魔法大戦争ではないけれど
「何がどうしたってんだよ!!」
メガは村の家々の屋根を伝って時々ジャンプしながら走っていた。
村のあたりにはハーンの影響か少し雨が降っていて、滑りそうだ。
メガはアトに問いただそうとするが、上の方を飛翔板を使って飛んでいるのでその声はほとんど届かなかった。
メガが何か言っているのに気がついて低空に下りてくるとアトが叫んだ。
「何言っているのか聞こえませんわ!…とにかく村に異常があるとこを見つけなければ!!」
「異常ってあれは異常じゃねーのかよ!!」
メガは走りながら、湖の方の騒ぎを指差して言った。
「他に!!」
「他って…」
メガは怪訝な顔で周りを見渡しながら走った。
アトは再び上空へ昇っていくと何かに気がついた。
それは村の入り口のあたりだった。
そのすぐ外あたりに松明の光が大量に見えたのだ。
アトはそれからすぐにまたメガの近くまで降りていった。
「村の入り口に魔王軍がいますわ!私は先に行きますので村の皆様に魔王軍が来たと伝えてください!」
「な?!…魔王…軍…って…」
「では後ほど!」
アトは言うだけ言ってまた飛んでいってしまった。
「嘘…もう魔王軍とかと戦うの?……って…うわぁ?!」
メガは気を取られながらも屋根の上を跳んでいたせいかあと少しで地面にまっさかさまになるところだった。
「(何故気がつかなかったのかしら、あんなに近くに居たのに…)」
アトはその魔王軍と思われる松明の灯りの方へ急行した。
上空から見るとそれは村人よりもはるかに多いだろうと思われる兵の数だった。
おそらく軍の将は、特殊能力を持つ者の集団であるパユヴィの者をある程度高く評価しているのだろうと予測できた。
アトは腰紐に絡めてあった細長いケースから携帯用の杖を取り出した。
今まで杖がなくても魔法の使えたエリートのアトでも、困難な状況のために携帯用の杖を母から渡されていた。
いつも腰紐の後ろの方でブラブラしているだけだったが、杖を使えばより正確に長い間疲労も少なく技が使えるのだ。
ただし、杖を使えば、修行としてはレベルが上がりにくいため、ずっと使わないでいた。
杖はエリート向け携帯戦闘用のため樹齢何千年というほどの、ベルベラの幹から取った木材と金の魔装飾が施された20㎝ほどの小さな物だった。
「これを使うのは初めてですわね。お手並み拝見と行きましょうか。」
そう呟くと魔王軍の方へさらに降下していった。
兵がそれに気がつき矢を放ってきた。
「グワォオオン!!」
「ガァァ!!」
後列あたりのいたるところから威嚇の叫びと矢が放たれる。
飛翔板に乗ったアトは低い姿勢に体制を立て直し、それをキレイに避けながら右手に持った杖をすっとその方向へ向けた。
―バリバリバリ!!ズガーン!!!
落雷のような電撃が後方の弓矢隊のあたりに直撃した。
それを食らった魔物達が吹き飛ばされゴロゴロと地面に倒れている。
「すごい…。」
一番びっくりしたのはアトだった。
ちょっと脅かす程度に出すつもりが思ったよりも激しくその効果を発揮したので上空から身を乗り出してその様子を見ていた。
「うろたえるな!進め!」
その隊のさらに後方から誰か女の声がした。
アトはそれに気がついて目をやるとその場にふさわしくないほどの美女を見た。
水色の長い髪と青い瞳、透き通るような白い肌。
その身に纏うのは、美女には似つかわしくない重厚な魔導服。
「水の者…?」
アトがそう言ったのと同じ位にその女はアトを見上げた。
アトにはその顔が一瞬笑ったように見えた。
背筋の凍るような気配にアトは思わず上空へ退避を始めた。
―ピーーーー…
まるで超音波のような音があたりを包み込んだ。
それと共にアトは酷い頭痛に苛まれた。
急いで村の奥の方まで退避して、難を逃れたが、遠くから見るそのあたりは空気が揺れているように見えるのだ。
「あれは…」
そう呟きながらアトは村の中心あたりの広場に降り立った。
「アトちゃん!!無事だった?」
そう言って近づいてきたのはエリフィエルだった。
他にもそこにはたくさんいて、メガやピコ、ノイアとシン、他にも村人が集結していた。
「…ええ…、魔王軍がもう入り口のところに来ていますわ。おそらく軍の将は“水の者”の女」
