第4話 なんだ? Ⅰ
「ただまー」
と、言って帰ってきたのは美咲だった。
小学一年と二年生は他の学年と違って、昼休みが終わると下校時間となる。そのため、お昼の三時前には家に着いてしまうのだ。
「――って、誰もいないか……。お母さん、買い物に行っているから……」
美咲はランドセルをソファーの上に置くと、テレビの電源をつけて、朝見ていたアニメの続きを一人で静かにみる。
秋一や祐貴は、夕方にならないと帰ってこない。
「つまらないな……」
美咲はテレビの電源を消して横になった。
仲良しの夜空とは、遊ぶ約束をしていない。
だから、平日の家での過ごし方は、大体が一人でいることが多いのだ。
気がつくと、一時間から二時間くらい寝ていた。
台所の方から料理をしている音が聞こえてくる。母・紗香が買い物から帰ってきたのだ。
「あれ? お母さん帰っていたの?」
「あー、うん……。少し前にね……」
「ふーん、おやつは?」
「冷蔵庫の中にプリンが入っているから食べてもいいわよ」
「はーい」
美咲は冷蔵庫の扉を開けて、プリンを手に取るとスプーンを棚から取り出し、静かに食べ始めた。
午後四時頃――
四年生以上の学年が帰る時間帯である。
一日を終えた小学校には数少ない生徒しか残っていなかった。
「ただまー」
美咲と同じ口癖を言いながら家に帰ってきた秋一は、真っ先に台所に向かった。
「お帰り。帰ってきたら先に手を洗いなさい」
「へーい」
秋一は、紗香に言われた通りに手を洗って、再び台所にやってくる。
「おやつ、おやつ」
秋一は、嬉しそうに言いながら勝手に冷蔵庫を開け、プリンを取り出す。
「そう言えば、美咲は?」
「さぁ? そう言えばさっきから姿が見えないわね。外に遊びにでも行っているんじゃないの?」
「おいおい……」
秋一はそんな母親の態度に対して、少し呆れ果ててしまう。
「俺、春馬と近くの堤防で遊んでくるわ」
「川には近づかないでよ。危ないから」
「分かってるって」
秋一は、プリンを食べ終わるとグローブとバットを持っていつもの河川敷に向かった。
この前の草野球は久しぶりに楽しかった。
投げて、打って、捕って、やはり試合というのは他と違って面白さがあった。
秋一は、自転車を漕ぎながら近くの河川敷に向かった。
河川敷にたどり着くと、春馬が待っており、二人でキャッチボールをする。
「ふぅ……」
秋一は息を吐いた。
しっかりと肩を温め、いつも通りの投球練習に入る。
パァン!
春馬のキャッチャーミットに秋一の球が音を立ててしっかりと入る。
「うまい、うまい」
と、秋一を誉める聞き覚えのある声が聞こえた。
「なんだ、美咲か……」
秋一が後ろを振り返ると、そこには姿を消した美咲がいた。
「どうしたんだ?」
一応、訊いてみる。
「うーん、暇だったから一人で散歩してた」
「夜空とは遊ばなかったのか?」
「うん。今日、用事があるから約束してないよ」
「そうか、散歩ねぇ」
秋一はワインドアップから投げ込む。
「美咲」
「何?」
帰ろうとする美咲を秋一が引き止める。
「バットを持って立ってみろ」
「え?」
「いいから、早くしろ!」
「う、うん」
美咲は秋一の自転車からバットを取り出す。春馬は秋一の方に近づいてきて、小声で話し出す。
「いいのか? 当たってでもしたら危ないだろ!」
「大丈夫だよ。美咲だって家では俺のキャッチボールの相手をしてくれるからな」
「だからって……」
春馬は、不安そうな表情を見せる。
「ほら、早く向こうに行って構えろ」
「知らないからな」
春馬は呆れて元いた位置に戻る。美咲は、秋一の金属バットを持ってバッターボックスに入る。
「いいのか? 言っておくが危ないぞ……」
春馬は座って美咲に言う。
「大丈夫。お兄ちゃんのことは分かっているから」
美咲はぐっとバットを持って構える。
「美咲、打てるもんなら打ってみろよ」
「分かった!」
「それじゃあ、行くぞ……」
秋一は、セットポジションから春馬のミットにめがけて思いっきり腕を振る。放ったボールは、勢いよくど真ん中を貫く。
「ただまー」
秋一と美咲が家に帰ったのは午後六時だった。
「美咲、どこ行っていたのよ! 心配していたんだからね」
紗香が台所から走って来た。
「大丈夫、秋兄と遊んでいたから」
「遊んでた?」
美咲は二人の姿を見ると、なるほどと納得した。
「さっきまで一緒に野球してたの」
「野球を?」
「そうだよ」