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準備をちゃんとしても忘れ物があるときもある

 翌朝ピコは昨日と同じように牢のウァーネの所へ出向いた。

牢の中のウァーネの様子はさほど変わりはなかったが、ピコが来たとき目を閉じて静かにじっとしていた。

食事の為にと持ってきた草木は枯れ草のようになってウァーネの傍らに無造作に放置され、水もどうやら手を付けたようで器は空になって格子の近くに転がっている。

「ウァーネさん、今日も持ってきたので…」

ピコはそう言うと水と草木を差し入れ器を回収した。

 「その枯れ草も邪魔でしょうから持っていきますよ。」

そのピコの言葉に目を開けたウァーネは一瞬ピコと傍らの枯れ草を見て再び目を閉じた。

「あのー……」

ピコはちょっと笑顔を作って反応を待ったが、ウァーネは何の反応も示さなかった。

「邪魔になったらこっちに置いておいてくださいね。」

ピコは苦笑いして言った。

 そして昨日のようにまた一歩下がってそこに腰を落ち着けた。

目を開けないウァーネに向かって、ピコは一人言葉を発した。

「たぶん、明日にはこの村を出ることになるので、ここに来るのは明日の朝が最後になると思うんですけど…。」

ピコはそれを言うとウァーネの反応を見たが微動だにしない。

「ウァーネさん、貴方は大丈夫ですか?こんなこと言うのも変かもしれないけど…」

その言葉を聞いたウァーネの瞼がぴくっと一瞬動いた。

「この村の人達は皆で力を合わせて頑張っていくんだろうって、素直に応援するし、自分も頑張ろうって思わされました。でも、ウァーネさん、貴方は私達の倒そうとしている魔王の側ですよね?私、甘いのかもしれないけど、ウァーネさんが大切にする仲間がいるような世界は壊してしまいたいなんて思ってないです。もしできるなら和解を望んでいます。なんでこの村で暮らしていた貴方が魔王と一緒になって戦うことになったのか理由が知りたいんです。貴方の心はどこにあるんですか?」

