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過去は未来へ…

 空は白い霧の様なボンヤリとした雲に覆われていた。

通りに出たグルーチョはその空を一睨みし、いつもより気合を入れて体操をしていた。

大気を掻く様に風を感じるようにゆっくりとした動き。

早々に起きていたエリフィエルはそれを屋根の上にある自分の部屋のその上に腰掛けボーっと見つめていた。

エリフィエルはここ最近感じていた感覚が増していくのをまるで自分ではないように静観していた。

だが、今グルーチョの姿を見ていて水が溢れるように実感していた。

何かが来るという感覚。

誰かがこのパユヴィを見ているようなそんな感覚。

 昨日ハーンにそれを言うとハーンもそれを感じてはいるらしかったが実態がつかめないと言っていた。

それでもハーンは命に代えてもエリフィエルとパユヴィを守ると言った。

しかし、ハーンの言葉で安心できない。

嫌な感覚が迫っていた。

 エリフィエルは生暖かい風に薄いピンクの髪をなびかせ佇んでいた。

その感覚を探るように…


 『朝ごはんよ』


頭の中にヂャメンの声が響きそれは中断された。

ハッとした彼女はすぐに自分の部屋から下の階へ通じる穴を通って下る。

相変らず日の当たらない家の中をすぅと飛んでいく。

日が当たらないその家の状態に慣れてしまい、それすら今は心地がよくなってしまっていた。

「私まで日に当たれなくなったらそれこそ困るわ…。」

エリフィエルは独り言を呟き階段をフワフワと飛んで下りリビングに入った。


 「朝まで起きないのだったら部屋で寝てしまった方が良かったですわね。」

アトはヂャメンが朝早くに風呂を魔法でたいてくれたので、体から湯気を出しながら席につこうとしていた。

ソファーはフカフカすぎて逆に体が疲れてしまったようだ。

エリフィエルは無言のままヂャメンの席の近くに着地した。

「私もよくそこで寝てしまうけど、考えたらあまり体にはよくないのね。ごめんなさい、起こしてあげればよかったわね。…さ、グルーチョさん、どうぞ。」

ヂャメンは自分を戒める言葉を口にしながら丁寧にグルーチョの席に料理を並べていた。

グルーチョは席に着くと目を輝かせて料理を見ていた。

相当お腹が空いているようだ。

 「いただきます。」

グルーチョは誰よりも早くご飯に手を付けた。

今日はパユヴィの周りでよく取れる濃い黄色い芋のサレというものをゆでて潰したものが主食として上がっていた。

他には豆や野菜を煮込んだ具沢山のスープと魚を塩焼きしたもの。

健康的でバランスがいい。

「ヂャメンさんは本当に料理が上手ですな。ダラダラ煮を作ってくれたらさらにありがたいがのう。」

グルーチョのその言葉にいただきますをしようとしたアトが思い出したという顔をした。

ヂャメンは何かわからず首を傾げていた。

「グルーチョさんは以前エルフの作っていたベルベラのダラダラ煮というものを食べたことがあるらしくて、それがすごく美味しかったんだそうですわ。」

「へぇ…エルフの…。アルフヘイムでは食べて来なかったのですか?」

ヂャメンは興味深げにアトに聞いた。

「それが作り方を知っている方がもういらっしゃらなくて、しかもアルフヘイムは追い出されるように出てきたので…。」

アトは苦笑いした。

ヂャメンはそれを残念そうに聞いていた。

 「ベルベラって、あの植物でしょ?魔力がすごい強くてそのまま食べると毒になるけど、実態のある生物にでも適用させることの出来る特殊な製法をエルフの誰かが開発したって…風の噂で聞いたことあるけど…。確か…リ…リ……なんて名前だったかしら…」

