旅立ちます
朝は否応なしにやってくる。
一日の始まりを知らせる太陽の光をめいっぱいに受けて、キラキラと輝くグルーチョの頭がエリフィエルの家の前で踊った。
いつも通り体操をこなしたグルーチョはエリフィエルの家の中に入っていく。
「おじいちゃん、ごはん早く食べちゃってね。」
そう言ってピコは自分の食べ終わった食器を台所に戻し、洗い物をしている。
未だヂャメンの体調は本調子ではなく、家事を買って出たピコ。
普段から家事をしなれているので手際がいい。
「皆、これを…」
突然どこからか来たエリフィエルが重そうに飛んで何かを持ってきた。
グルーチョがご飯を食べ終わったところでピコが食卓の皿を素早く片付けるとそこにエリフィエルが着地した。
「はー、重かった。」
エリフィエルはトンと机に座り込むと、静かに座っていたヂャメンがその持ってきた袋を拾い上げた。
その中には4つの小瓶が入っていて、中にキラキラと金色に輝く粉が入っている。
「フェアリーの粉ね。」
ヂャメンがそういうととっくにご飯を済ませてリビングで準備をしていたアトが飛んできた。
同じく準備していたメガもアトを追いかけた。
「いいんですの?」
「こんな時に出し惜しみしてどうするの。どんな怪我にも効くわ…寿命でない限り。」
エリフィエルは自慢げに小さく仁王立ちした。
「寿命でない限り?」
メガは一つの瓶を取り上げ見つめながら言った。
「…フェアリーは運命には逆らえないの。だから寿命を変えることはできない。」
そう言ったのはヂャメンだった。
「運命…」
「ここでいう運命とはあくまで命の生と死を意味していて、その傷が治ったとしてもその人の命が尽きる時を伸ばすことも縮めることもできない。ただし、このフェアリーの粉やフェアリーの行為は生きている時間に影響を与えられる。」
「む、難しい…。」
ピコはうなった。
「つまり、魂には効かないけれど、肉体には有効ということですのね。」
「そうね。」
アトは納得していた。
ピコはよくわからないでいたが、小さく頷いた。
「こうやって、はぐれた私でも、運命を変えられないのね!」
そう冗談ぽく呟く声がして皆が机の上を眺めるとエリフィエルが演技するような感じで大げさに凹んでいた。
それをヂャメンが笑って、皆も同じ様に笑った。
出かける準備を手早く済ませて昨日のようにピコはウァーネの所に来ていた。
荷物は大量だけど、ピコは荷造りがうまいせいかアトやメガに比べて綺麗にすんだ。
一方その二人はまた何やらもめていたけど。
時間はあまりない。
急ぎ足でウァーネの牢へ向かった。
「もう、暁の国に向けて出発します。」
水と草花を差し入れたピコは何の反応も示さないウァーネに言葉を投げかける。
「…戻ってこれたら、あなたともっと話してみたい。そんな綺麗な目で何を見て来て何を感じたのか。」
そう言うとピコは一礼した。
そして後は何も言わずに立ち去った。
残ったウァーネはただピコの背中を見ていた。
かよわい女の子の背中のはずなのにウァーネには輝いて見えた。
自分が失ったものを持っているような背中。
なんだったっけ…そんなことを考えるたびに頭が痛くなる。
ウァーネは目をそむけるように静かに瞼閉じた。
美しいその水色の瞳は隠された。
「ありがとうございました。」
準備のすんだグルーチョ一行は村の泉の裏あたりまで来ていた。
暁の国への入り口は泉を通った向こう側にあり、その端のほとりで、皆が見送りをしてくれている。
湖の中にはまだ回復しきっていない人型のハーンがいて、上半身を陸に上げてもどかしそうにこっちを見ていた。
まだ、外には出られないみたいだ。
今日やっと人型になれたようで、ばつが悪そうにあまりしゃべらないでいた。
ヂャメンがピコに正確な地図を渡すとそこらの適当な日の影に退散した。
「こんな時ぐらい我慢しなよー。」
エリフィエルがひらひらとヂャメンを皆の前へ促すが、必死で拒否していた。
まだ全快じゃない体で太陽の光にはあたりたくないよな、と他の人は納得していたけれど…。
相変わらずエリフィエルはお節介だった。
「まぁ、とりあえず…頑張ってとしかいいようないかもだけど…ハーン何かある?」