エリフィエルはアトの言葉を聞いて固まった。
「…それは…どんな姿をした…」
言葉を搾り出したように問うエリフィエルにアトは不思議に思いながらも答えた。
「水色の長い髪、青い瞳、透き通るような白い肌。…音の魔法を使っていましたわ。…実際に見たことはないけど、あれはセイレーンかしら…」
「…」
その言葉を聞いてエリフィエル以外の村人も皆表情が変わったようで黙り込んでしまった。
「セイレーン?…って海の妖怪じゃなかったっけ?」
「ええ…確か…」
メガとアトがそんな会話を始めるとやっと周りの村人がザワザワと騒ぎ出した。
「まさか…」
「いや、それなら合点が行く。」
「しかし…。」
村人達のその反応にアト、メガ、ピコは不思議そうに見ていた。
「ウァーネ…彼女ならハーンの結界を抜けられたことに納得がいく…信じたくはないけれど…。」
エリフィエルは真剣な表情で呟いた。
「ウァーネ?」
ピコは村人とエリフィエルを見た。
アトとメガも同じように言葉を待った。
村人が皆静かになるとすっとエリフィエルが前に出て語った。
「ウァーネはハーンの元彼女よ。」
エリフィエルのその言葉にメガもアトもピコも固まった。
その言葉を理解するのにしばらくかかった。
「何故元彼女さんが…?」
メガが苦笑いをした。
「彼女はとても思い込みの強い娘だったから…。長いこと一緒にいたハーンと別れてから数日たったときに何を思い立ったのかわざとハーンの逆鱗に触れて村を壊滅しかけたことがあったのよ。」
「その時は私はまだ子供だったから相当昔の話よね。」
エリフィエルの話に付け足すようにノイアが続けた。
「そう確か30年ほど前だったかしら…。まだ村の新入りだったヂャメンがハーンを鎮めたのよ。それを見てウァーネは悔しそうにしていたわね。それからいつの間にか姿を消していた。」
「その時初めてウァーネの心の闇を見て、嫉妬というものを知ったわ…。村長、あれは…あの目は…」
「…ノイア…」
エリフィエルを見つめたノイアは言葉に詰まった。
それは間違ってはいない推測だろうけれど、ノイアには続ける言葉がなかった。
「悪いのは私よ。何も答えを出してこなかったし、ウァーネを放っておいた。何度か彼女の気配を感じたときもあったけど、会いに…話に行かなかった。ハーンを愛している彼女を差し置いてフェアリーの私がハーンと一緒になるなんて私には出来ない。でも、ハーンは大切な仲間だから…。」
「え?…気が付かれていたんですの?」
アトは少し驚いた。
ハーンがエリフィエルのことを好きなんじゃないかという感覚はなんとなくあったものの、エリフィエルは気がついているそぶりを見せなかったからだ。
エリフィエルは目でそうだと訴えていた。
「これでもフェアリーですもの…人の気持ちには敏感なのよ。」
エリフィエルは苦笑いをして言った。
しばらくのあいだ誰も言葉を発せないでいた。
―パラパラパラ…
―…ゴロゴロ…
―グォォオオ…
―ズーン…
雨と雷鳴、ハーンの雄たけびと魔王軍の侵攻の音が聞こえてくる。
「とにかく!!落ち込んでる暇はないんじゃないですか?!」
ピコは皆の前へ一歩出ると元気良く言った。
一同が呆気に取られる中、ピコは言葉を続けた。
「村を守んなきゃ!!それにこれ以上ウァーネさんに辛いことをさせたくないです!大切な人の大切なものは守らなきゃいけないって気がつかせてあげたいです!!だって、辛くなかったらハーンさんを使って村を壊そうなんて思わないでどっかで幸せに暮らしていますよ!!皆でウァーネさんを助けてあげましょう!!」
皆は豆鉄砲を食らった鳩のように目を丸くした。
「…そうですわね。ピコさんはお優しすぎますが、とにかく村を守ることが先決ですわ!!」
アトもそれに同調した。
「お…おう!!俺先に行くぜ!!これが当てになるかわかんねーけど、一暴れしてやろうじゃないのさ!!」
メガはココスレイヤのついたグローブを見つめてテンションを上げた。
「じゃ、そうと決まったら早いこと動きましょう!この弾薬重くて…重くて…」
シンが集めた爆弾や弾薬を担いで入り口の方へ歩き出した。
「じゃぁ、私は敵さんの男どもに夢でも見させてあげようかしら。」
ノイアも優雅に歩き出しにやりと笑った。
―おお!!!
