第十四話 ナイフの使い方 後編 実践編
次回更新予定は19日23時予定です。
前回今回と、ある意味説明回になりました。
「さてさて、次は一般的なナイフの扱い方じゃの」喜助さんは上機嫌で遺跡を奥へと進む「西洋でよくあるのが、右手にレイピア、逆側に左手用短剣を持つタイプじゃな」
喜助さんが取り出したのはレイピア――1メートル近くある刺突剣、柄から護拳にかけて柔らかな曲線を描き装飾も綺麗だ――と、俺にはおなじみとなったオリゴナイフだ。
「本来なら左手にはマン・ゴーシュを持ちたいところじゃが、今回はオリゴナイフで行こう。アーツを使えば本来と同様以上の効果が得られるからの」
いったん立ち止まり武器を構えながら喜助さんは続ける。
「ゲームじゃからな、武器をしっかり持ちゃ装備されたことになるんじゃがな。ただやっぱり、ちゃんとした持ち方を知っとったが威力は上がるんじゃ。例えばレイピアなら持ち手のリングに指を通し、手の甲は上、ポンメルを手首の裏に当てて切っ先を相手の首筋に向ける。レイピアはそれなりに重いからの、この方が楽じゃ。んでもって左手はこう、レイピアにも相手にも角度をつけて持つ。お、お手頃の敵さんがおったぞ」
小部屋に着いた喜助さんは、めざとく相手を見つけ迫っていく。相手は先ほどまでのゴブリンよりは大柄で、でかい棍棒も手にしている。
「メインは対人相手の技術じゃからな。これぐらいのサイズがないとやりずらいんじゃ。ほれ、かかってこんかい」
その挑発にのったのか、相手――ホブゴブリンは棍棒を大きく振りかぶった。
対する喜助さんは、左足を一歩踏み出し、手に持ったナイフを振り下ろされた棍棒に合わせる
「《パリィ》」
とたん棍棒ははじかれたかのように軌道を反らされ、地面にたたきつけられた。
体勢の崩れたホブゴブリンの喉元に向け、レイピアがズンと突き刺さる。
ホブゴブリンは数瞬硬直していたが、しばらくするとその体は溶けるように消えていった。
喜助さんがレイピアを振るいこちらに向き直る。
「まあこんな感じじゃ。さっきみたいに、うまくナイフを合わせてアーツを使えば、棍棒みたいなもんでもはじける。無論相応にアーツのレベルを上げておかにゃならんがの」
「なるほど、ちなみにアーツを使わずに、さっきみたいに武器をはじくことはできるんですか?」
疑問があったので聞いてみる。アーツを使えるめどの立ってない――アーツは武器のスキルレベルを上げることで覚える――俺にとって、これは重要なことだ。
「無論できるぞ。うまくやりゃ、ちゃんと相手の武器をいなすことができる。ただまあ、さっきみたいにお手軽にはいかんし、でかい武器相手にするのもやめておいた方がええな。アーツ無しででかい棍棒はじくとか、わしゃやりたくないね。あんなん軸ずらせてよけた方がましじゃわ」
話ながら喜助さんはレイピアをしまう。手に持つのはオリゴナイフだけだ。
「さ、コダマ君や。お待ちかねのナイフの扱い方じゃぞ。コダマ君もナイフをださんかい」
「あ、はい。わかりました」
促されるままにオリゴナイフを取り出し手に持った。
「よしよし。確かコダマ君は短剣系のスキルはもっとらんのじゃったかの。それならとりあえずナイフの扱い方と立ち回りを教えるとするかね。あくまで人型相手じゃが、知っとれば役には立つじゃろ」
そう言うと小部屋の壁に大きく「米」の字を書いた。
「それって何ですか?」
「うん? こりゃナイフで攻撃する場所を書いたんじゃよ。相手が人型なら、大体ここを攻撃すればええ。こういう風にな」
喜助さんは、その線に沿ってリズミカルににナイフを振り、突いていく。
一通りナイフを振り終えると喜助さんが振り向いた。
「何をぼけっとしとる。次はコダマ君の番じゃぞ」
「えっ!?」
「何が“えっ”じゃ。ほれ、ナイフをしっかり持つ。持ち方はこう」俺の手を取りナイフを握らせる「それじゃあ、さっきみたいに的に向かって振ってみぃ」
促されるままにナイフを振るう。
……自分でもわかる。さっきの喜助さんには美しさがあったが、俺のはなんともぎこちない姿でしかない。
だというのに喜助さんは、それでいいとばかりにうなずく。
