第1話
ここはおそらく夢の中。私がいつも見ている光景。
見慣れないのは1人の青年。透き通るような白い肌に金髪という日本人離れした容姿で、私の日常風景に溶け込んでいる。
一体誰なんだろう?
見慣れないのだけど、どこか見覚えのあるようなその男に、私は恐る恐る近づいた。
「ねえ、あなただあれ?」
「私の名前は---」
嬉しそうに目を細めたその青年の口はパクパクと動くだけで、声が聞こえることはなかった。
ジリリリリリリ…
うるさいなあ…
呟きながら私は目覚まし時計を止めた。
………変な夢だったなあ。ここんとこずっと同じ夢ばっかり。最近みんなら大人しいのに、なにかあったのかな?
ここ数日、ずっと見てる同じ夢。夕方に、いつもの稲荷神社で遊んでる、昔の私。そしていつも隣にいる知らない何か。
私が相手の名前を尋ねるところでいつも目が覚める。
ーーーねえ、あなたの名前は、なんていうの?
答えのない問いが頭の中をグルグルしているけど、気にしてばかりもいられない。
パジャマから着替えて玄関を開けた。玄関先にあるポストから新聞を取り出すことが私の日課。
「おはよう、みんな」
「あ、馨様だ!」
「おはよう馨様!」
馨っていうのは私の名前。松月馨、これが私の名前。
因みに今挨拶をしてきたのはうちの神社の遣いの狐たち。狐といっても、動物の狐ではない。妖怪とか、精霊とか、なんていうかそんな存在。稲荷神社の御祭神、宇迦之御魂神の御遣いの狐たち。
うちは、お父さんが稲荷神社の神主で、松月家の者が代々その役を引き継ぐんだって。
まあでも、今私の足下にいる小さな狐は誰にでも見えるものじゃない。
なんでも、平安時代の我が家は神主ではなく陰陽師だったらしい。その名残で今でも何代かに1人、式神だとかあアヤカシだとかが見える人が出て来るって話。
ここだけの話、御遣いの狐たちも半分式神のような存在らしい。よくわからないんだけどね。
こういうのを中国では見鬼って言うんだけど、この見鬼の力を私の前にもっていたのは曾祖父で、神主さんだった。だから、私が狐と話してるところもお父さんにとっては独り言を言ってるようにしか見えないけど、違和感なく受け入れられてるってこと。
「はいはい新聞取るから退いてねー、踏み潰しちゃうよ」
足下の狐たちに声を掛けながら歩く。私の家の隣にある稲荷神社は、平安時代に私のご先祖が建てたんだけど、この時のエピソードがこの辺りではちょっと有名だったりする。
「ん?今日新聞休み?」
空っぽのポストを覗いて今日の曜日を思い出してみるけど、別に今日って新聞が休みの日じゃないよね?
「新聞なら義彦が持ってったよ!」
「2時間くらい前だよ!」
「え、お父さんが?」
義彦ってのは私のお父さん。何故か知らないけど式神たちは神主であるお父さんは呼び捨てで、私は様付けで呼ぶ。
「じゃあいいや。私戻るね」
「俺も!!」
「じゃあね、馨様!」
狐たちは家には入らない。これは彼らの日課らしくて、毎朝新聞を取る私に挨拶をしたら神社に帰るのだ。
「上がってけばいいのに…」
私は苦笑しながら狐たちを見送った。
「馨、暇なら境内の掃除をしてくれないか?」
「いいよ」
居間に入ればお父さんが新聞を読んでいた。新聞を取ってくるのは私の日課なんだけど…まあいいか。
境内を掃除するなら狐たちにも手伝ってもらおう。
そんな事を思いながら朝食の味噌汁を啜った。小さい時から狐たちに慣れすぎているからこその考えだよね。
と、ここで電話が鳴った。私の携帯じゃなくて、家の電話。お父さんが電話を取った。すると滅多に怒らないその顔が険しくなった。
「はい、わかりました。それでは」
受話器を置いてからお父さんは慌ただしく出掛ける用意をし始める。お母さんもそれを見て心配そうについていった。
「何があったの?」
「ご神体が祀られている社を何者かがこじ開けようとしたらしい」
「そんな…大丈夫なの?」
ご神体が祀ってある社といえば私が小さい時からずっと遊び場にしていた境内のすぐそばだ。
そして、いつも見る夢にでてくる--
「もしかして、あの夢はこのことを言いたかったの?」
「馨?」
「あ、なんでもない!」
お父さんに私も行きたいなんて言ったら待ってろって言われる。バレないように行こう。家の隣にあるのだから、携帯さえ持って行けば大丈夫だろう。
お父さんとお母さんが家から出て行くのを確認した私は、2人に見つからないように慎重に家を出て神社の社まで走った。
社に着くと、なんだか見覚えのあるようなないような青年が、入口にある遣いの狐の石像にもたれかかっていた。
「な、なんで……?」
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2019/10/21 転載及び加筆修正