第15話
それから馨は気付いたら家に帰ってきていた。どうやって帰ってきたのか全く覚えていない。まだ頭がボーっとしている。
「…どうしよう…明日から私どうしよう…」
ふと我に返った馨は頭を抱え込んだ。馨には今までこんな経験全くないのだ。仮に明日、千尋と顔を合わせよう物なら最高に気まずくなるに違いない。
「…昴?」
まさか自分は1人で帰ってきたわけではあるまいと昴を呼べども昴は居ない。いつもなら呼ばなくても馨にべったりの昴が今は姿も見えないし、気配もない。
「…お社に帰ったの?昴?居るなら、返事してよ、ねえ…」
しんとして何も動かない。昴は居ない。もしかしたら馨がぼーっとしている時になにか言われていたかもしれないが全く覚えがない。馨はがばりと立ち上がると、勢いよく階段を降りた。神社に行けば昴に会えると信じて。
「あっ、お父さんお母さん!すば…狐っ、天狐様見なかった!?」
「天狐様?天狐様なら少し散歩してくるって。帰りは遅くなるらしいわよ。聞いてないの?」
玄関で慌てて靴を履いているとちょうど帰宅した両親と鉢合わせした。両親が昴の行き先を知っているという事は昴はまだ遠くには行ってないという事だろう。
「神社じゃないのね!?」
「ああ、なんだかひどく落ち込まれているようだったけど…馨、なにかあったのかい?」
「ううん!なんでも!私も散歩行ってくる!」
「あ、馨!」
そう言って馨は一目散に暗い中を走り出した。
どうして居ないの?そんな疑問だけを抱えて。
「はっ…はあ…」
どれくらい走ったのだろうか。かなり走ってきたつもりだったが昴は見当たらない。
「…どうしよう」
「どうしたんだ?」
「ヒッ」
独り言を呟いたと思えば背後から返事がきたので馨はのけぞった。だが声の主は馨のよく知る人物だった。
「だ、だだ大丈夫か?」
「ね、猫又ぁ…」
馨がここ数年で仲良くなったアヤカシの猫又だった。普段は裂けた尻尾を隠して普通の野良猫として商店街の人々にかわいがられている。
夜の帳に溶けるような漆黒の猫に気付いてやる余裕がなかった馨は、驚きのあまりにへなへなと座り込んだ。
「ちょ、おい、馨!」
「…落ち着いたか?」
「うん、ありがとう」
しばらく猫又に付き添われた馨は10分ほどで落ち着きを取り戻した。
彼女、猫又とは長い付き合いで、たまに街道で会って話をしている。友人には相談しにくい事も相談できる馨の良き相談相手だ。
「何かあったのか?」
今は近くのバス停のベンチに座って話をしている。猫又も、馨が猫相手に喋っている不審人物に見えないように、人間に化けてくれている。
人間といっても、幼稚園児くらいの女児なので全く怪しくないわけではないのだが。
「うちの神社の天狐なんだけど、この辺で見かけなかった?」
「天狐殿か?いや、知らないな」
「そう……」
「なぜだ?」
「ちょっとした事があっていなくなっちゃったんだ」
「馨は、どうして追いかける?」
猫又は、幼い外見とは裏腹に長い時間を生きている。そんな彼女の指摘は鋭く、的を射ていた。
「それは……」
「追いかけて、探し出したら、お前はどうしたい?」
「………」
馨は言葉を失った。どうしたいのか、考えてもみなかったのだ。
わからない。それが一番に思い浮かんだ。
「わからない。わかんないよ、猫又。私、どうしたらいいんだろう」
「そんな状態で天狐殿に会っても何もできないだろう?天狐殿は私が探すから、お前は家に帰れ。…ああそうだ。明日は学校に行かねばな」
やれやれと首を振った猫又は立ち上がり、馨の前に小さなてのひらを差し出した。
「うん…そだね」
「立てるか?」
「大丈夫だよ、立てる」
猫又は、決して馨が嫌いなわけではない。むしろ、良き友として大事に思っているのだ。
馨が不安だと、猫又は悲しくなる。
「危ないな、送っていくよ」
「ありがとう…でも、大丈夫。1人で帰れる」
「そうか?」
「本当に大丈夫。ありがとね、猫又。私よく考えてみる」
そう言うと馨は小さく笑って歩き出した。
とぼとぼと歩く馨の背を、猫又は心配そうに見送っていた。
「(私は…何がしたい?)」
「私は…私は…」
家路へと歩く道すがらでも、馨に答えは出なかった。
2019/10/21 転載及び加筆修正