第2話 春と秋 Ⅰ
カキーン。
と、金属音が鳴り響く。
白球はぐんぐんと上空へと飛んでいき、やがて外野のグローブの中にすっぽりと入る。
「アウト!」
審判が大声で叫んだ。
スリーアウトチェンジで攻守交替になる。
(アウトになるのが早いんだよ。まぁ、遊びだとこんなものか……)
秋一は一塁側の自分のクラスメイト達のチームの輪の中にいた。
「秋一、六回の裏の攻撃はお前かららしいぞ! 早く準備しろってさ」
春馬が秋一に金属バットを渡してきた。
「え?」
「え、じゃねぇーよ。この回は八番のお前からだって言っているだろ?」
「ああ、八番ね。八番……」
秋一は金属バットを受け取り、バッターボックスに立つ。
小学生の遊びでヘルメットなどかぶっておらず、ボールは軟球。当たっても硬球のような痛みはない。
「さーて、打つとしますかね……」
秋一は、打席に立つと構えて、ボールが来るのを待つ。
相手のピッチャーが第一球を投げた。
キーン。
ボールが上がった。
試合は順調に進み、六、七回が終わり、八回の裏――
8対9の一点差を追いかける展開となっていた。
「しかし、点は入るは、一点差って意外といい試合しているな」
秋一は能天気な事を言う。
「お前があそこで暴走しなければ今頃同点か、勝ち越しているんだよ!」
春馬が秋一に言った。
「それに俺のエラーさえ無ければ、今頃三、四点差はあるんだよ!」
「それは自分が悪いだろ? お前、外野苦手だからな……」
「ぐっ……」
自分で自分を苦しめる春馬に秋一がとどめを刺す。
「まぁ、いいさ。この回はお前からの打順だ。自分で取られた分は自分で取ってこい。そうすれば、俺まで回る」
そう言った後、春馬は自分の打席になると、バッターボックスに立ち、ストレートに取り来た球をフルスイングして飛ばした。
(お前は、野手よりも打者としての天才だ。一番近くで見てきた俺がよく分かっているつもりだ。そのバッティングセンスは、一日できるものなんかじゃない……)
打球は外野の後ろを飛び越し、春馬は全力で走り回り、ランニングホームランを成し遂げる。
これで9対9の同点。
(同点か……)
秋一はそう思いながら大きな欠伸をした。
その後は三者凡退のスリーアウトチェンジで最終回を迎える。
ちなみに普通の少年野球は七回で終わるのだが、これは草野球であり、九回が最終回なら九回が最終回なのである。
そして、九回の表、相手チームの攻撃。
チームのピッチャーは疲れながらもストライクを取りに行くピッチングをする。
だが――
「デッドボール!」
「内野ゴロ!」
と、どう見ても疲れが見えていた。
しかも、ワンアウト、一、二塁――
次、打たれたて点でも入ってしまえば逆転できる可能性は低い。
マウンドに仲間が集まる。
「限界だな……」
「ああ……」
「誰がリリーフをするんだよ!」
「俺、抑える自信なんてないよ」
と、次々とチームメイトたちが弱音を張る。
(少しは誰かが強気でいろよ……)
秋一はそう思った。次のバッターは四番。今日、全打席ヒットを打っている強打者だ。
「だったら、秋に投げさせたらどうだ?」
と、春がマウンドまでやってきた。
「春馬がそう言うならそれに賭けるしかないな」
「そうだな」
「秋一なら何とかなるだろう」
と、期待されているのか、されていないのか微妙な回答だった。
「だったら、キャッチャーは春馬がやってくれよ」
「分かってるよ」
と、キャッチャーミットを受け取る。
「選手交代! ピッチャー・秋一、キャッチャー・春馬!」
選手交代のコールを言う。
「誰だ? あのバッテリー」
「さぁ? 見たことないな」
「俺も……」
と、相手のベンチからは次々と疑問詞が上がってくる。
マウンドでは春馬と秋一が向かい合ってこそこそと話し合っていた。
「おいおい、流石に肩も作っていない俺が最終回のリリーフなんてできたもんじゃないだろ」
「なんだ? ビビっているのか?」
「いや、せめて何球か肩さえ作れば抑えられるって話だよ」
「分かったよ、秋。俺がサイン出すからその通りに投げろ」
「いいのか? 信じても……」
「俺を誰だと思っているんだぁ?」
「守備が下手くそな天才バッター」
「おい!」
「冗談だよ。しっかり頼むぞ、リード」
「任せろ」
二人は話を終えると、春馬はマウンドから離れていき、キャッチャーズボックスに座る。
「プレイ!」
審判が試合開始の合図を言う。
春馬がサインを出す。秋一はそれを見て、一塁に牽制する。
次に春馬がサインを出す。秋一は頷き、外角低めのストレートを右バッターに対して投げる。
「ボール!」
四番バッターは、一球様子を見た。
(やっぱ、まだ出来上がってないな……)
秋一は、首を横に振る。
春馬はもう一度、一塁に牽制を入れる。一塁ランナーも気づいてしっかりとベースに戻る。
「………」
春馬は一塁からボールを受け取ると、春馬に向けて軽く右手を上げた。