ピコのその問いにウァーネはもう一度目を開けた。

「…私の心…」

少しかすれた声で呟く。

ピコの目をまっすぐに見つめる目は美しい色で輝いた。

まるで雨上がりの空のような色で…

しかし、それは一瞬で散り、ゆっくりとうつむきながら目を閉じた。


「ピコや、こんなとこにいたのか。」

その時後からグルーチョがやってきた。

「あ、お爺ちゃん。」

ピコは少し振り向いてそれを確認すると立ち上がった。

「今、ウァーネさんとお話をしてたの少ししたら行くから上で待っててね。」

「ウィンナーさん?」

「ウァーネさんよ。彼女の事。」

ピコはそう言ってウァーネを示すとそれと同時ほどにウァーネが目を開いた。

ウァーネの目がグルーチョをとらえるとその表情は硬くなった。

それはそうだろう、自分が最終的に負けた相手だ。

「ほう…、綺麗な方じゃのう。」

ピコはそのグルーチョの反応に少し苦笑いをした。

「ごめんなさい。貴方と戦ったこと覚えてないみたいで…。また後で来ますね。」

ピコはそう言うと自分から動こうとしない祖父を連れてその場を離れた。


残されたウァーネは苦渋の表情でそれを見送った。

わけがわからなかったのだろう。

自分を苦しめたことを覚えていないとは。

しかし、ウァーネにはなぜか納得がいくような気がした。

なぜだかわからないが…

 自分も時々思い出せないことがある。

ピコに何故魔王と一緒に戦っているのかと言われた時思い出せなかった。

最初に魔王と出会ったときのことを…。

常に仮面を被ったままの魔王とその傍を片時も離れない四天王の一人シューニャの姿が浮かぶ。

でも、何をしゃべったのかよく覚えていない。

気が付いたら、暁の国の西北の魔物達が集う深魔の谷というところにいた。

そこで一番の長ムアントーラスと言う魔物ともう一人クルゼヌ・ビビドアという男が加わり四天王となった。

それからはあっという間だった気がする。

谷を拠点に暁の国を落とし、順に獣魔の森の者達を従わせ、パユヴィを攻めようとしていた。

 パユヴィに来るときに魔王とシューニャに会い命を受けた。

はっきりと思い出せない。

パユヴィを我ら魔王軍の手中にすることは分かっているが、何か他にも言われた気もする。

頭の中に靄がかかったようでウァーネは左手を額に当て考え込んだ。


気持ちが悪い。

めまいがする。

少し息を荒げた。

それを抑えようとするが、収まらない。

そっと身を横にするとすーっと眠気が訪れた。

太陽の光が目に痛い。

キラキラと紋様が輝く中ウァーネは目を閉じた。

美しい世界を否定するようにその眠りがウァーネを襲った。



 地上に上がったピコは照り輝く太陽に眩しそうに目をつぶった。

ピコの後ろにいるグルーチョはピカピカの頭を自慢げに持っていた布で一拭きした。

その顔はとても幸せそうだった。

『このお爺ちゃんが本当にあのウァーネさんを倒したの?』その疑問がただただ湧き上がってくるばかりだった。

よく見てもよく見なくても、ボケてはいるけど普通のおじいさんで、この旅に出てからのグルーチョの姿はまるで見たことがない。

これが本来の姿なのだろうか。

ほえほえとしたグルーチョを見ていたらなんだかわけがわからなくてどうでもよくなった。

「なせばなる…か…。」

「なんか言ったかのう?テラ。」

「ううん。なにも。」

ピコは自分の名前を祖母と間違えていることに気がついてはいたが、それがどうでもいいという気持ちに拍車をかけた。

少なくともこの旅に出てからグルーチョはなんだか機嫌が良いと思っていたからというのもあるけど…。



二人がエリフィエルの家に戻ると、アトやメガが忙しそうに旅立ちの準備をしていた。

「だから、こっちの方にはもう荷物は入らないんですもの、あなたの方にいれてくださる?」

「いや、こっちもいっぱいなんですけど…。」

「でしたら、この袋を…」

「えー!だって軽装にしたいって言ったのアトちゃんじゃん…結局持つの俺かよー。」

「そんなこと言ったって、この薬草とこの道具は確実に必要ですわ。それにこの携帯食だって…。そう、食べ物は減るんですから二・三日我慢すればいいことです。」

「……はい。」

アトの押しにメガは負けていた。

「二人ともごめんね。私の荷物多くて。」

ピコはその様子を見て、話しかけた。

一番荷物が重いのはピコの物だった。

火薬や薬品、薬草、資料の本なんかがあるので、かさばるうえにそれぞれの重量がある。

「あ、いえ、気になさらないでくださいまし。メガが持ってくださいますので。」

アトはにっこりと笑った。

「でも…悪いから自分で持つよ。」

そう言って、メガから荷物を受け取ろうとすると、メガはすっと自分の荷物の方に置いた。

「冗談じゃない。男の俺が持つのが常識だ!」

「さっきと言ってること違いますわ…」

アトはぼそっとつぶやいた。

「と…とにかく、俺に任せろ!」

「勇ましいのうマル。偉い偉い。」

メガの横に来たグルーチョはマルの頭をぐしゃぐしゃとなでた。

メガは身動きも出来ずに顔を真っ赤にして少し嬉しそうにして、ピコとアトはそれを見て笑った。



その日は皆がゆっくり休める様にとノイアとピコとミーは早いうちにエリフィエルの家でご飯を用意した。

昨日と同じような感じで大勢が集まったがご飯を食べると早々に解散した。

皆ちょっとさみしそうだった。


用意してくれた風呂からあがり、アトの泊っていた部屋でピコも寝ることになった。

メガとグルーチョはその隣の部屋。


アトとピコは床に入って少し話をしていた。

本来ならピコは青春まっただ中だけど、あっという間に魔王を倒すっていうとんでもない運命に組み込まれていた。

明日死ぬかもしれない旅だ。

ビビってもいいはずなのに、どこか実感がないのかもしれない。

まだ、大きなけがもしてないからかもしれない。

「ねぇ、アトちゃん。アトちゃんは怖くない?」

「え?何のことですの?」

「魔王…とか?魔物とかと戦うこと。私、ほんと言うと、あの時怖かったんだ。私の爆弾で魔物が倒れていくの。」

「そうですの…。怖くないと言ったら嘘ですわね。でも、私は魔物と戦う教育を受けてきましたから、そういう感覚は薄いかもしれません。」

「そっか…。ねぇ、この魔王討伐が終わったら何かしたいことあるの?」

「わたくしは、とにかく立派な魔術師になるために修行ですわ。今もまさに修行ですが…。ピコさんはどうなさいますの?」

「私は…」

ピコは一瞬考え込んだ。

ふっとグルーチョや祖母のテラや両親のことが思い浮かんだ。

そして、メガに似ているであろうシアのことを。

今思えば、祖父母と両親以外にだれかいたような気がしていたと思った。

それはグルーチョがマルと呼んでいた王子の息子、シアだ。

あの村でのんびり暮らしていたら、そんなこと知ることもなかったかもしれない。

両親の死の真相と消えた家族の存在は真実を知ってしばらくたつ今も驚きだ。

そのシアの双子の兄弟はメガで…。

何か見えない糸で引き寄せられるように…。

「どうしたんですの?」

「あ、今ちょっと考えちゃって……私……シアさんを探す。メガの為だけじゃなく、おじいちゃんの為に、私の為に。」

「そう言うと思ってましたわ。私もその旅の同行させてくださいませ。必ず役に立って見せますわ。」

「ほんと?!アトちゃんがいたら百人力だよー。」

ピコとアトはそんな事を話しながら気が付いたら眠りに落ちていた。



一方グルーチョとメガの部屋ではメガが困っていた。

「マル、その髪邪魔じゃのう…切ってしまわんか?」

そう言いながら、グルーチョはにこにことはさみを手にしていた。

「いや、俺はこのままがいいなぁ…。」

「マル、髪は短い方が楽じゃぞ。」

「いや、俺は大丈夫だから。」

「マル、切ってしまえば楽なもんじゃぞ。」

「いや…」

グルーチョに髪を切るように迫られ押し問答を繰り返していた。

メガは苦笑いしながら、髪を守るようにかばんから取り出した帽子をかぶっている。

髪の色を気にしてはいたけど、嫌いではないし、坊主とかはまだいや。

「そ…そろそろ寝ないと。じいさん。」

「ん…そうじゃのう。髪を切るのは明日でもいいしのう。」

「そうそう。」

メガはやっと解放されると安堵のため息をついた。

その一瞬後にはもうグルーチョはいびきをかいている。

メガがぎょっとするほど寝つきがよかった。

「明日に忘れてればいいんだけど…。」

そう言って、メガも帽子をはずし床についた。

「むにゃむにゃ…マル、まさに丸坊主じゃ…」

その時グルーチョの寝言を聞いて、メガはびくっと反応して帽子をかぶりそのまま就寝した。



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