それに続々と続くように皆が敵陣に向かって進んだ。
素早く動ける者は前衛にノイアや特殊能力者は真ん中に爆薬・弾薬を担当する者、弓矢などの後方から射撃できる者は後方から…。
戦いの幕は程なく切って落とされた。
敵の前衛の魔物達は大きく豪腕の魔物が陣取っていた。
入り口の門の辺りをなぎ倒すように入ってきた魔物は雄たけびを上げながらあたりを蹴散らしている。
「うおおお!!」
そう叫んで魔物に飛び掛っていたのはジルデだった。
入り口近くに店を構える村人達はそれぞれに自分の持てる力で戦っていたが、押されていた。
大通り沿いの店や家はもう大半が潰されていたり燃えていたりと酷い有様だった。
ジルデがその中でも体の大きな3メートルほどの魔物と戦っていた。
―バーン!!
上空から飛翔板に乗ったアトが爆雷をかまして、その巨体の魔物は吹っ飛び、まわりにいた魔物もなぎ倒された。
戦っていたジルデもあまりの威力に転げた。
「ジルデさん!!大丈夫ですか!!」
「お…おう…なんとか。」
「申し訳ないのですが、杖の威力が強すぎて今調整中なのです…しばらく皆さんには離れていただいた方が…」
アトがそういうとびびったジルデは皆に一旦退くように叫んだ。
「では、遠慮なく…」
アトは真顔で杖を思いっきり振った。
―ズドーーーーーーン!!!
まるで爆弾でも落ちたかのような衝撃が村の方から入り口付近にいる前衛の魔物のほとんどをなぎ倒した。
その衝撃波は上空から斜めに砲撃されたせいか地面を這うように中ほどにいた魔物たちのところにも届いた。
しかし、その衝撃は何かのバリヤーのようなもので守られているかのようでそれ以上後ろには届かなかった。
敵側は仲間がたくさんやられたがそれに怯むことなく村の中へ押し寄せてきた。
彼らに向かってアトが何度か雷撃を食らわす。
―バリバリ…ドカーン!!
―ズガーン!!
残った前衛の魔物の中には打たれ強い者もいるようだ。
雷撃を直に食らっても立ち上がってくる。
その様子を見たアトは攻撃を変え、爆炎を放つがそれでも倒れない者がいた。
何より敵は兵の数が多いためか前衛が空いてきても中ほどの隊が後方を守っている。
「きりがないですわ。しかも強い結界師がいるようですわね。」
低空まで下りてきたアトが呟いた。
「とにかくやるしかないっしょー!!」
その呟きに答えるようにメガが跳躍して敵軍の中に飛び込んでいった。
「あ…。」
気がつくとメガは何やらグローブと会話をするようにしたあと突然そのグローブは形を変えた。
―カキーン!!
それは長剣のように見えた。
「いつの間にあんな…。」
アトは驚きながらも自分も敵に向かっていった。
「あのバリヤーは厄介ね。複数の術で成り立っているわ。おそらく後方のウァーネの音のバリヤーと中ほどの術師達のバリヤー…。」
エリフィエルは侵攻を食い止める前衛を後ろから見ながら、村民に指示を出していた。
「結界を潜り抜けて中に入り込めれば、どうにかなるかもしれないな。」
「入り込む…いや、わざわざ、いかなくてもいいんじゃないか?」
そう言ったのは、シンの父のポンだった。
ポンはその作戦を素早く話すとエリフィエルが快諾しすぐに後方で爆薬をセットしていたシンやピコのところへ飛んで行った。
続けてアトのところへ行きそれを話すとアトもそれを理解し、前衛の者にはアトからそれが伝えられた。
「なーるほど…じゃぁ、引き寄せる役は私がやるわよ。」
ノイアは前衛の巨体の魔物を力で眠らせながら言った。
まるでフェロモンがあたりを包み込むような気配でアトまでやられそうだった。
入り口付近からジリジリと村に入り込んできた魔王軍が村の周りに広がり始め中ほどの術師の軍が迫ってきていた。
どうやら力を温存していたのか、村に入ったあたりから飛行できる者や魔力の強い者が攻撃を強めてきて戦火は増していった。
炎や稲妻があたりを走り地獄絵図のようだった。
もう入り口付近の建物は跡形もなかった。
それでもしばらくのあいだは村民皆で進攻を食い止めるように攻撃の手を休めることはなかった。
ジルデは今までのまだ愛らしい姿から変化してドラゴンのような獣のような姿になり火を吐いて、ある者は小さいながら素早い動きと重い蹴りで敵達の足元をふら付かせ、人のような形をした者は剣で敵をなぎ倒す。
敵兵の数は多いが、各々が特殊な力を持ったパユヴィの者からしてみれば同等ほどの力のように思えた。
しかし、中ほどから後方にかけての敵は一筋縄ではいかない。
不思議なバリヤーと巧妙な魔法を使う魔物達が皆を苦しめた。
―バーン!!
