寝言には話しかけないように…
「お爺ちゃん、急がないと…。」
ピコは家でゆっくりと準備をしているグルーチョを見て焦った。
王様にお願いをされてはピコも仕方がなく行くしかないと思った。
グルーチョは乗り気だが、祖父のことを思う孫としては無理はさせられない。
ピコはいくつか条件を出し、出来るだけ祖父に危険が及ばないように考えた。
その一つが魔物の支配する獣魔の森までは送ってもらうこと。
それ以上は馬がビビって近づけないそうなので仕方がない。
昨日約束したことは守られ、家の外には王様が指示して部下をよこしていた。
ピコはいざという時のために使えるものや乾物の食料なんかをリュックに詰められるだけつめた。
もう一つの条件のために対魔物用の魔法道具やお金もある。
そのせいかかなりの重量と大きさだった。
しかし、いつも体力を使う仕事をしていたのでたいしたことはなかった。
ピコは家に帰ってすぐの昨日の夕方、仕事先のお隣さんにしばらくお休みを貰いたいと言いに行った。
どうやらお屋敷の方も家族みんなでしばらく家をあけるとかで、ちょうどよかったらしい。
他のメイドさんたちもしばらく暇になるらしい。
「さぁ、行こうか!」
グルーチョは遠足にでも行くような嬉しそうな顔で玄関を出た。
少年のように目を輝かしている。
それを見たピコはため息を付きながらしっかりと鍵をした。
念のために外から駆け足でちゃんと全部戸締りがされているか確認をした。
「お願いします。」
ピコとグルーチョは王宮の兵隊の運転する馬車に乗り込みすぐにその家を後にした。
「早いねぇ、お爺ちゃん!」
ピコはその馬車の速度にワクワクしていた。
乗り合い馬車の馬とは違う立派な馬2頭が馬車を牽いてる。
姿形は馬だが、体も少し大きく、鬣がフサフサして、艶やかな毛並み、極めつけは角だった。
伝承に聞くユニコーンのような角が生えている。
突進されたら死んじゃいそうな固そうな角。
でも、ユニコーンとは違って、色は茶色だった。
角もクリーム色だ。
ピコは生まれてこのかたこんな速度のこんな豪華な馬車には乗ったことはなかった。
しかし、その横でグルーチョは静かに窓の方を向いていた。
「お爺ちゃん、どうかしたの?」
ピコはグルーチョの顔を覗きこむとすっかり眠り込んでおり、よだれまでたらしている。
「お…お爺ちゃん…。」
ピコのテンションは少し下がった。
ピコの不安度は少し上がった。
「…むにゃ…むにゃ…イベリコブタ…」
ピコとそこに居合わせた兵士はその寝言が理解できずに首を傾げた。
何の夢を見ているのやら。
馬車に揺られること2時間弱、馬車はある町に入り、端の方まで来ると止まった。
そうとうなスピードで走っていたような気がする。
「ここが獣魔の森の入り口です。こっちの町はベータという町。最近寂れてきてはいるが、今日はこの町で森に入る準備に一泊してもいいと思います。お約束の方はそろそろ来られると思うので、しばらくお待ちください。」
兵士は馬車の窓の外を指を差しながら説明した。
国王に提案したもう一つの条件はその「お約束の方」の件だった。
誰か頼りになりそうな人を用意してもらう手筈である。
「あの…どんな方なんですか?国王陛下から詳しく聞いていないのですが…。」
「そうですね…史上最年少の特別級魔術師と呼ばれています。昨夜、黄金の勇者の剣が抜かれたことを感じ取っていらっしゃいまして、今回の件に自ら志願いたしました。」
「男の方なんですか?」
「いえ……」
―コンコン
兵士がその質問に答え終える前に馬車のドアがノックされた。
しかし、その窓から、それらしき人影が見当たらない。
「いらっしゃいましたよ。」
兵士は当たり前のようにピコに言うとさっとドアを開けた。
「え!?」
ピコは驚いて開いた口が塞がらない。
「こちらが特別級魔術師のアト様です。」
そう紹介されたのは小さな女の子に見える人だった。
ピコは目をこすり何度も見たが、どう考えてもまだ子供だ…。
「アト・ツェーです。よろしくお願いいたしますわ。」
その少女はヒラヒラの赤と白の高価そうなスカートを掴んで会釈をした。
高貴な雰囲気があるが…いや、それ以前に少女……というか幼女にしか見えない。
「はじめまして、ピコです。……って子供!?」
ピコはノリで挨拶をすると思わず突っ込んでしまった。
その突っ込みにアトはさっきまで笑顔を浮かべていたのがぷくと桜色のほっぺを膨らましてすねてしまったようだ。
その表情を見たピコは思わず心の中で『萌え』と呟いた。
その肩までの短い髪に花の可愛らしい細工のされたヘアピンで横髪を留めている。
服装はなんだかおしゃれをしているのだろうかと思わせるようなよそ行きの格好だ。
真白いブラウスに真っ赤なスカートだった。
「私、子供じゃなくってよ!ちゃんと学校も卒業しました!」
アトは腰に手をあてて偉そうに言い張った。
その高ビーな表現があまりにもその容姿の可愛さとミスマッチでピコはさらに心をときめかした。
「へぇ~…あれ…学校卒業って…?」
ピコは気の抜けた表情っで兵士の方を見た。
「あ…アト様は現在7歳ですが飛び級で先月学校を卒業されまして…しかも魔術学校でしたから…。」
兵士は含みを持たせてピコに返答した。
「7歳!?魔術学校で飛び級!?それって超天才ってことだよね?」
ピコは気を取り直すと驚嘆の表情をアトに向けた。
「それほどでもないですわ」
アトはピコの天才という言葉に過敏に反応した。
嬉しそうな表情を隠しているつもりなのだろうがはっきりそれがわかった。
「やぁ~ん。天才でこんなに可愛らしい子が一緒に来てくれるなんてぇ~!」
ピコは壊れた。
アトをぎゅ~っと抱きしめて幸せそうな表情を浮かべた。
「うにゅ~!馴れ馴れしいですわぁ!」
アトは顔を真っ赤にしてじたばたとピコから離れようとした。
「ピコ…その子はどこの子じゃ?」
その時グルーチョがゆっくりと馬車から降りながら言った。
その顎にはよだれが滴っている。
「お爺ちゃんアトちゃんって言うのぉ!可愛いでしょう~!」
ピコはアトを抱きしめたままグルーチョに紹介した。
「…おお!?なんと!可愛らしいお子じゃ!」
グルーチョは抱きしめられたままのアトにジリジリ近づいてよく見えるところまで来ると頬を桜色に染めた。
「食べてしまいたいくらいじゃのぉ!」
グルーチョはそう言うとピコとは反対側に来るとピコと同じようにしり込みしていたアトを抱きしめた。
その拍子にグルーチョのよだれがアトの服に付着した。
アトはそれを見て青ざめた。
「いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
その表情は可愛らしい少女の顔ではなかった。