エリフィエルはふとそのことを思い出した。

「リリーン…。」

アトはその様子を見てアルフヘイムで何となく覚えていた名前を口にした。

「そう!リリーン!…そういえば、ジルデが若い頃に食べたとか言っていたわね。」

「え?ジルデさんって、あの村の入り口の道具屋さん…ですわよね?」

アトは思い出しながらエリフィエルに聞いた。

その話を聞いていたのかグルーチョが興味深げにエリフィエルを見ていた。

「うん。彼の店はよく道具の発注受けてて、小さい頃からアルフヘイムに行ってたらしいから、その時にでも食べたんじゃないかしら。」

エリフィエルは確証はないもののジルデがベルベラのダラダラ煮を食べたと言う事について推測した。

「行こう!ベルベラのダラダラ煮に近づけるかもしれん!!」

グルーチョは突然立ち上がり、爺さんとは思えないほどの迫力を見せた。

(そんなに美味しいのかしら…)

アトはそう思いながら気迫に押されながら頷くしかできなかった。

「まぁ、そう遠くないですし、ちょっと行ってみてもいいかもしれないですね。」

ヂャメンが柔らかい声でそう言ったのをエリフィエルは見逃さなかった。

「ヂャメンも行くわよね?」

「え!?いや、その…。」

「行きましょう!皆で行って、今後のアトちゃん達の旅のための道具を買いましょう。そしてジルデにベルベラのダラダラ煮について聞く!これは決定事項よ!!」

エリフィエルは有無を言わせない気迫でヂャメンに迫った。

ヂャメンがずっと暗いところに篭っているのが気にかかっていたエリフィエルにとっては好都合だった。

「う……うん…。」

ヂャメンは嫌そうに頷いた。


今日は学校がお休みの日だ。

朝食後にシンも仕事がないので、全員が揃って道具屋に行くことになった。

四人の修行は徐々に進んではいたが、いつ何が起こってもいいようにとエリフィエルは考えていた。

何か嫌な予感がしている。

転ばぬ先の杖で、ある程度必要な道具は手に入れておかなければという考えがあったので、いい機会だった。

ぞろぞろと勇者一行と村長一行が一緒になって進む姿は村のおかしな雰囲気よりも勝っており、道を歩く大きな体をした魔物たちも一瞬目が釘付けになった。

特に村長とヂャメン、ハーンへの注目度は高かった。


「ヂャメン様、昼に出なさるなんて珍しいですね。」

「お三人が一緒にいるのを見るのはいつぶりか…」

「ハーンさんがこのあたりに来るなんて…」


などと村民が口々に話していた。

3人の仲はいいが、滅多に一緒に外に出ないというのは村民もよくわかっているようだ。

 一行が道具屋に着いた時、そこにいた店主ジルデはその全員の姿にびっくりして首を振り回して上に掛けてあった商品をぶちまけた。

「そんなに慌てる必要もないでしょ?」

エリフィエルはそう言いながら店内に入った。

「いやぁ、だって村長はともかくヂャメン様とハーンさんがいるのはびっくり…。…何かあったんですか?」

ジルデはボソリとエリフィエルの光に向かって呟いた。

「あぁ、今の状況は異常事態だけど、ただ単に旅の用意と聞きたいことがあって来ただけよ。」

エリフィエルは店内をヒラヒラ飛び回りながら言った。

「そっか、よかった。…何をお探しで…ん?聞きたいこと?」

「そ、聞きたいこと。大したことじゃないんだけど、勇者様がどうしても聞きたいみたいよ。」

「勇者様って…あの爺さん…?」

エリフィエルはベルベラのダラダラ煮についてグルーチョが聞きたがっているということを話すとジルデはしばらくだまって何かを思い出そうとした。



 「あー、思い出した!ありゃ、使いで行った時にフェムトさんがちょうどそれを完成させたんで、味見させられたんだよ。見た目は微妙なんだけど、最高にうまかったな。それから一週間くらいはまるで力が有り余るみたいに超元気になるって副作用もあったがな…。」

それを聞いたグルーチョは目を輝かせていた。

「作り方なんかは知らないかのう?」

ジルデは頭をひねって思い出そうとしたが、そこまで知らなかったらしく首を大きく横に折り曲げて覚えていないという仕草をした。

「すまんな。他の材料が大量に必要ってことと、数日かかるってのは聞いたんだが…。確かシアは知っているはずだぜ。シアは薬草に関してはすごく興味を示しててよくフェムトさんの後をついていってそれを見ていたからな。」

