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爺さん走る

―グシャ!!バキバキ!!


―…キャアア!!…ワー!…


湖へ続く道を竜巻のように荒らしながら進む狂った竜が村に入り込もうとしていた。

「グオオオオオオオオォォォ!!!」

激しい地響きと雄たけび、雨と風が普段静寂に包まれている森とは違った様相を見せ、村人は必死になってその災難を村に入れまいとした。


 「まさか、こんなことになるなんて…。」

そのころ到着したエリフィエルが愕然とその光景を見ていた。

その後ろからやっとヂャメンとアト、ピコが来た。

「エリー!!誰かがハーンの逆鱗に触れたんだわ!もし、それが魔王の手のものだとしたら、ハーンに手を取られ手薄になった村を襲ってくる!」

ヂャメンはいつもになく焦った口調でエリフィエルに叫んだ。

「グアアアアアアアァァ!!!」

そう話している間にもハーンは村へと歩みを進めようとしていた。

「ヂャメン、ハーンを頼むわ。前と同じ方法で鎮圧して!私は村の力ある者を集めてくる。アトちゃん、あなたはメガも呼んで村の周りに異常がないか見ていてくれないかしら。ピコちゃんはシンちゃんと今ある爆薬類を集めてみて。魔物は魔力に強いけど、ああいうものには疎いから…。」

エリフィエルは即座に指示を出して全員がそれに頷くとすぐに動き出した。

 そこに残されたヂャメンと比較的湖の近くに住んでいた者はハーンを止めようと作戦を立てはじめた。

「グオオォォォ!!」

―グシャー!!


3人ほどの魔力を持つものが光の縄のような物で捕縛しようとし、進行方向に進めないように簡易の結界を展開していた。

彼らががハーンの動きをとめているうちにヂャメンは数人を呼び出した。

それと同時にヂャメンはそのあたりに転がっていた掌大の石を手に取り素早く指で何かを描き始めた。

石がパッと淡い赤い光で満たされスッと引くと、五芳星と蛇を模したようなものが組み合わされた模様を残した。

その模様は赤く揺らめき妖しげに光っている。

そのような石をすぐにもう4つ作った。

「パティ、ミネーア、ルトレアックス、ツァイセン、これを持って五芳星を作るようにハーンを囲って。他の皆は彼らがちゃんと位置につけるようにサポートして。いい位置に定まったら光が石を繋いで結界を築く準備に入るから!」

ヂャメンがそう言い、場所の指示を出すとそう呼ばれた者たちが石を持って散り散りになった。

選ばれたものは皆、体がそれほど大きくなく小回りが効く者だった。

パティと呼ばれたものは大きな野鼠のような魔物で石を背中に乗せその体のわりに大きい器用なシッポで包んだ。ミネーアは小人の女性で石を両腕にがっしりと掴みピョンピョンと走っていく。ルトレアックスはオオカミのような姿をしており口に石をくわえ一瞬で走りさった。ツァイセンは黄土色に輝く羽を持った人の大きさほどの鳥で、その鋭い鍵爪で石を掴み、あまり音を立てずに飛び去った。