ついにアトも敵の攻撃を受けた。
上手い具合に術から避けていたアトだが、飛翔板に雷撃が当たってしまった。
「きゃぁぁああ!!」
衝撃で力をなくした飛翔板から引き離されアトの体が宙に舞い地面へ…
―ヒュン!
ギリギリのところでアトは助かった。
メガが、敵の魔物の頭を蹴って飛び上がり、空中でキャッチしたのだ。
「あっぶねー…。」
「あ…ありがとうございます。」
それからそのままアトを抱えたまま、また素早く敵の魔物の攻撃を避けながら、落ちた飛翔板を拾い上げると高い跳躍で魔物の中から味方の後方の方まで飛んでいった。
「そろそろ、頃合だろ…。」
華麗にエリフィエル達の前に降り立つと、アトを抱えたまま言った。
アトは少し呆けたような顔でメガを見ていた。
「ええ、私が指示を出します。」
エリフィエルはすぐに音よりも早く飛んでいき皆に自分が見えるように敵や村民の間を縫ってジグザクと飛んだ。
それを見た村民は戦うのを一旦やめ後退しはじめた。
それと共に弾けるように敵軍が村になだれ込んできた。
建物や、瓦礫を避けるように中央の大通りを勢い良く駆け抜けていく敵兵をさらにノイアがひきつける。
敵側が不思議に思って道を外れないように…。
前衛がほぼ壊滅的な敵兵が中央の広場の近くまで来た時だった。
―ドカーーーーーーーーーーーーーン!!!!
赤黒い炎の柱が勢い良く燃え上がった。
入り口から中央の広場の間にピコやシンが時限性の爆弾を仕掛けていたのだ。
突然だったので正確に時間があうかわからなかったが、どうやらぴったりだったようだ。
兵の中ほどのものはバリヤーも虚しく炎に散った。
それを見たピコはただ自分がしたことが恐ろしくなった。
どんな攻撃よりも壊滅的なダメージを与えたからだ。
敵の前衛の者はその爆破を逃れたものの、その攻撃にうろたえたのか、ほとんどがメガや村民の攻撃で一網打尽だった。
しかし、多くの村民が敵の手に落ちていたことは言うまでもなく皆ボロボロだった。
叫び声や泣き声が聞こえてくる。
エリフィエルは皆に指示を出しながら“ハーンやヂャメンがいたら”と思った。
少なくとも味方にこれほどの被害を出さずに済んだだろう。
その時だった。
どこからか歌声が聞こえたと思った。
『アーーーー』
甲高い透き通るような声、まるでそれに呼応するように曇っていた空から竜巻のようなものが降りてきた。
先ほどからほとんど雨はやんでいたが再び雨が降り出し、さらに風が増し嵐のような天候になった。
皆はずぶぬれになっていた。
「ウァーネ…」
エリフィエルは飛ばされないよう、ピコの肩にしっかりと捕まっていた。
その竜巻が爆発で炎上しているあたりを飲み込むように侵食し、さらには家々も襲い始めた。
炎がすっかり消えたところでほとんど壊滅的な兵の中に四足の大きな魔物に乗った軍の将が見えた。
その後方のあたりはほぼ無傷だった。
「ここまでやるとはな!!だが、私に力を使わせたことを悔やむがいい!!」
その女の声はまるでどこまでも届くかのようで、遠くの者にも言葉がはっきりとわかった。
エリフィエルはその姿は確かにウァーネだと確信をもった。
そして、酷く冷酷な目で笑うのを見た。
『アーー…ノーレイティアー、フォーシィーカンターニエーー、ルー、テイクィニートァーロー……』
どこの国の言葉かわからない歌があたりを包んだ。
透き通るような甲高い声が空気を振動させ、パユヴィの村民の耳に届くと皆が頭を抱えて跪いたり、倒れこんだ。
メガが倒れこみ、アトも頭を抱えた。
ピコは耳を塞いでいた。
ピコの肩にしがみついていたエリフィエルは徐々に力を失い、そこから嵐で吹き飛ばされてしまった。
「あ!!」
そのエリフィエルを誰かが、掴んだ。
もう弱弱しく光を放っていないエリフィエルをピコに預けたその人は一人、倒れていく村民の中を物怖じせず、進んでいく。
どうやらその音の力は敵側には発揮されていないようで、残っていた魔物が村民を攻撃しようと進んできた。
―ザシュ!!
