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笑う門には福来る?

 ヂャメンが薬を作れるまで回復を待つ間、一通り落ち着きを取り戻し、復興に当たることになった皆はそれぞれができることをした。

村の皆は入り口に住んでいて家を失くした人のため学校や、エリフィエルとヂャメンの家などに一時的に寝床を設けることにした。

さすが多種の種族が交わっているだけあって、自分の能力を生かして協力したため作業ははかどった。

しばらくの間、友人同士で同居することになった者もいた。

そのため、村の端にあった大きなノイアの家は村人でいっぱいになっていた。

 ちなみにエリフィエルとヂャメンの家は症状の重いけが人などであふれた。

皆が、太陽の光があたらなくて、不便になったため、力持ちの巨体の村人が一日で塀を一メートルほどの高さまで壊してしまうことになった。

 そのせいで、ヂャメンは地下室に寝床を移し、自分の魔力の籠った結界の中で静養することになった。

地下室のその部屋には沢山の薬品があったため、人の出入りは激しかったが…。

 村を再建するのはそれなりに大変だったが、皆にとって気がかりだったのが、捕虜だった。

村には一応地下牢のようなものはあったのだが、もう随分使われていなくて、混乱していた。

 エリフィエルとヂャメンの家から湖に行く途中の獣道を入ったところに石造りの建物があり、その地下に牢が10ほどしかなかった。

 体の大きな知能の低い魔物達は村の外に大きな結界を張り、その中に入れ、体が小さくて知能の高い者、位の高い者は地下牢に結界を張って入れた。

 もちろんその中にはウァーネも含まれており、一番奥の牢に一人で入れられた。


 ピコはその牢の食事係として手伝いを買って出た。

どうしてもウァーネと話をしてみたかったからだ。

戦いのあったその日は混乱のうちに終わったが、その翌朝から、捕虜にも食事が配られた。

村の外の結界の者たちは普段、通常パユヴィの者達が食べるような物ではなく特別な獣や人までも食べていたので、村人が与えた物にはほとんど手をつけなかった。

 牢の中の者は高次の魔族が多くエナジーを直接取り入れることのできる者や普通に食べられる者も多かったためあまり、混乱は起きなかった。

 その中でウァーネは食事をもらえるなら、水と草花を欲した。

本来は人のエナジーを吸って生きているのだが、理解は早く折り合いをつけた。

 ピコは湖に行き、ハーンの鯉の影にウァーネに会ってくると報告すると、湖畔を周り草花を取って地下牢へ向かった。



 「ピコさん、気を付けてください。いくら結界が張ってあると言っても、ウァーネの力は恐ろしいんです。昔、ハーンさんの逆鱗に触れたときにこの牢に入っていたみたいですが、数日で脱走したそうなので…。」