「さっきワシが振ったのをイメージして続けるんじゃ。コダマ君や、忘れとらんか? ここはゲームなんじゃぞ。ちゃんとしたイメージとステータスさえあれば、現実と違って体がついてこないことはない。最初はぎこちなくてもゆっくりでもええ。何度も反復すりゃそれなりに形にゃなるぞ」
なるほど、確かに現実と違って〈感覚〉の能力値が13もある。これは器用さも表していて、軽武器の取り扱いにも参照される。
そして13というのは、現実でいうとちょっとしたスポーツ選手並みらしい。
それならば、体がついてこないと言うことはないだろう。それなら何度も繰り返すのみだ。
思い直し無心にナイフを振るう。
縦に切る、横に切る、斜めに切る、右をつく、上をつく、真ん中をつく。
最初はぎこちなく、だけどだんだんとスピードを上げていく。
縦に、横に、斜めに切る。右を、上を、中心を突く。
イメージに近づけるよう、喜助さんのナイフの振りに重なるよう何度も続ける。
縦横斜、右上左下中――――。
「…………こりゃっ、そろそろやめんかい」
「え!? あ、ああ……」
突然の大声にびっくりし手を止める。
良い感じに集中できてたのに、無理に止められたことでつい恨みがましく喜助さんを見てしまった。
「そんな顔してもいかん。もう小一時間もナイフをふっとる。時間は有限、いったん休止じゃ」
「……そんなに時間がたってたんですか?」
びっくりして聞く俺に、喜助さんがあきれ顔で答える。
「そうじゃよ。……コダマ君は一つのことに集中すると、周りが見えんなるようじゃな。それはともかく、〈武器習熟〉のスキルのせいもあるじゃろう、ナイフの扱いに早めになれてきたんじゃ、次に移るぞ」喜助さんは笑う「何せ今日中に一通りを体験して、一人でも練習できるようにせんといかんからの。時間がいくら合っても足りん」
ちょっと待って。今日中に一通りって、それって相当ハードスケジュールじゃないのか?
「なに驚いた顔をしとる。当然じゃろう。毎日こうやって時間をとれるわけでもないんじゃ。できるときに駆け足でもまとめてやっておかんと」
そういうと喜助さんは何やらウィンドウを操作した。
すると俺の前に浮かび上がる「デュエル」のウィンドウ。
「ほれ、さっさと承諾せんか。次は実戦じゃ。とりあえず一回攻撃を当てたら終了するようにしとるからな」
戸惑いつつも勢いに飲まれ、了承してしまった。
「それじゃあ、向かってくるといい、なあに大丈夫、痛覚もデュエルの設定である程度カットしておるし、どんな当たり方をしてもダメージが後に残ることはないからの」
その言葉と共に喜助さんは構えた。やや前傾姿勢でこちらをうかがっている。
「…………」
「ほれどうした、そっちからこんのか? はようこんとこっちから行くぞ」
こちらを挑発するように体を揺らす喜助さん。
……先に手を出されたら多分受けられない。行くしかない。
「――ふっ」
がら空きの顔をめがけナイフを突いていく。
大丈夫、さっき何度も練習した軌道だ。
――――当たる!
「ぐあっ」
伸ばした手が喜助さんの左腕に絡め取られる。
そのまま関節を決められ、背中が反らされた。
「ほい、ここら辺を刺せば人間には致命傷じゃよ。例えゲームでもそれなりのダメージは与えられるじゃろ」
トントントンと喉、脇腹、ももの内側に喜助さんは軽く刃を当てる。
「……ん、……はぁはぁはぁ」
すぐに解放されはしたものの冷や汗が止らない。何か根源的な恐怖を感じる。
「どうじゃ、案外怖いもんじゃろ」
「は……い。ナイフを当てられた瞬間、終わったと思いました。……それに、ナイフを持っていない腕をあんな風に使うのにもびっくりしました」
喜助さんは頷く。
「ふむ、ええ所に気がついたの。ナイフはな、それ単体で使うことは少ない。左手で捌き、蹴り、投げたり決めたりしながら使うもんじゃ。何ならナイフを手の延長に見立てて関節を決めたり、ナイフを首にかけて投げるなんて事もできる」
「なるほど……」
「ついでに一つ良いことを教えておいてやろう。格闘や投げな。スキル無くてもそれなりにダメージは出るぞ。無論本職にはかなわんが、自分の肉体を使うのにスキルはいらんということじゃろ。覚えておくとええ」
なんだと!?