しかし、それらをいとも簡単に剣で切り捨てる彼はまるで何かに守られているかのようだった。
女の周りの者以外ほとんどのものがいなくなっていた。
『なんだ、あいつは』
『何故、ウァーネ様の歌が利かない…。』
魔物達が警戒を始めた時だった。
―ヴン!!!!!
それは一瞬の出来事だった。
その者が剣で宙を切り裂いた。
それだけで全てが沈黙に包まれた。
嵐も止み歌声も止み、敵の魔物の蠢く音も消えた。
再び剣が宙を舞うと止まった時間が動き出すようだった。
ウァーネ以外の魔物がバタバタと倒れていった。
皆全身に切り刻まれたような傷を負って。
「あああああ!!」
足元の大きな魔物がくず折れたせいか乗っていたウァーネは体制を崩し、地面に叩きつけられた。
衝撃に動けなくなったウァーネはヨロヨロと立ち上がろうとした。
―カチャ…
小さく金属音がしてウァーネはそれ以上動けなくなった。
「乙女であった貴方はもうそこにいないか?」
黄金の剣の先が顎の辺りに触れている。
それは実質、パユヴィの勝ちを意味していた。
「な…な…にを…」
ウァーネの声はまるでスースーと息を吐く程度にしか音を発していなかった。
どうやら喉を潰してしまったようだ。
「ころ…せ…!!」
出ない声を絞り出したには痛々しかった。
「やめてー!!お爺ちゃん!!お願い!」
そう言って走って来たのはピコだった。
ウァーネに剣を突きつけていたのはグルーチョだった。
「お爺ちゃん!!!」
ピコは必死でグルーチョの剣をウァーネから引き離した。
ウァーネは何がなんだかわからず、それを見ていた。
「この人には教えたいの!!守るべきものを間違えているって…」
「ピコは優しすぎる。だが、彼女は四天王の一人だ、捕虜とするのも得策だろうな…。」
グルーチョはあまりピコを見ないで言った。
そして後退して剣を鞘に入れようとした。
「お爺ちゃん?………誰?」
ピコはそこにいるのが自分の祖父ではないような気がした。
その問いに手を一瞬止めたがすぐにグルーチョは剣を収めた。
「大丈夫か?!」
それとほぼ同時に後ろのほうから駆けつけたメガや村人が現れウァーネを取り囲み後ろ手に拘束した。
回復したエリフィエルがウァーネの前に進み出た。
「ウァーネ…貴方を許す気にはなれない。でも、貴方を放っておいた私が悔しい。貴方の気持ちもハーンの気持ちもよくわかっていたのに…。…ごめんなさい。」
それまで恨めしそうな顔で見つめていたウァーネはエリフィエルの言葉にうろたえた。
しかし、言葉も出ないまま、村民に連れられてそこを去っていった。
そんな騒動の中でピコは再びグルーチョの方へ目を向けようと振り向くとそこにはもう姿がなかった。
「あれは…何だったのかな…。」
ピコの頭の中はいろんなことが起こりすぎてわけがわからなくなっていた。
ただ、その時は流れに身を任せて、村をどうにかしてからにしようと気持ちを一旦収めた。




