くなるだろうということは馨にもわかっている。
学校でそんな話はできないとすれば帰り道しかない。
「あ、そうだ。あそこ行かない?」
「これから?」
「うん」
帰り道、千尋に唐突に誘われたのは小さな喫茶店だった。
「ちょっとくらいならいいでしょ?」
「…でも…うーん…」
「なんかあった?」
「え?いや、なんでもないよ!」
「じゃあ行こっか」
千尋の事は異性とした好きでもないが、だからといって人として嫌いでもないのだ。馨自身に話したい事もあって断っていいものかどうすべきか悩んでいる内に喫茶店に入る流れになっていた。
「いらっしゃいませー。こちらのお席にどうぞー」
「どこみてんの先輩、こっちだよ」
無意識の内にこの間のファミレスで昴と座った窓際の角の席を見ていたらしい。千尋に手を引かれてはっと我に返った馨は頭を軽く振った。
「こっち、座って」
「うん」
「何食べたい?」
ニッコリ笑った千尋に、メニューを渡されるが、とてもじゃないけどなにかを食べる余裕などない馨は努めて笑顔で、千尋にメニューを返した。
「私はお茶だけでいいよ」
「ほんとに?」
「うん」
「じゃあ俺もそうする」
そう言うと千尋はあっという間に店員に注文をしてしまった。
「先輩元気ない?大丈夫?」
「ううん、元気だよ」
「……。あ、そう言えば今日授業で…」
それから二時間ほど喫茶店に居たのだが、馨はなかなか話を切り出すことができず、しかも千尋の話は上の空で聞き流していた馨なのだった。
2019/10/21 転載及び加筆修正