もしかしてそれを早く知っていれば、こんな苦労をしなかったかもしれないのに……。
……ん? ナイフの扱い覚えてるのってもしかして遠回りなんじゃ……
「ほれ、なんて顔しとる。次じゃ次。まだまだ始まったばかりじゃぞ」
そこからの一時間、何度も、何度も何度も喜助さんから「ほい、これで死んだな」と声をかけられた。
投げられ、極められ、いつの間にか裏を取られ延髄にナイフを当てられたこともあった。
そうして体感したことを、次はゆっくりと再現していく。
型を体に覚え込ませるのだ。これも〈武器習熟〉のスキルのせいか動きのなじみが早い。
「――――さて、こんなもんじゃろ。やっぱりゲームはええの。動きがすぐ体になじんでおる」
「やっぱり現実だとこうはいきませんよね」
「そりゃあの。ま、スキルのせいもあるじゃろうが、コダマ君は飲み込みが良い。現実でもええ所までいけるかもしれんの」
俺は首を横に振った。
「いや、現実では結構です。こんな体験したくありませんよ」
「そういうな。今の状態でもこれだけ刃物になれたんじゃ、暴漢程度ならあしらえるかもしれん」
う~ん。そういうことならいざというときのために良かったと言えるのか? いや、レーテメモリアの件もある。そもそもこの体験を忘れてしまえば意味が無いか。
「さて、とりあえずこれで練習は終わりじゃ」喜助さんはニヤリと笑う「次は実戦じゃ。ゴブリンを探さんとな」
俺は耳を疑った。
「実戦って、いやいや喜助さん知ってますよね。俺スキル持ってないからほとんどダメージが与えられないって。それともさっき言ってた格闘とかで倒せって言うんです?」
「いやいや、もちろんナイフを使ってもらうぞ。急所に当ててももしかしたら倒れんし、何度も向かってきてくれる。良い練習相手じゃないかのぉ」
ちょっと待て、うすうすは感じてたが喜助さんって、ちょっとやばい感じがしないか?
なにかこううまくは言えないが、すごみというか怖さというかが現代人離れしてる気がする。
「ほれ、何をぼさっとしとる。はよういくぞい」
小部屋を出る喜助さん。背中を見せてるというのにそこには隙が無い。
ナイフの扱いを教えてもらっても向かっていけないその背中を、小走りで追いかけた。
◆
あの後は、喜助さんの宣言通りゴブリンとの実戦だった。
だけどな……、正直に言おう。喜助さんとの練習の方がきつかった。
何というか、ゴブリンがいくらナイフを振ってきても怖くない。
スピードはそこそこあるんだろうけど、避けて刺す、極めて刺す、投げて刺すの繰り返し。
なんか拍子抜けだった。
そんなゴブリンいじめ、もといゴブリン退治を何件か終えたら喜助さんが「もういいじゃろう」と声をかけてくれた。
どうやら今日の所は終わりにするらしい。
そして最後にと、いくつかの短剣スキルを見せてくれた。相手を状態異常にするもの、影を刺し動きを止めるもの、隠密状態から致命的な一撃を与えるもの等々。
どれも補助的な使い方をするものばかりだったが、よくもまあそんな数のスキルを持っているものだと感心する。メインの武器はナイフではないだろうに……。
そんなこんなで遺跡から出ると空が赤く染まっていたわけで、今は急いでうちに帰っているところだ。
日が暮れる前には帰ると言ってたのに、これでは遅刻してしまう。
おっちゃんたちが帰って来てれば良いけど、そうでなければ、ユエちゃん一人のお留守番だ。
お店の防犯はしっかりしてるから一人でも安心して任せられるらしいが、それでもさみしいだろう。
急いで帰らなければ。
帰り着いた“妖精のとまり樹亭”。
その灯りは消えていて、町外れにあることもあって真っ暗だ。
俺が遅れたせいで、おっちゃんたちは3人でご飯を食べに行ったのだろうか。
扉に手をかける
ガチャリ
鍵はかかっておらず扉は開いた。
「……ただいま」
そっと声をかける俺の胸に、どんっと何かがぶつかってきた。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん助けて。お父さんとお母さんを助けて、お兄ちゃん」
胸にぶつかってきたのはユエちゃんだった。
くしゃくしゃの紙を握りしめ、泣きはらした顔のユエちゃんが俺を見上げ、助けてとつぶやいた。




