第6話 波乱 Ⅰ
金曜日の放課後−−
春馬と秋一は、いつもの河川敷でキャッチボールをしていた。
「−−で?」
春馬は、キャッチしたボールを秋一に投げる。
「明日、兄ちゃんの準々決勝なんだよ」
「は? もう一回言ってみ?」
春馬は秋一に訊き返す。
「だーかーらー、明日は西高の準々決勝なんだよ」
秋一は大声で叫んだ。
「なんだよ、西高ってそんなに強かったか? そもそも県予選の準々決勝の日までは調べていなかったからなぁ」
春馬は驚いた。
「だって、ここ最近の県のベスト8以上のほとんどが私立校だっただろ? 県立校の進学校が残るのは意外と珍しいことなんだよ」
「今年は意外といいところまで行けるって兄ちゃんが言っていたからな」
「そんじゃあ、明日にでも見に言ってみるか? どうせ休みだし」
「言っておくが、車は誰が出してくれんの?」
「高校野球ファンの人に出してもらう」
春馬がそう言うと、秋一が首をかしげる。
「誰だ、高校野球ファンって……」
土曜日−−
祐貴のいる西高は、第二試合の午後一時十分開始である。
準々決勝までは、二つのスタジアムで試合が進行しており、西高はメインスタジアムでの試合となる。
パァン!
パァン!
と、スタンドまで鳴り響く投球練習の音。相手のピッチャーは、第一シードのエース。一番甲子園に近い高校だ。
西高ベンチは、その守備練習を見ながら少し驚いていた。
「……ああ、やっぱり出てくるのね」
「おいおい、君達。ビビっている訳ないでしょうね? ここまできたらビビっているのは相手の方よ。あんた達に失うものなんて一つも最初からないでしょ」
ベンチに座っている三年の女子マネージャーが言った。
「いや、そう言われても……なぁ。相手は甲子園出場経験のある高校だぜ」
「何言ってんの? それは過去の話でしょ。過去のことなんて関係ないわよ。野球は九回裏のツーアウトでも逆転するって言うじゃない」
「だと、言われても……」
「こっちの先発は……」
三年の先輩たちが戦う前から少し弱気になっている。
「大丈夫ですよ! うちの二番手ピッチャーは今大会の曲者ですしね」
祐貴の捕手を務める二年生の内田隼人がそう言った。
「あれ? 祐貴は?」
と、隼人は祐貴を探す。
仲間がその当の本人がいる方向を指差す。
「へ?」
「おやおや、いい球投げますねぇ……」
祐貴が言った。
彼がいる場所は三塁側ベンチではなく、一塁側ベンチの投球練習場。
そこでピッチング練習をしているのは、祐貴より一つ年上のエースで六番の選手だ。
「…………」
相手のエースは黙々と投球練習に励む。
「無視ですか。それもいいですけどね。うちをあまり甘く見ないでくださいよ。こっちはベストメンバーで行くつもりなんで……」
祐貴は煽りに煽ってくる。
「俺はあんたらを倒して絶対に甲子園に−−」
「おい、早く帰ってこい! 相手さんに失礼だろうが!」
隼人が祐貴の耳をひっぱる。
「すみませんでした。でも、俺たちは負けるつもりないですから……」
隼人もそう言って、二人は自分たちのベンチへと戻っていった。
「誰だ?」
相手チームのキャッチャーがエースに話しかける。
「ああ、ただの西高の二番手ピッチャーだよ」
エースはそう答えた。
西高メンバーの思いは一つ。
「整列!」
審判の声がかかり、ベンチから駆け出す。二チームが整列する。
相手は第一シードの鳳凰学園。二年連続春夏甲子園出場を目指している学校だ。
「行けぇええ! 鳳凰!」
スタンドからは鳳凰学園の応援団がずらりと並んでいる。さすが私立校。県立高とは規模が違う。
「相手は強いが、うちは強くもなければ、弱くもないチームなんだよな」
それが正捕手の隼人の分析だった。
一回の表、西高の攻撃、一、二番が三振で倒れた後、三番の隼人がセンター前ヒットでチャンスを作る。そして、四番・ファーストの三年、星野が打席に入る。
(先輩、頼みますよ……)
隼人が、一塁ベースでリードを広げながら鳳凰学園のエースの集中を削ろうとする。
バットを構え、相手のエースを睨みつける。星野は打つ気でいる。
初回で一点でも取っておけば、祐貴にとって楽に投げることができる。
ピッチャーが星野に向けて第一球を投げた。
キィン!
金属音の音がなる。
ボールは高く上がり、サード側のファールスタンドへと入って行く。
「あー、いい当たりだったのに!」
「惜しい!」
西高ベンチは、悔しそうに騒いでいた。
(おいおい、そんなに期待するなよ。あれでもぎりぎりなんだぞ)
星野は再び構えて、次のボールを待ち構えるが−−
コンッ!
バットを当て損なって、ピッチャーゴロとなり、二塁に送球でスリーアウトチェンジとなった。
西高の一回の攻撃、無得点。
「どうやら、簡単には点を取らせてくれないらしいな」
祐貴は帽子をかぶり、グローブをはめると、ベンチからマウンドに向かった。
隼人もプロテクターをつけて、しっかりと装備をし、キャッチャーボックスに向かう。
「さて、今度はこっちが見せる番か……」
祐貴は、投球練習を始める。
軽めに五、六球投げ終えると、隼人がマウンドにやってくる。