第13話
どの位の間そこに居たのだろうか。神社の奥にある御神木の根に昴は腰掛けていた。
「天狐様!」
「おかえり天狐様!」
御先稲荷たちは皆、昴のことを慕っている。その姿を見つけるな否や、昴にわらわらと群がった。
「ただいま」
「馨様は?」
「馨はまだ学校だよ」
足元や肩にいる御先稲荷は口々に話すので昴も一言一言返すのが大変である。
「その学校も、時間になったからもう終わって馨ちゃんはここに居ますよーっと」
「馨様ー」
いつの間に来たのだろうか。背後から馨がやってきた。
御先稲荷達が馨の方へ駆けていく。
「馨様おかえり!」
「おかえり!」
「ただいま」
「おかえり、馨」
「ただいま」
「神社がにぎやかな気配がしたから来てみれば…どうしたの昴、ホームシック?」
「え?」
まだ学校で使っているバッグを持って馨は苦笑した。最も、昴にはホームシックの意味は分かってはいないのだが。
「もう神社が恋しくなったのかって聞いてんの。そんなに御先稲荷に囲まれてさ」
「恋しくなんかないよ。寧ろ私は馨が恋しかったよ」
「勝手に言ってな。…………ねえ、本当になんかあったの?」
「え?」
余程暗い顔をしていたのだろう。馨は心配そうな表情で昴の顔を覗きこんだ。
「いつになく暗い顔しちゃってさ、なんかあった?」
「いつにないのは馨じゃない?私の心配をするなんて珍しい」
そう言って昴はいつもと違うふわふわとした笑みを浮かべた。
「んなっ」
「ありがとう馨。私は大丈夫だから」
「ばかじゃないの!ほら、私先に帰るからね!」
「一緒に帰る。稲荷達、私は行くからね」
「はい、天狐様!」
「さようなら天狐様!」
「いってらっしゃい天狐様!」
「ばいばい、またね」
「うん!」
「ばいばい馨様!」
「またね馨様!」
御神木の所で御先稲荷達と別れた昴と馨はさくさくと土を踏みしめ境内を歩いた。
「今日は家に誰も居なくなるから気を使ったの?」
「…馨に隠し事はできないな。もとより馨が居ないなら家に居てもつまらないしね」
「昴は学校に来れないもんねえ」
「行ってもいいなら別な人間の姿に化けて転校生として行くよ」
「ダメだよ。どうせ転校生ったって速攻で私にべったりになるんでしょ」
「否定はしない」
「それがダメなの。全く」
当たり前だが家にはまだ誰も居ないため馨が持っていた鍵で家に入った。
「そうだ、お母さんがどこに出掛けるか聞いた?」
「否、聞いてないな」
自室で荷物を下ろしたり制服をハンガーにかけながら、馨は母が出かけ先の話をしていたか思い出すが、全く記憶にない。
元からいろんな所き出かけるタイプの人間なので、あまり心配はしていないが。なにかあったら土着のあやかしに話を聞けばだいたいなんでもわかるのだ。
「うーん…そしたら、晩御飯作って食べてようか」
「手伝うよ」
「ありがとう」
そうと決まれば話は早いとばかりに2人は台所で夕食の支度を始めた。
ルルルルル、ルルルルル
あまり鳴らない松月家の電話が鳴る。昴も本当は電話に出てみたいのだが、馨に固く止められているのでそわそわするだけに留めている。
「馨、馨、電話だよ。出れるかい?」
………この調子じゃいずれ出るな。こいつ。
いっそ電話の出方を教えてやった方がいいのか?と思う馨なのである。
「はい、松月です。あ、お母さん?……うん。…あ、そう。わかった。じゃあね」
「なんだって?」
「お母さんこのまま出先でご飯食べてくるみたい。お父さんもそっちに合流してご飯食べるみたいだから私達も何か食べてきなってさ」
「へえ、じゃあまだ何も作ってないし、一緒に食べにいく?」
「そうだね。今日はちょっと疲れちゃったから外食にしちゃおうか。何がいい?」
今まさに食材に手を付けようとしていたところだったのでタイミングが良かった。馨はエプロンを外すとテーブルに放って、新聞と一緒に挟まれていた広告を漁り始めた。
「珍しい物が食べたいかな」
「昴的に珍しいといえば…ハンバーグとかパスタ?」
「はんばーぐ?ぱすた?」
ちょうど近所のファミレスの広告があったので、それを昴に渡してみるもピンときてない様子。にんまり笑った馨は、昴の手から広告を抜き取った。
「うん、珍しいよね。よし洋食決定」
「よくわからないけど馨がそこがいいなら私もそこがいいな」
「安いしおいしいんだよ。店長も気前よくご馳走してくれるし」
「へえ」
「お金は持ったし、大丈夫だよね」
「馨それ制服だけどいいの?」
「ご飯食べるだけだもん。問題ないよ」
馨は制服のまま、昴はシャツにジャケット、ジーパンというありきたりな服装で家を出た。
ファミレスに出掛ける事でまた一波乱があるというのを2人はまだ知らない。
2019/10/21 転載及び加筆修正