牢を見守っている村民はピコに注意を促した。

どうやらウァーネはこの地下牢に入るのは二度目らしい。


ピコは少し緊張した面持ちで一番奥の牢に向かう。


ずっと使われていなかったためか、酷くカビ臭く陰湿な雰囲気が漂っている。

途中の牢からは沢山の魔物の気配と視線が漏れている。

ピコは自然と牢から離れた真ん中を歩いていた。

 両側にずっと並ぶ牢が5つずつの10の牢を通り過ぎたその先に、長細い強い結界の張ってある牢があった。

その牢は非常に特殊なようで、陰の魔を強めない為と結界の力を強めるために太陽の光で印が結んであった。

建物の一階の上部まで貫いている煙突のように飛び出た天井の一番上にはステンドグラスのようなガラス張りで紋様が描かれていた。

ウァーネはその真ん中の壁にもたれかかっていた。

どうやら、壁から出ている施錠用の金具に両手を拘束されているようだ。

自由にとまではいかないが牢の入り口までは進めるほどのたわみがある。

 しかし、ウァーネは壁からほとんど動かない。


「綺麗…。」


ピコは天井から降りてくるその光に照らされるウァーネを見て思わずつぶやいてしまった。

水色の髪がキラキラとその光に照らされ輝いていたからだ。


「…嫌味?」


ウァーネはかすれた声で言った。

昨日のグルーチョの攻撃で受けた痛手はいまだに癒えていないようだ。

 服などは多少土埃がついてはいたがまるで乙女のような姿なのに、その表情は冷たく人形のようだった。

「あ…ごめんなさい。」

ピコは苦笑いをすると、水と草花を牢の中に差し入れた。

「どのくらい持ってくればいいかわからなかったから、とりあえずこれだけ持ってきました。」

「…。」

ピコがそう言うが、ウァーネはその花と水を少し見ただけであとは反応を示さなかった。

ピコはそのまま一歩下がったところに座り込んだ。

それを見たウァーネは少し眉をゆがめた。


「何?」


「あー…なんか話そうかなと思ったんですけど…。今頭真っ白です。」


「は?」


ウァーネはピコの言葉にさらに眉をゆがめた。

「…なんていうか…昨日貴方が攻めて来て、初めて貴方がハーンさんの元彼女って聞いたんですけどね。」

「…。」


ピコは拙い感じで話を始めた。

「私、今まで、戦うこととか戦争とかほとんどしらないんです。まわりに激しい気性の人も少なかったし、本気で喧嘩とかだってしたことないんです。でも、昨日爆弾を爆発させて、たくさんの魔物さん達を殺しました。すごく怖かった。でも必死でした。パユヴィと皆を守りたかったから。皆が好きだから。でも、嫌だった。普段、いろんな命を頂いていたこともいろんな命を殺してることだなって、この花摘んでても思えたし、なんかすごく…無知だった自分が嫌になりました。でも、生きるために、守るために私は戦わなきゃいけないんだな…命を殺していかなきゃいけないんだなって…今は納得できたんです。」


「…。」


ピコがただ一人でぼそぼそと呟くのをウァーネは少し訝しげに聞いていた。


「ウァーネさんは、なぜ戦っているんですか?ハーンさんが嫌いになったから?魔王の繁栄を望んでいるから?それとも、何かを守りたいんですか?」


ピコはまっすぐな瞳でウァーネを見つめた。


ウァーネはその目を見つめ返し口元を一瞬きつく結んでうつむいた。


「…なぜ…?そんなこと…考える必要は…ない。」


ウァーネの口から感情が伴わないような口調の言葉が漏れた。


わずかにピコの耳に届くばかりのそれは非常に弱々しく、機械的だった。

潤いのない声がただむなしく響き、それが終わるとあたりはしんと静まりかえった。


周りで騒がしくしていた捕虜たちもそれを聞いていたのかもしれない。


「考える必要がないか…。ウァーネさんはまだハーンさんに執着してるんじゃないですか?私はそんな風に感じたけど…。だって、ハーンさんと別れて、怒って昨日と同じようにハーンさんの逆鱗に触れたんですよね?忘れたければハーンさんには会いに行かないと思う。貴方のような力を持っていれば別の方法があるはずだもの。わざわざ別れた人のところに行くなんて…。」


「使えるものは使う。それが私よ。…別に…ハーンのことなんてこれっぽっちも執着してないわ!私を捨てたあんな奴、正気を失ってエリーを自らの手で殺して後悔して絶望すればいい!!」


突然ウァーネは弾ける様に前に身を乗り出しながら叫んだ。

髪を振り乱して鬼の形相のウァーネはとても美しいとは思えないのだが、ピコはただ悲しく愛おしくなった。


「ウァーネさん。それを執着って言うんじゃないでしょうか…。まだ、子供だけど、私だってわかります。」


「…。」


ピコは悲しい表情でただウァーネを見て言った。

ウァーネはそのピコの言葉が理解できないように固まった。

身を乗り出して、床に手を付いたままピコをじっと見た。

お互い目と目がしばらくあっていた。


 ウァーネは太陽に照らされ温かくなった床のぬくもりを手から感じていることに気がついて、自分の手を見つめた。

それから彼女はすぐに身を戻し、最初の位置に戻った。


「…私は魔王軍の四天王…ただ使えるものを使っただけ…。私は魔王様とシューニャ様の理想、魔物の世界の創造を願うもの。…シューニャ様の指示のままに…シューニャ様の命の下に…。」


