ぜつきよ
九官鳥が叫んでる。
今日も街は忙しい。
誰彼構わず叫んでる。
「おはよう!!」「さよなら!!」「宿題ちょうだい!!」「お野菜はうちじゃなく隣へ!!」
立派な髭と立派なお腹のおじさんが、にこやかに話しかけてくる。
「どうしたんだい眠そうな顔で! 元気がないのは叫んでない証拠だよ!」
「ごめんよ、今日は叫べない日なんだ」
「なんだって!? そんな日があるのかい!?」
おじさんは不思議そうな顔で見送った。
標識を見ながら歩いていると、車を押すおばさんに出会った。
「ああ重い重い!全然動きやしないよ!」
「こんにちは、おばさん」
「おや! あんた叫んでないのねぇ! 死んじゃったのかい!?」
「違うよ、今日は叫べない日なんだ」
「なんだって!? そんな日があるのかい!?」
おばさんはまったく進まない車を押しながら、不思議そうな顔で見送った。
公園につくと、子供たちが叫んでる。
「やいやい!! お前の声は本当に小さいな!! これじゃあ赤ちゃんが寝ちゃうよ!!」
「そんなことないもん! いつも僕の叫びで飛び起きるんだ!」
「嘘つけ!! お前の声は俺の声で聞こえないじゃないか!!」
「こらこら、喧嘩は止めなさい」
喧嘩の仲裁に入ると、子供たちの標的は一気に変わってしまった。
「なんだこいつ!! 声が小さすぎるぞ!!」
「ほんとだ! 全然叫んでない!」
「今日は叫べない日なんだ」
「なんだって!? そんな日があるの!?」
子供たちは馬鹿にした顔で見送った。
公園の奥へ歩いていくと、おまわりさんが叫んでる。
「こらっ! ここは沈黙禁止だ! 早く叫びなさい!」
「鬱陶しいわね! 私が叫ばない時なんてあったかしら!」
「まだまだ足りないぞ! これ以上小さな声なら公務執行妨害罪で逮捕する!」
「なんですって!? 私の叫びが足りないって言うの! 許さないから!!」
職質を受けていたお姉さんがおまわりさんを捕まえて、耳元で歌いだした。
白目を向いたおまわりさんの耳から、血が流れて倒れこむ。
「ふん! これでも小さい叫びって言うのかしら!」
「大丈夫かい? 災難だったね」
「まぁ! あなた今日も声が小さいのね! いつになったら叫ぶのかしら!」
「わからないよ、でも、今日は叫べない日なんだ」
「なんだって!? そんな日があるの!?」
お姉さんは怒った顔で見送った。
街をぐるっと一周して、家へと帰る。
朝とは違い、街では喉を潰した人と耳を潰した人で溢れかえっていた。
痛い痛いと泣きながら叫び、また喉と耳を潰している。
階段を登って家につき、部屋に入ると声がした。
『おかえりなさい』
誰もいない、何もない新居のような部屋で、声だけが木霊する。
「ただいま。今日も叫べなかったよ」
『大丈夫よ、きっといつかあなたも叫ぶから』
「そうだといいなぁ」
窓を開けると悲痛の叫びが満ちていて、どこもかしこも怒号が飛んでいた。
布団を取り出し、最後に一言誰かに告げる。
「今日は叫べない日なんだ」
『あら、そんな日もあるわ』
誰かの声が大笑いして掻き消える。
喧しく煩い騒音を子守唄に、瞼を閉じた。