入院
「入院ね」
「はい?」
「貴方の怪我、これ以上の手術は必要ないけど、重傷だから完全に治るまで入院ね。絶対安静。なんで平気な顔が出来るのか不思議なぐらい危ない状態だって自覚を持って」
7月24日。俺は何処かの病院のベッドの上に居た。隣には母さんと瑠璃が居て、ベッドの足下の方では先生が呆れた表情をして立っている。その後ろでは看護師さんが立っている。視界の端に写る窓越しに見る空はほんのり紅くなり始めていることから、今が夕方なのだろうという事が予想出来た。
駅近のダンジョン第4階層。そのボス部屋で戦ったあの大蜘蛛との死闘はどうやらまるまる1日も戦っていたらしい。20日の朝10時頃から潜って、そこからぶっ通しでまるまる1日。そりゃ今すぐ寝たくなるもんだとダンジョンから出てから思った。
ダンジョンを出ると目の前には父さんや母さんや瑠璃が居て、その前には猿渡とその仲間と思われる人達が居た。
それを見た俺は何の疑問を思い浮かばず何も言わずに皆に近付き、家族や猿渡の顔を見て心底気が抜けたんだろうな…。リュックサックと探索者証を猿渡に何も言わずに投げ渡して、母さんや瑠璃に凭れる訳にはいかないから父さんに向かって倒れるように凭れてそのまま意識を手放した。
そして次に目を覚ましたのがこの場所だった。起きると横には母さんが居て、反対側には瑠璃が居た。
そこで俺が2人の事を呼ぶと、2人は俺の声に気付いたらしく、慌ててナースコールを押していた。瑠璃が「兄が目を覚ましました!早く!早く!早く先生を呼んでください!!」って叫んでたのには、急にコイツどうしたんだと妹の頭が心配になったのは記憶に新しい。
それから先生が来るまでに俺が意識を失う少し前からの事を聞いた。
ダンジョンから出てすぐの所で父さん達があの場に居たのは、俺を心配して捜し出す為だったらしい。何故仕事や学校の筈の父さんや瑠璃がここに居たのか尋ねると、どうやら20日の夜に俺が帰って来なかったから心配して21日の朝から家族で押し掛けたらしい。その時に母さんが猿渡に連絡を入れて、俺を心配してくれた猿渡が仲間に掛け合って、今正に俺救出作戦を決行しようとしていたところだったんだとか。
この時に1日経ってる事を知った。
そして俺が意識を手放してからは、俺に凭れられた父さんは俺を抱き止めてくれたらしいけど、その時の俺の体温が凄まじく冷たかったらしく、俺が危篤な状態だと判断した父さんは急いで母さんに言って救急車を呼んだらしい。
そしてそこから精密検査や血液検査なんかを繰り返して、今俺は此処に2日以上も寝ていたらしい。
病院は誕生日の日にお世話になった病院と一緒だった。
そんな説明を受け終えたタイミングでちょうどやって来た先生に最初に言われたのが「入院ね」だった。挨拶やどんな気分かとか誕生日の時の入院では聞かれた事は一切聞かれず、すぐにそう言われた。
「腹部は打撲による内出血が酷くて内臓にまで傷が付いてた。それに加えて足や腕も同じような症状で、こっちは骨まで完全に折れてる。粉砕骨折ってわかる?君の腕と足は完全に砕けてたよ。ダンジョンに潜っていたらしいけど、どんな事が起きればあんな直接ハンマーで骨を砕いたみたいな折れ方をするんだい?どんな素材で出来てるのか知らないけど、君の着てたジャージは既存の刃物も通さないほど硬くて、そのおかげでその程度の怪我で済んだみたいだけど、普通の人や服なら今頃もげてるからね?
他にも医者として色々言いたい事は有るけど、取り敢えず君が完全に完治して、その上日常生活を送るのに全く支障が無いと我々が自信を持って太鼓判を押せるほどまで回復してくれるまで入院だから。
本来ここまで1人の患者に対して病院に居続けろとかは絶対に言わないんだけど、君の場合僕を含めた複数人の医師がそう判断したほど酷かったんだ。自分の怪我をよく理解して、療養に励んでね」
捲し立てるように症状を説明した先生はそのまま部屋を退出した。返事をする暇すら無かったよ。
「加藤さん、先生があぁ言ってた通り、本当に貴方は何故立って歩くことが出来るのか理解出来ないほどの重傷でした。先生は取り付く島が無いような説明をされましたが、それは貴方に、貴方がそれほど危篤な状態だったと理解していただくためです。
しつこく感じるかもしれませんが、先生達の許可が降りるまでくーれーぐーれーも、安静にしててくださいね?お願いしますよ?」
そう言って看護師さんも退出していった。
「……………」
「孝則、そういう訳だから、アンタはしばらく入院ね」
「お兄ちゃん、インドア派の私としては出来るだけ外に出たくないけど、それでもお兄ちゃんのためにお見舞いに毎日来てあげるから、くれぐれもおとなしくしててね。
暇なら私が前に渡したモンスター情報の書かれた本とか、お兄ちゃんでも出来そうなゲームとか貸してあげるから」
瑠璃はともかく、少し前に親子仲をある程度改善出来たとはいえあの母さんにここまで心配されてるとなると、本当におとなしくしてないと駄目そうだ。