ウァーネはピコに言うのではなく独り言のようにぶつぶつと何かを呟き始めた。

時々、親指の爪を噛みながら…。


「ウァーネさん?」


「…私は麗しき死神…。命を吸い取る死神………。」



ピコは不思議に思った。

この人は思ったより強くないのかもしれない。

本当は戦いたくはないんじゃないか。


でも何を言っていいのかわからなかった。

ただ、ウァーネを見つめていた。

ウァーネもただぼーっと独り言を呟く程度で二度とピコとは目をあわせなかった。


「ピコさん。そろそろ、上がりませんか?」


かなりの時間が経っていたらしく、村民の一人がピコを呼びにきた。

「ウァーネさん、また来ますね。」


ピコはそう言うと地上に上がった。


今日の空は昨日とは打って変わって晴天だった。

あの天気はハーンとウァーネの力で呼び起された異常気象だったのだけど…。


ピコは牢を出て、エリフィエルの家へ向かった。

エリフィエルの家の中はいまだに人の出入りがあり、入り口付近で人とぶつかりそうになった。

 「だからさ…ヂャメンの血は変化してても大丈夫なんじゃないかと思うのよ…。」

エリフィエルの甲高い声が居間の方から聞こえてきた。

「確かに、メデューサそのものの力では跳ね返りを抑えることができるわけではないが、抑えられる力も失われてしまっているかもしれないのでしょう?」

「ヂャメン様の血にはいくつもの種族の血が混じっています。それが絶妙に絡まっている。人間、メデューサ、吸血鬼、竜族、エルフ、ラードル・ニヴル、アンクレーラ…。それと…」

エリフィエルと人型をした人たちがソファに座って話していた。

どこかで見たことがあると思った。

 ピコは確かシンの行っていた学校で見たのだと思いだした。

つまり、先生達なのだろう。

中にはアトもいたが、疲れて、ボーっとしている。

今にも寝てしまいそうだ。


「それと?」


ピコは思わず、皆の後ろから聞いてしまった。

「あぁ、ピコちゃん。帰ってたのね。」

エリフィエルはふっと舞いあがって、ピコの周りを飛んだ。

「さっきの話の続き何だったんですか?」

ピコは気になってその場にいた人達に目を向けた。

見た目からすると、魔術師のような人ばかりだった。

この人たちは人間かしら?と思いながら、近づいた。

 学校に行った時は頭がいっぱいでほとんど「どうも」とか「こんにちは」ぐらいしか会話をしていない。

魔導服を着ている一人は周りを見て、今会話をしている人以外が周りにいないことを見渡して確認すると小声で話を始めた。

「……マージエンデ・ブラマンシー…ですよ。」

「マージ…?」

ピコは聞いたことのない言葉にぽかんと口を開けたまま突っ立っていた。

その瞬間、半分寝ていたアトの体がぴくっと動いて、目を見開いた。

「まさか…全然そんな話なんか聞いたことないわよ?」

エリフィエルも驚いていた。

「私も、ヂャメン様の力を見させてもらってびっくりしたのです。まさかマージエンデの血まで混じってるとは思ってなかったんですから。しかも、何か大きな力でプロテクトのようなものがかかっていて…それを解くのに苦労しました。」


ピコがぽかんとしているのを見た彼らはそれについて説明をした。


 “マージエンデ・ブラマンシー”とは不死の者達とも言われる。

人間に姿かたちが似ている種族だ。

今はもう絶滅したとされている。

なぜ、不死の者達が絶滅したとされるのかというと、彼らはその特異な能力ゆえに、血の力を欲する者達に血を最後の一滴まで絞り出され虐殺されたと言われているからなのだ。

人を狂わすその能力とは、その血がどんな病も治すということ。

未だにマージエンデ・ブラマンシーの血として薬を売る詐欺師が横行するほど闇の世界では有名な種族だ。

ある貴族の男が、自分の私利私欲のためにマージエンデ狩りをしたとされるころから、彼らの姿は見られなくなり、絶滅したと噂されているのだ。


「そのマージエンデ・ブラマンシーの末裔がヂャメン様ってことですか?」

ピコはやっと整理がついて、問うた。

「そういうことですね。」

「…と、言うことは、マージエンデ・ブラマンシーの血が生きていれば、石化の薬は作れるのか…。」

エリフィエルは納得したようにうなずいた。

ただ、その表情にはあまり、嬉しさはなかった。

「村長…。マージエンデのことはあまり多くの者が知らない方がよいかとおもうんですが…。」

「うん…。外部に漏れると厄介ね。今ここにいる者達だけの秘密にするということで…。」

ピコもアトも彼らと共に頷いてその意思を確認した。

「ヂャメン様にはお伝えになりますの?」

アトはやっと口を開いた。

話を聞いていたら眠気が引いてきたようだ。


「本人には言った方がいいと思う…。」

エリフィエルは真剣な表情で呟いた。



一同は地下に降り、随分回復したヂャメンにその話をした。

それを聞いたヂャメンは冷静だった。

何か思い当たる節でもあったのだろう。

「なるほどね…。」

「知っていたの?」

エリフィエルのその問いに首を横に振ると言葉をつづけた。

「母が己の血で石化する病にかかって、父も同じ眠りを選んで死ぬと私に告げた時に言ったの。『お前は特別な血を持ってる。いつか私と同じように死を望む時がくるかもしれない』と…それで、自分の秘密が知りたいなら一族に会えと…。」

