セールってやり過ぎるとありがたみなくなる
「そうそう、この前バイト国の商人ってやつが来て勇者一行が来たら売ってくれってこれ置いてったんだわ。忘れてた。」
ジルデは話を変えて店の奥からなにやら箱を持ってきた。
「ほれ」
ジルデはピコに近づいてポンとその箱を渡した。
「え?」
ピコも周りの皆もポカンとしていた。
ジルデは皆を見て不思議そうな顔で見つめていた。
「あ!?」
ジルデはその顔を見てハッとした。
「やべ!そいつに何も言わずに売れって言われてた!?」
ジルデは頭を地面に届くほど前に倒し突然凹んだ。
その様子を見ていたアトや村長達はにやりと笑った。
「なーるほど…。その商人はきっと東方の賢人の回しもんね…。メガのココスレイヤにしろ、随分遠まわしに援護射撃を打ってくるわね。」
エリフィエルはクスクスとジルデを笑いながら周りをグルグル飛んだ。
「あー…俺、なんでこんな口が軽いんだ。」
ジルデはショボンとしながら呟いた。
一向に首を上げようとしない。
それに見飽きたようにエリフィエルはフッとピコの肩の上に舞い降りた。
「ねぇ、開けてみてよ。」
エリフィエルがそう言うとピコはぽかんとしていた口を閉じてその箱の蓋に手をかけた。
大きさは肩幅を越えるほどで手の広さより少し大きいくらいの、厚さがある木の箱だった。
素朴な白い木の箱だが、どうやら厳重に保管されていたような気配を感じる。
ただはめ込まれているだけの蓋のようだが密閉性が高いようで吸い付くような感じでスッとはあかなかった。
ジルデはやっと顔を上げて急いで手近な机の上の商品を他へどかした。
ピコがその上に箱を置き両手で真上に動かすとゆっくりと開いていく。
中にはさらに箱が入っていた。皮で加工された堅い箱で取っ手が付いている。
ワインレッド色のその箱にはしっかり閉まるように銀色に輝く豪華な留め金が施されている。
「おお…。」
ジルデがやっと凹み状態から回復したのかそれを覗き込んで感動のため息を付いた。
「これはきっと伝説の四武具ですわ。」
アトも同じように目を輝かせて覗き込んできた。
ピコは生唾を飲んで木の箱からその皮の箱を取り出した。
重すぎず軽すぎず、まるでピコの手にフィットするようだった。
―コトン…カチン…カチン…
皆がその箱を覗き込んで押し黙った。
ピコがそっと箱を机に置き、二つの留め金をはずし両手で蓋を上げる。
蝶番で繋がれた蓋が直角になるあたりで自然に止まり、皆が中を覗き込んだ。
「調合のセットだ…。」
そう言ったのはずっと様子を見ていたシンだった。
中には掌大の乳鉢と乳棒、魔導測りのセット、薬さじ、空の小瓶が六個と水晶球と硝子の器と陶器の器など幾つか入っていた。
乳鉢と乳棒は淡い白い石で出来ており、まるで新品同様だった。
乳鉢の裏にはその色とは対照的に宇宙色の石がはめ込まれている。
おそらくココスレイヤだろう。
一方乳棒のほうには握りの部分に水晶が入っているようだ。
空の小瓶には淡く金色の模様が施されており、硝子で出来ている割によく閉まる。
蓋の上部には魔法陣が書いてあった。
魔導測りは掌大で、表面がなんとも言えぬ貝のような光沢で覆われていて上部と下部から鍵爪のような引っ掛ける部分が付いている。
真ん中には大きな水晶球が付いており、その両サイドにも小さな水晶球が同じように少し出っ張って付いている。
何に使うのかわからないが、水晶球は大きい物が一つと小さいものが20ほど入っている。
大きい物には小瓶と同じ淡い金色の模様が施され、それとは違うがこの水晶球にも魔法陣が書かれている。小さいものの方には赤い文字のようなものが書かれているものと青い文字が書かれているものがあった。
どうやら、ピコがシンから習った火薬のための材料の名前のようだった。
ピコがそれを手に取りマジマジと見ているとシンが震える声を振り絞って呟いた。
「こ…これは…最新の最高級品だ。こんなのが伝説の武具なの?」
シンはそう言ってジルデを見た。
ピコも周りの皆もよくわからずその二人を見た。
「あー…たぶん伝説の武具って呼ばれるのはその乳鉢と乳棒だけのことなんじゃないか?その裏に入ってる黒い石はココスレイヤだから四武具なんだと思うし。明らかにこの魔導測りは最新の高級品だし、そんじょそこらの道具屋でも遮断小瓶なんて最近は手に入んないからな…。誰かさんが気を利かせてくれたとしか思えないが…。」
ジルデは苦笑いしながら言った。
「お母様…わざわざここまでしなければ倒せない相手だとおっしゃりたいのかしら。」
アトは魔導測りを手に持って眺めながら考え込んでいた。
その様子を見て太陽の影になる店の奥のほうへ避難していたヂャメンが少し戻ってきた。
「いえ…必要だと思ったからじゃないかな。ピコさんは戦いや魔術に掛けてはほとんど素人だけど、この状況を打破できるのはピコさんも含めてあなた達だけだとわかっているから…。」
そのヂャメンの言葉でアトは納得したようにあった位置に魔導測りを戻した。
ピコはそれらを手に取りながらジルデを見た。