……………………。
「お兄ちゃん、そんなそわそわしても駄目だよ。絶対に運動なんかしちゃ駄目だからね」
「言わないでくれ…。俺、約3日ぐらい寝てたんだろ?前までは別に問題無かったけど、なんだか物凄く落ち着かないんだ。
せめてバット、俺のバットとハンドグリップだけでも持ってきてくれ!何かしてないと気が狂いそうだ!」
「駄目よ。おとなしくテレビを見たり本を読んだりしてなさい。その代わり、毎日は難しいけど2日置きぐらいのペースで来てあげるから」
「私は学校の帰り道だから毎日来てあげる。だからおとなしくしててねお兄ちゃん」
「そんなぁ!お願いだ、ハンドグリップは諦める!だからバットだけでも」
「お兄ちゃん。あのバット、今何処に有るか知ってる?」
体を動かせない。そう考えただけでどうやら俺の体は『動けない』に対して相当な拒否反応を示すようになったらしく、今この状態も脱け出して動きたい衝動に駆られている。そしてそれは我慢が難しいレベルだ。だからせめて少しでもと自分を誤魔化すためにした提案は悉く却下されてしまった。
それでも、最早唯一無二の相棒とも言える俺のバットだけはどうしても手許に置いて置きたかった。だからハンドグリップは諦めてバットだけでも持ってきて欲しいとお願いしようとしたら、瑠璃に遮られた。
「……家に有るんじゃないのか?」
「今お兄ちゃんのバットはあのダンジョンの前に放置されてるよ」
「はぁ?!!なんでだ!!」
「誰も持てないんだよ!重た過ぎて誰も持ち上げる事が出来ないの!猿渡さんや他の探索者さん達があのバットを退かそうとしてても退かす事が出来ないの!果てには熱線や金属用のノコギリとか重機まで出てきてなんとか退かそうとしてるらしいけど、全然効果無いんだって!だから誰も持ってくることは出来ないの!わかった!?」
瑠璃に半ギレ気味にそんな事を言われる。
は?え、熱線?金属用ノコギリ?重機?
「そんなの使ったら俺のバットが使い物にならなくなるだろ!今すぐ止めさせてくれ!!」
「だー、かー、らーー、あのバットは何をしても彼処から動かす事が出来ないの!私も時間を見付けて何回かバットの様子を見に行ったけど、まだ誰も退かす事が出来てないみたいなの!
むしろ、あのバットを動かす事を目標とした度胸試しみたいな使われ方してるよ!」
「」
そんな…、俺の相棒が、そんな見せ物みたいに……。
「たぶんこういうのって、私の大好きなゲーム脳で考えたらお兄ちゃん以外がどうこうしようとするのをあのバットが拒んでるんだと思う。
そう考えるとお兄ちゃん。お兄ちゃんが何をすれば良いかわかるよね?」
「わかった。この病院を脱け出してバットを取りに行けば良いんだな?よし、今すぐ行こう」
思い立ったが吉日。よし、待ってろよ相棒。今すぐ迎えに行ってやるからな!
「違うでしょ!取りに行くのは合ってるけど、今すぐじゃなくてその怪我を治してからでしょ!!」
腕に刺さってる点滴を無理矢理抜こうと腕を動かしたら、そんな事を言いながら瑠璃に腕を押さえ付けられた。
「離せ!離してくれ!俺のバットが俺を待ってるんだ!」
「いい加減、落ち着きなさい!!」
瑠璃を引き剥がそうと腕を振ろうとしたら、母さんに耳を引っ張られて強制的に止められる。
「母さん痛い!離して!」
「だから落ち着きなさいってば!」
今度は反対の手で頬っぺたを抓られる。
それが何故か、耳も頬っぺたもあの大蜘蛛の攻撃よりも痛い。
流石に片腕を瑠璃に体で押さえ付けられ、母さんに耳と頬っぺたを抓まれてるとなるとどうしようもない。母さんの言葉通り、一旦落ち着く事にした。
「………………」
「落ち着いたね」
そう言うと母さんは耳と頬っぺたから手を離した。それを見て瑠璃も腕の拘束を解いてくれる。
開放された俺は、先程まで俺を止めていた2人の隙を突いて、直ぐ様ベットから跳ね起き病室を飛び出す………………なんて事はせず、おとなしくベットに寝転んだ。
相棒……。
「そんなにバットの事を、まるで彼女を心配する彼氏みたいにバットを求めてる事について、私は母親としてアンタに何を言えば良いかはわからないけど、孝則。よく考えなさい。
今ここでおとなしく療養して順当に退院まで漕ぎ着けるのと、先生の診断結果を無視して脱け出して見付かって更に入院期間が延びたり最悪拘束されるの、どっちの方がアンタの為になる?」
……………………。
相棒……。
「…………わかったよ」
「よし、声は小さいけどわかったみたいだから良し。という訳だから、先生の許可が降りるまでおとなしくするのよ?」
「……はーい」
俺は布団に潜って寝てやった。不貞寝だ。
頭では母さんの言ってる事はよく理解出来るため、強く否定することが出来ない。でも心は相棒を求めてる。
頭では理解してるけど心や体が追い付いてない。
でも何度も言うが母さんの言うことはその通りなのだ。
だから俺は不貞寝した。