「死を望む…か…。」

エリフィエルは何かを理解したように頷いた。


「でも、これで、皆を救えるかもしれないってことはわかったわね。おそらくメデューサの血は関係ないようだし。」


ヂャメンは心底安心しているようだった。

自分の心配なんかより皆を救う方が大切なのだ。

エリフィエルはそんなヂャメンを複雑な表情で見ていた。

 ヂャメンは自分の体力の回復と薬の製造の期間を考慮して大体一週間程度でどうにかなるだろうと見積もった。


 一通り先の見通しがついた一同はその夜エリフィエルの声かけにより勇者一行と共に食事をとることにした。


ヂャメンの家のダイニングとリビングを綺麗に片づけて、病み上がりのヂャメンとエリフィエル、シン、ポン、ミー、ノイアとその九人の子供たちそしてグルーチョ、ピコ、アト、メガが集まった。

エリフィエルは体が小さいにしても19人も集まると相当な人数だった。

それなりに広いダイニングでもぎゅうぎゅうで、ノイアの子供たちはリビングで出来立てのごはんを先に食べ始めていた。

 ノイアとミーとピコが手分けして用意をして豪華な食事になった。

エリフィエルはこの後のことを考え、ここで勇者一行に養生してもらいたかったのだ。

「さて、先の魔王軍の進撃でもわかるように、戦況は刻々と深刻なものになっています。グルーチョさん、ピコちゃん、アトちゃん、メガさんの四人にはこれからさらなる過酷な旅となるでしょうが…。私達はあなたたちが、彼の伝説の戦士達の意思を継ぐものだと信じています。」

食事を前にして、エリフィエルは今までにない真剣な雰囲気で語った。

「すでにグルーチョさんは『疾風の剣』、メガさんは『闇夜の祈り石』、ピコちゃんは『大海の杯』を手に入れています。おそらくアトちゃんは暁の国で『太陽の杖』を手に入れられるでしょう。」

ヂャメンが続けてそう言うと、それに加える様にエリフィエルが再び言葉をつづけた。

「『太陽の杖』は一番攻撃性が強いとも言えるかもしれないものよ。同じく攻撃性の強い『疾風の剣』や『闇夜の祈り石』は持ち主の精神とそれに宿る者の相性やいろんな要因で魔物や運命の示しのない者にははまず使えないものなんだろうけど…。『太陽の杖』はあの後何度か盗まれたり人手に渡ったりして、誰でも使えてしまえるらしいことはわかっているわ。回り回って、今はどうやら暁の国のある場所に保管されていると言われているしヂャメンもそう予知している。」

エリフィエルの言葉にそれを聞いていたアトが深く頷いた。

いつの間にか、アトは自分だけが武具を持っていないことになって、内心複雑だったのだろう。

 元々、杖を使わないで自らの力のみで修行してきたアトには杖が必要というのはなんだか納得がいかなかったが、必要であるという気持ちが最近強くなった。

グルーチョがウァーネを圧倒した技が鮮明に思い出される。

あの瞬間空気が剣の力によって武器に変わったのだ。

大きな力を持ち、持ち主を選ぶ。

伝説の四武具はもう伝説ではないのかもしれないけど、運命を導く光のようなものになりつつあるのだ。


ちゃんと自分が太陽の杖を手に入れられるんだろうかという不安感はぬぐえない。


「数日中には貴方達にはこの村を出て、暁の国へ向かうようにお願いしたい。」

エリフィエルははっきりとした口調で言った。

ヂャメンはフードの奥で歯を食いしばっているようだった。

自分には魔王討伐に一緒に出向いたとしても足手まといになる、運命に導かれてはいないと悟っていた。

それでも村を復興させ勇者達の帰りを待つしかないというもどかしさでいっぱいだった。

 ピコもメガもアトもそれを覚悟していた。

しっかりとそれに頷くとエリフィエルも目でそれに答えた。


「はやく食べたいのー。」


重い空気の中、グルーチョだけが、それを聞きながらも目の前のごちそうに目がくらんで、よだれを垂らして今か今かと待っていた。

まるで待てをさせられている犬のように…


「あはは!まぁ、そーね。考えたって仕方ないわ!食べよ、食べよ!!食べなきゃはじまんないわ!」


エリフィエルはグルーチョののほほんとした顔を見て噴き出しながら言った。

それをきっかけに皆で温かく短い夜を過ごした。



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