「あの…さっき言っていた遮断小瓶ってなんですか?」
「あぁ、遮断小瓶ってのはあらゆるエネルギーや魔力からその中のものを遮断できる小瓶なのさ。そこに魔法陣が書いてあるだろ?それがその制御をしてて、蓋を閉めなければただの小瓶だが、蓋をするとその魔法陣が作動するように出来てるのさ。」
ジルデはピコの持っていた蓋の上部の模様を指差して説明した。
「蓋をするときに持ち主のエネルギーをほんのちょっとだけ使うけどわざわざ封印を書き直したりしなくていいし、魔術師だけじゃなく、研究者や採掘者なんかも欲しがる人は多いよ。ちなみに高いから僕は持ってないけど…。」
シンも小瓶を手にとって欲しそうに眺めながら説明した。
猫の目がぎらぎらと獲物を狙っているようだ。
「高い…ジルデさん…これおいくらでしょう?」
ピコは不安になりながらジルデを見上げた。
「1000万ペニョン…といいたいとこだが、10万ペニョンだな。」
「うわ…。」
シンがその値段を聞いて絶句した。
「異常ね…。」
ヂャメンが再び影に避難しながら呟いた。
グルーチョとピコ以外はほとんど皆口をあけて驚いていた。
「それって、ルーンだといくらなんですか?」
「ピコさんは知らなかったんですのね。大体の相場で1ルーンが10ペニョンですわ。つまり1万ルーン…恐ろしく安いですわ。この遮断小瓶一つで5000ルーンほどしますし、魔導測りに関しては最新型ですし10万ルーンほどですわね。この大海の杯に関しては値段は付けられませんもの…。それはもう、ありえないほどの破格。」
「俺のグローブも1000ルーンで異常に安かったが、これはつまり東方の賢人からの遠まわしな贈り物ってところなのかもな…。」
メガも納得したように自分のグローブを眺めた。
「なんでお母様はこうわかりにくいのかしら…。私に直接渡せばよろしいのに…。」
アトは少し顔を赤くしてプリプリ怒りながら言った。
「東方の賢人も何かお考えがあってのことではないかしら。」
ヂャメンは遠くの方からボソリと呟いた。
その声は仄かに皆の耳に届いて一同はそれに同意した。
「さ!それを買って、他のものも揃えましょう。」
エリフィエルは皆を仕切ってピコに持ち合わせの分から支払わせるとさっさと他の商品を物色していた。
ジルデの道具屋の他にもその村の入り口辺りにはたくさんの店が並んでいた。
武器屋、衣料品店、果物屋、干物屋、雑貨店、なんだかわからない物を置いてある店もあった。
今は魔王の影響で村民以外はほとんどいないが、活気はあった。
魔物の住む村だからこその雑踏の雰囲気もあり、ごちゃごちゃした感じも悪くはなかった。
ジルデの店の向かいには大きな羽根の生えた龍のような体で小さなおもちゃのようなものに目を輝かせている魔物がいたり、人間の半分ほどの体の耳の大きな可愛らしい魔物が自分の体の3倍ほどの何かの肉を買って、軽々と持って帰ろうとしていたりと面白い光景が繰り広げられていた。
ピコ、アト、メガの3人はジルデの店で発覚したことや魔王のことなど忘れて、それを楽しそうに眺めながら買物をしていた。
「四武具の三つは揃ったし、あとは太陽の杖があれば、完璧だな!」
買物が済んだころワイワイガヤガヤと話しながら歩く一同の中でメガがアトに向かって話しかけた。
「え?…あぁ…そうですわね。」
小さな体で両手いっぱいに荷物を持つアトはよろよろしながらもメガを見ながら答えた。
メガはその様子を見て自分もいっぱい荷物を持っているにもかかわらず、アトの荷物をひょいっとそれを持ち上げて抱え込んだ。
小物がたくさん入った布の袋を肩にかけ、干し肉や日持ちのする食べ物の入った紙袋を持って、さらにアトの魔導具などの入った紙袋も抱え込んだメガはそれでも男らしくよろつきもしなかった。
「…ありがとうございます。…こんなに買うんだったら飛翔板持ってくればよかったですわ。」
アトはそう言って照れを隠すようにそっぽ向いた。
「飛翔板って、あの空飛ぶ板だよね。あんなの使わなくったってこのくらいの荷物、俺に頼ってくれればいいのに。」
メガは笑いながら言った。
アトはその横顔を無言で見ていた。
それに気が付いたメガは不思議そうにその目線を合わせて笑いかけ、それを見たアトは顔を真っ赤にしていた。
「メガのくせに!」
アトは言うのが早いかそう叫んで走って先を急いだ。
前を歩いていた皆も追い越してすぐ近くまで来ていたヂャメン達の屋敷に駆け込んだ。
―クスクス―
僅かな笑い声を振りまきながらヒラヒラとエリフィエルが皆の周りを旋回すると一気に屋敷に飛んでいってしまった。
「今アトちゃん、口調がいつもとちょっと違ったよね?おじいちゃん。」
ピコがそう言うとグルーチョは屋敷の方を見ながら頷いていた。
「若いというのはいいのう…。」
グルーチョはそう言うとさっさかと歩き始め後を追うように屋敷に入っていった。
「何か気に障ったかなぁ…。」
皆が屋敷に入っていき、メガは何もわからず大量の荷物を持ったまま最後尾で屋敷に吸い込まれていった。




