二人の休日 Ⅱ
「だって、祐が先発で私立校に勝ったのよ。それだけでも奇跡だと思わない?」
「それはどういう意味だ?」
「そういう意味よ」
穂乃果が言うと、満更ではない。
信号が赤になり、二人は横断歩道の前で立ち止まる。青になると、目の前の車が発進し始め、次々と二人の目の前を通り過ぎていく。
「相手は私立校でも人数の少ない、県内から集まった選手のチームなんだよ。そこまで強くはない。むしろ、学園とか、他の私立の方が強い」
祐貴は言う。
「でも、私立に行かずに県立を選んだのは地元の皆と甲子園に行きたいからでしょ」
「そうだ。どんな環境でもその環境の中でどれくらい努力し、練習に励んだかによって、変わってくる」
信号が変わると、二人は歩き始めた。
「現代の高校野球は、一人の投手で勝ち上がってくるチームもあれば、継投でうまく勝ち上がってくる二チームに分かれている。穂乃果はどっちが強いと思う?」
祐貴が穂乃果に問う。
「うーん。継投じゃないのかな?」
穂乃果は考えながら言う。
「正解は俺にも分からない。確かに継投で勝ち上がるのが理想でもあるが、150~160キロ投げるピッチャーがいれば、それだけで勝ち上がってくるチームもいる。しかし、そんな有望な選手を大人は将来、プロやメジャーとか、新聞に取り上げ、逆にプレッシャーをかけ、その選手をダメにするケースが多い」
祐貴から出てくる内容は、ほとんど真実を語っている。
「それで、祐はそのどれかに当てはまっているの?」
穂乃果が恐る恐る訊いてみる。
「俺はどれにも当てはまらねぇーよ。うちはそこまで強豪ではないし、昨日の試合は最後まで投げきったが、あれじゃあ、スカウトは来ないだろう。俺の球速はMAX147キロ。それに高二だ。今年、甲子園に出て、秋季大会、選抜、最後の甲子園の四つで活躍すればそうなるだろうけどな」
「そうか。もう、少ないんだね。甲子園に行ける回数も……」
「ああ、絶対に一度はあの舞台に立ってみたいけどな」
「もし、行けたとしたら甲子園の土でも持ってきて帰ってもらおうかな?」
穂乃果は楽しげに話す。
「あの土はどこにでもある土だぞ。それにまだ、甲子園の切符は取っちゃいねぇ」
二人は、西に沈む夕日の光に当てられ、目の前に影が長く伸びる。
明日は、いよいよ二回戦。第八シードの高校と当たる。
明日の天気は晴れ。野球日和。気温もまあまあ良好。
街は静まり返り、虫の音が聞こえ始めた頃、夜空には月が光、星々が輝いていた。
祐貴は自分の部屋で明日の準備をしながら対戦相手の動画を見て、扇風機から流れてくる涼しい風に当てられていた。
「ふぅ……」
動画に映っている相手は、二回戦で当たる県南にある県立のシード校だ。
相手は、継投のチームであり、得点力は平均レベル。今年の春の選抜予選の県大会ではベスト8。一応、県内では強豪校と言ってもいい。
「さて、うちの監督はどう再配してくれるのやら……」
祐貴はその動画を見て、自分の監督がどういう作戦で行くのか、自分なりに考えてみる。
「兄ちゃん、何見てんの?」
開きっぱなしのドアから秋一が姿を現す。
「ん? 明日の対戦相手の動画」
「明日も投げるの?」
「分からん。でも、投手でも相手の打者の情報ぐらいは頭に入れておくぞ。キャッチャーだけにサインだけ出させて、自分が知っていなかったら分からないだろ?」
「ふーん」
秋一は、祐貴の説明に聞き流す。
「お前は頭より投げる事に集中する投手だよな。それにいい相棒もいるし」
「春馬の事か?」
「ああ。長年、自分の球を見続けてくれる奴なんていないぞ。お前が高校に行った時が楽しみだけどな」
「その時、兄ちゃんはプロ選手だぞ」
秋一が言う。
「俺はプロにはなれねぇ―よ」
祐貴ははっきりと言った。
「それよりもお前はどんな投手になりたいんだ?」
手入れの道具を机の上に置き、秋一に向き合って目を合わせる。
「…………」
秋一は、その場で考え始める。ある程度は悩んでいるのだろう。まだ、ずっと先の話だ。だが、すぐの話でもある。
「そうだな。速い真っすぐにコントロールがついて、変化球が効いてくるそんな怪物投手になりたいな」
秋一は、欲張り放題に言った。
「お、お前……相当な欲張りだな……。そんな奴、高校野球でも十年に一人か、二人ぐらいだぞ……」
祐貴は呆れ果てた。
「え?」
秋一は、そんな祐貴を見て、首を傾げた。