残りの一つをはヂャメンがしっかり握りハーンの進行と共にジリジリと後退していった。

「だめだ!ヂャメンさん!力が強すぎて止めていられない!」

魔力を持ってそのハーンの動きを止めようとしていた者がそのあまりの力の違いに打ちひしがれそうだった。

「絶えて!!皆が位置に付くまで!!…ハーンは自分を見失っている。それを沈めるにはこれしか…。」

ヂャメンはいつになく厳しい表情で暴れまわるハーンを見つめた。

そのヂャメンの顔やフード付のマントには激しい風と雨が打ち付けている。

今までその顔や肌をほとんど誰にも見せたことはない。

むしろ見せたくないのだ。



 『自分の姿はおぞましい』ヂャメンはそう思っていた。

髪の色、瞳の色。

そして魔力を発する時の変化を見た親族は、母を…そして母を家族へ引き入れた父を忌み嫌うようになった。

今まであらゆる種族の血を取り込み大きくなった一族だったのに…。

手段を選ばず、魔力と美しさを追求していた。

美男美女揃いで魔力の強い吸血鬼、妖しく誇り高い竜族、最高の呪術を誇る魔女、たくさんの交わりの中で生まれた一族。

言葉巧みに誘い込み、時には強引にその力を取り込み、大きくなった。

 暁の国のさらに西のはずれに彼女の故郷がある。

今もなお存続しているはずだ。

だが、幼いヂャメンは肩身の狭い思いから逃れるため父と母と屋敷を出た。

しかし、どこへ行っても同じだった。

 母はとても魔力の強いメデゥーサの種族だった。

赤い目、黒い髪の美しい女性だった。

だが、ある力を発揮するとたちまちその姿は一変し、髪が蛇のように脈打ち、皮膚に蛇の鱗のような模様が浮き出る。

もうほとんど現存しない種族で、あまりの恐ろしさゆえ人間に迫害されてきた。

ヂャメンも同様の力を持っていた。

ただし母とは違って瞳は紫がかった黒から赤く変化する。

その赤い瞳は迫害のあった事を忘れさせてはくれない。

だが、父は違ったのだ。

人間の血を強く継いでいた父だったが、いつも

優しかった。

母の瞳を…ヂャメンの瞳を美しい宝石のようだと言った。

ヂャメンの母にも父にも似ない特異な髪の色を見て、暗闇に差し込む光のようだと言った。

 でもそのどちらも周りには認められなかった。

ただ、エリフィエルもハーンもそれを見ても大して気にしてはいなかった。

二人に気にならないのかと聞いたが、エリフィエルは「私の髪の方が派手よ!」と言い、ハーンは「それはおかしいことなのか?」と言った。

確かに見た目で言ったら、エリフィエルもハーンも派手ではある。

 母と父は自分が成人する頃にいなくなった。

親族には死んだと聞かされた。

一人になり、一族に残る気もなかったヂャメンを受け入れたのがその二人とパユヴィ村だった。



「位置に着きました!」

村の一人がヂャメンにそう言うと、ヂャメンは一瞬の回想から戻った。

「ハーン、ごめん。ちゃんと直してあげるから我慢して…」

ヂャメンは雨でぐっしょり濡れたマントを脱いだ。

風が激しくあらわになった髪に吹きつけ荒々しく舞う。

しかし、その髪はまさに暗闇に差し込む光。


 ヂャメンの髪は腰まで届くほどの長さの艶やかで滑らかな白い髪だった。


ヂャメンは目を閉じ、力を込めた。


後ろで一つにまとめられている髪の紐が突然弾けて広がる。

ヂャメンの力が発動し、位置に着いた者の持つ石が呼応し脈打つ。


―ドクン…ドクン…ドクン…



魔術師用の紫色の薄いローブが雨に濡れているにもかかわらずヒラヒラとそよ風になびくように動き始め、白い髪は妖しく脈打つ。


―ピーン…


石の赤い光が増し、五つの光がお互いに輪を作るように繋がる。

その光はさらに線を作り五芳星の形を描いていく。

 ヂャメンの白い髪は命を宿すように蠢き、白い蛇のように見えた。



その瞳が開かれるとまるで目から赤い光が放たれるように魔力がその石で描かれた魔法陣を包み込んだ。

美しい柘榴石に光を透かしたような輝きだ。


その白い皮膚には蛇の鱗のような模様が浮き出て、必死の形相で暴れ狂うハーンを見ていた。

「ハーン…ごめん…。」

ヂャメンのつぶやきと共にあたり一面が赤い光で包まれる。


五芳星の模様が浮き上がり荒れ狂うハーンの足元が赤く照らされる。

その赤く照らされたハーンの足が今まで押さえられないほどだったのに突然その歩みを止めた。


「グォォオオオオオオオ!!!」


ハーンの雄たけびが苦しそうに訴えてくる。


空に向かって激しく咆哮する青龍は体を高く高く持ち上げ上半身を激しく動かしそれから逃れようとしている。

まるで天にも届くほどの長い体が何かに縛り付けられているように足から尻尾までを捕えている。

身動きの出来ない足元からその体が段々と灰色の石のように変化しているのだ。


「グォォォオオオオオオオオオオオオ!!!!」


ハーンを蝕む石化はやがて胸の辺りまで達すると今までにないほどの苦悩の雄たけびを上げた。


その姿を歯を食いしばりながら見つめるヂャメンの目は強く赤く光り、髪は生命を持ったようにうねうねと動き回る。


「ハーン!!」


空へ伸びるハーンの体を見上げたヂャメンは力を一気に放つ。


赤い光がハーンの長い体を駆け上がるように包み込んでいく。





―ヒュン!!!ドス!!!



 その時だった。



周りの誰もが何が起こったのかわからなかった。




―パーーーン!!!




奇しくもその術を成功させようとしていたはずなのに突然のことで皆が予期する間もなかった。



ハーンを囲っていた赤い光が弾けた。


青龍の体の石化が解かれその力が逆流した。


五芳星を形作っていた石が砕け、その近くに居た者が一瞬にして石になった。



突然解放されたハーンはそのまま天へ駆け上った。


激しい咆哮を挙げながら天を貫き雲の中へ消えた。

それでもまだそこに居ることを示すように轟音が鳴り響き雷と共鳴するように天に稲光が走る。


「アアアアアアァァァ?!!!」


その声を上げたのはヂャメンだった。


その背中には一本の矢が刺さっていた。

鮮血が紫のローブを赤く染めていく。


その場に崩れ落ちたヂャメンの目の周りが硬く閉じられたまま石化し始めている。


強い魔力と血がそれを阻止しているのか、他の者とは違って石化の速度は格段に遅い。



「あそこにいるぞ!」

「誰だ!!」

「ヂャメン様を矢で射た者を捕まえろ!!」


その力の巻き添えにならなかった村人がハッと思い出してヂャメンを矢で射た者を捕まえようとした。

しかし、その者は弓を捨てて剣を抜き、囚われまいと戦った。

2mほどもあるだろうか。

その巨体の全身を覆う鎧が彼をがっちりとガードしていた。

一人の村人が彼に襲い掛かる。

三つの目を持つ悪魔のような浅黒い細長い体に変化したが、その者にいとも簡単になぎ払われた。

彼は強かった。

逃げるのも容易いだろう。


―ガキィイン!!