あきらめたエリフィエルがグルーチョの一行にそう言葉をかけ、久しぶりのハーンの言葉を誘った。
「…お…俺は……その…」
ハーンは皆の視線がこちらを向いたので少し恥ずかしそうにうつむいた。
「…俺はどうしてウァーネがあんな風になったのか疑問で…その…あいつらは何か変な術を使うのかもしれない。だから…気をつけろ。……死ぬなよ。」
最後の言葉はほのかに聞こえる程度だったか、ピコの耳にもアトの耳にもメガの耳にもしっかり届いた。
グルーチョは何を考えているのかわからないが、少し真面目な表情をしてハーンを見ていた。
そのあと、村人それぞれが言葉をかけてきた。
中でもピコの先生役だったシンは熱かった。
「だいじょうぶ!ピコさんは才能があるんだよ!!ちゃんと知識があれば、どんな敵をもぶっ飛ばす爆弾や薬品が作れる!!」
「はい!ありがとうございます!!師匠!!」
シンの言ってることは結構危ないけど…。
実際、ピコの知識の吸収力は高かったようで、爆薬以外の治療薬の調合なんかも夢見草のおかげでかなりできる様になっている。
一方ノイアとノイアの家族は皆して涙もろかった。
「絶対、絶対生きて戻ってくるんだよぉ。」
「はい。」
ノイアはメガをきつく抱きしめながら大量の涙を噴出させていた。
メガにとっては母のような存在に思えて、愛おしかった。
その子供の皆もメガの周りを取り囲んで泣いた。
上の子達はそれを抑えているようだったけど、皆口々に「絶対帰ってこい」とか「魔王なんか倒して」とか「勝て」とか熱い言葉をくれた。
その中アトは静かにハーンに近づくとハーンがささやくように話かけた。
「ちょっとした油断が大敵だ。俺のようになるなよ。」
「はい。」
「…それと、一つウァーネについてだが…。前にこの村を出る時に俺は一回あいつと会って話した。あいつはまさか俺が逆鱗に触れたぐらいで村を壊すと思っていなかったらしい。ひどく困惑して動揺していた。牢に入れられたってその罪の意識は消えてなかったんだ。だから脱走して死を選ぼうとしていた。なのに、あいつはまた同じ罪を犯した。何かがおかしいんだ。あいつは…。」
ハーンはウァーネのことが気がかりで仕方ないのだろう。
しかし、その言葉にアトはふと思った。
「もしかして、漆黒の呪者は心を操るだけでなく、仲間の記憶まで変えてしまうと…?」
「…」
アトのその言葉にハーンは目で訴えた。
「…どんな強い魔術師や剣士や魔物よりも、一番怖いのは邪悪な思想だ。この意味、わかるか?」
アトは頷いた。
「アト、一番大切なことは見失うな。」
ハーンとアトは目で語り合うように静かに見つめあった。
「眩しいのが苦手なんて、可哀そうじゃのう…。」
手持ちぶさたになったグルーチョは日陰にいるヂャメンの所へ行き話しかけた。
今はあまりボケてはいないようだ。
「いえ、ただ、夜行性なだけなので…。」
「せっかく綺麗なお嬢さんなのにのう。一回デートをしてもらいたかったくらいじゃ…。あー、こんなこと言ったらテラにおこられてしまうな。はっはっはっ。」
グルーチョはのんきだったが、ヂャメンははじめてそんなことを言われてうれしそうだった。
一通り皆が落ち着いてきたところで、エリフィエルがついに切りだした。
「じゃぁ、そろそろ行かないとね。」
「いってらっしゃい。」
ヂャメンが少し身を乗り出して言った。
「いってきます。」
勇者一行は元気に村を出て行った。
パユヴィの皆は名残おしそうに四人の姿が見えなくなってからもしばらくそこにいた。
四人の無事と世界の平和を祈って。
「大変だー!!」
その時だった。
村人の一人が見送りに出ている人たちの所へ息を切らして駆けてきた。
「村長!…ハァ…ハァ…」
そうとう急いできたのだろう。
「どうしたの?」
エリフィエルが落ち着かせるようにふわりと彼の前に浮遊した。
「ウァーネが…ウァーネが逃げました!!」
「え?!」
皆の間に動揺が走った。
一番困惑していたのはハーンだった。
「さっき、様子を見に行ったら、またいなくなってて…煙のように消えて!!」
「…」
エリフィエルでさえ言葉を失くした。




