春と秋 Ⅱ
春馬は秋一の合図に気づき、小さく頷くと、秋一はセットポジションからキャッチャーミットに目掛けて全力で投げる。
パァン!
キャッチャーミットに入るボールの音が響く。
「は、はぇ……」
相手チームがどよめく。
三球目、四球目とストライクど真ん中の速球。相手チームのバッターは空振り三振。
「ストライク! ツーアウト!」
審判がコールする。
「おいおい、こんな化物がいるなんて聞いてないぞ」
「リトルリーグや少年野球で見たことないな……」
「誰だ?」
「知らねぇーよ」
と、三塁側のベンチからそういう声が聞こえてくる。
(ビビってる。ビビってる)
春馬はニヤニヤ笑いながら秋一にボールを投げ返す。
これでツーアウト。一、二塁。
「お次は……五番か……」
続く五番も同じく今日、多くのヒットを打っている。恐らく四番よりも一番手強いのはこの五番だ。
バッターボックスに立つと、秋一の方を睨みつけてくる。
人際自信に満ちた雰囲気を漂わせる。小学生にしては体格も良く、腕の筋肉も精確につけている。
「おい」
「なんだ?」
バッターボックスの方で春馬とその五番打者が話をしている。
「あの投手は誰だ?」
「あれは俺の幼なじみだよ」
「幼なじみね……」
「そう言うあんたは南小の大泉だろ?」
「俺の事、知っているのか?」
「ああ、小四にして、チームの四番。この地区では有名だよ。まぁ、相手は名も無き無名の投手だけどな」
「関係ねぇーよ。どんなピッチャーでも全力勝負が俺のモットーだ」
「三振しても乱闘だけはしないでくれよ」
「俺はそんなくだらない事はしねぇーよ」
二人は小声でこの場にいる時点で投げる前から勝負が始まっている。
春馬は、秋一にサインを出し、一球目を投げさせる。
ボールは三振を取ったストレートよりも遅いスローボールを内角いっぱいに入る。
「ボール」
だが、審判はボールと判定する。
「あんたたち、何やってんのよ!」
と、一塁側のベンチで冬乃が叫んだ。隣には不服そうに夏海が立っている。
「それに秋! そんな遅い球で投げるな‼ 春もしっかりとリードしろ‼」
ついでにヤジが飛んでくる。
「げ……すっかり忘れてた……」
秋一は、苦笑いする。
(あー、これは負けられねぇーな……)
春馬は空を見上げる。
「おい、お前らのベンチになんで女子がいる……。あれか? 女に応援してもらおうとか思っているんじゃないだろうな?」
なぜか、大泉の闘志がメラメラと燃え上がる。
理由が分からない。大泉がここまで遊びに真剣になるなど、本物の試合のように熱く感じる。
三塁側のベンチからもヤジが飛んでくる。
双方してうるさい。耳障りがする。
(こりゃあ、俺も春も負けるわけにはいかないな……)
秋一は、大きく振りかぶる。
秋一の投球フォームは、兄から教えて貰ったフォーム。しっかりと体全体を使い、肘に負担を掛けない投げ方。変化球など一度も教えて貰ったことが無い。小さい頃から肘に悪影響を及ぼす投げ方をするなと教えられてきたからだ。
真っすぐの速いストレートは、緩急をつけることによって最大の変化球でもある。
投げたボールはど真ん中の速い球。
大泉は、思いっきりバットを振り、秋一の球をバットの芯で捕らえる。
(勝った!)
大泉は確信を持った。
キーン。
金属音が鳴る。
ボールの行く末は――
パァン。
気づくと、秋一のグローブの中にすっぽりと入っていた。
ドラマというのはいつ起こるのか、誰にも分からない。