その者は村人をなぎ倒し後ろへ振り向いた瞬間、降ってきた剣の筋を避けるため剣で受け流した。

素早く体制を建て直し剣を振ろうとした。

しかし、その者は一瞬、戸惑った。


それがよぼよぼの爺さんだったからだ。


「何!?」


今まで一言も口にしなかったその者が驚いて声を発した。

そのうろたえている巨体の者に怯みもせず、爺さんは飛び掛った。

その素早さは想像も出来ないもので、一瞬何が起こったのかわからなかった。

 「ぐ…何故だ…。」


―ドン!!



その巨体は地面に引き寄せられるように倒れた。


爺さんは一瞬のうちに固い鎧と強固な体を貫き、その者の心の臓を黄金の剣で串刺しにしていたのだ。


 それはグルーチョだった。


誰もが目を疑う中、グルーチョは一息する間もなく駆け出した。

グルーチョによって倒されたその者が、矢でヂャメンを射た林から素早く飛び出すとそれとほぼ同時に天から何かがすごい速度で落ちてきた。



ハーンだ。



「グォォォオオオオオオ!!」



―ドーン!!



自らの体を痛めつけるのも厭わず湖の向こう側の森に落ちたその衝撃が当たりに吹き抜ける。


それから矢によって、自らの術の跳ね返りによってボロボロになったヂャメンをグルーチョが庇う。


―グォォォオオオオオオ!!


雄たけびと共にハーンはその位置から跳び上がり、再び地面へ向けて落ちてきた。

それはまさにグルーチョとヂャメンのいるその場所だった。




「ヂャメン様!!!!」

「爺さん!!!」


村人が喉が潰れるほどの声で叫んだ。




―キーーーーーン!!!ブワーーー!!



誰もがヂャメンとグルーチョがハーンに潰されたと思った。


しかし、何か金属音のような音がした後に突然起こった強風で皆目を開けられなかった。

体の小さいものは風の吹く方へ飛ばされた。


―ヒューー…



その強い風もどれほど吹いていたのかわからないがやがて収まった。



まるで何事もなかったような静けさで村人達は身の回りを見渡し状況を見ていた。



―カキン…


そこには黄金の剣を鞘にはめたところのグルーチョがいた。

ヂャメンは変わらずその場に倒れこんでいる。

どうやら気を失っているようだ。


そして、ハーンは…




今まで大暴れしていた青龍の体もハーンらしき姿もどこかに消えていた。




そこには一匹の大きな水色の鯉のような魚がぴちぴちと動いて苦しそうにしているだけだった。

その鯉には左の頭のあたりに小枝のような小さな角が生えているようだ。


「何が…」



誰も何が起こったのかわからず、佇んでいた。

「そこのお兄さん。大至急この魚を湖へ戻してやってくれんか。」

「え?」

お兄さんと言われた耳の尖った背の高い白い肌の人間のような姿の魔物は突然のことでびっくりしていた。

「早く!!」

「は、はい!!」

グルーチョはその年には思えぬほどの気迫で彼にせまる、彼はさっと大きな鯉を無造作に掴み湖の方へ投げた。

―ボチャン!

見事に湖に落ちて、青年はグルーチョを見た。

グルーチョはそれを確認すると少し離れたところにある小さな枝のような物を掴んでそれも湖に投げ入れた。


―チャポン…


小さな水音がして湖にそれが沈んでいくのを見守り一つため息をついた。

「ヒーラーはいるか?」

それからすぐに冷静な声でそう言うとおずおずと出てきた村民二人にヂャメンの傷の応急処置をさせた。

真っ赤な髪に少しとんがった人間のような耳を持った青年と金髪に狐のような耳を持った青年だった。

背中に受けた矢はヂャメンの左肩の肩甲骨を抉る様な形で止まっていて、それを抜くと大量の血が吹き出したが、すぐにヒーリング能力で出血は抑えた。

肝心は呪文の跳ね返りで石のようになっている目の部分だった。

まるで彫刻のようになった目の辺りは元には戻らなかった。

「駄目だ…。これは特殊な力だから…俺の力じゃ足りない。」

「俺もこれは無理だ。」

二人は酷く落ち込んでいるようだった。

「そうか。なら、彼らを治すには時間がかかりそうだな。」

グルーチョは周りで石化している村人達を見回してため息をついた。

「皆を一片も欠けぬように安全な場所へ移してやってくれ…。」

そう言ったグルーチョはヂャメンを彼らに預けてそこを立ち去ろうとした。

「爺さん…あんたは…。」

赤い髪の青年がグルーチョに思わず声を掛けた。

「時間がない。後でまた…。」

グルーチョはそれを言い終わる前に駆け出していた。

その姿はまるで青年のように若く見えたが、紛れもなく頭がつるつるの爺さんだった。

そこにいる一同は色々なことが起こりすぎてしばらく呆然と立ち尽くしていた。


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