「シアが…?」

メガは双子の兄の話が出て食い入るようにジルデを見つめた。

ジルデもその大きな黒い瞳でメガを見つめ返した。

「ああー!!そっか、レセから聞いたぜ。メガだよな?あの双子の…。来た時全然気が付かなくてさぁ。久しぶりだな。」

ジルデはメガの肩を掴むと懐かしそうに笑った。

「あー…その…覚えてなくて…。」

メガは申し訳なさそうに俯いた。

「そっか、まぁ、最後に会ったのはお前が5歳くらいの時だもんな。しかたねぇ。」

ジルデはけらけらと笑った。

それに答えるようにメガも二コリとするとはっと思い出したようにジルデは言葉を進めた。

「そいや、村を出る時、特効薬になるからってベルベラのダラダラ煮をフェムトさんが大量に持ってったらしいよ。」

ジルデのその言葉にメガは一瞬固まった。

一拍間が空いて、考えながら言葉を繋いだ。

「それって…ベルベラのダラダラ煮をグルーチョさんが食べたとしたら、その時に何かしらの繋がりで食べる機会があったってことか…?」

それを聞いたピコは静かにそのやり取りを見守っていたグルーチョを見て問うた。

「ねぇ、おじいちゃんがそのベルベラのダラダラ煮を食べたのってどういう状況だったの?」

グルーチョははるか昔を思い出すような顔になった。

「マルが持っていたんじゃよ。」

「え…」

ピコやメガだけでなくその場にいた誰もが驚きの表情を見せた。

それからグルーチョは遠い目で語りだした。


「それはそれは酷い雨の日の夜じゃった。ワシは庭に仕事道具を置きっぱなしだったのを思い出して表へ出たら、見知らぬ少年が倒れておった。それがマルじゃ。意識は多少あったが、マルは記憶がほとんどないようじゃったし、酷い病のようだった…。身元がわからんかと、かばんの中を見たらそれが入っておった。そのビンのラベルに『特効薬“ベルベラのダラダラ煮”元気がないときに食べなさい。』と書いてあったんじゃ。見た目が悪いもんだから腐っているかもしれないと思って味見したら、それはこの世のものとは思えないほど美味じゃった。そして、すごく力が湧いてきた。ワシは疑いもせずにマルに食べさせたんじゃ。すると目に見えて体調はよくなった。記憶がないのは意識が朦朧としているせいだろうと思いながら数日看病をしたが、体の調子がよくなってもマルの記憶は戻らなかった。おそらくベルベラのダラダラ煮はマルの母が託してくれた物だろうと何度も食べさせたのだが、思い出せなんだ。」

グルーチョは一気にそこまで話すと一呼吸置いた。

皆は無言のまま固まっていた。


「そんな中テラがマルの汚れた服を洗濯しようとしてポケットの中に紙切れが入っているのに気が付いた。その紙切れは雨のせいでほとんど読めなくなっていたのだけど、明らかにワシの家の住所が書いてあった。マルは家に来ようとしていたのだ。それが、誰に言われてかはわからないが、その筆跡に見覚えがあったんじゃ。ワシはもしかしたらと彼が現れるのをマルと待とうと思った。」

グルーチョは思い出せるだけそれを口にしている。

ただ、それが皆にとっては理解しきれないで居た。

ベルベラのダラダラ煮を食べた経緯だけを聞くなどという問題ではなかった。

「その彼とはもしや、ヨタ様ではないかということですわよね。」

アトは幼いながらもその回転のいい頭で答えに近づいていた。


「そうじゃ。マルはおそらく、ヨタ様の息子じゃと思ったのじゃ。」


メガは眼を丸くして知らず知らずのうちに息を止めていた。

深くは考えてはいなかったが、メガを見たグルーチョが“マル”と言ったのはその“マル”がメガの双子の兄だということなのだ。

つまり、マルと呼ばれていた人物はシアなのである。

一同がそれに気が付いたときその場はシンと静まりかえっていた。

「マルは本当にヨタ様によく似ておった。顔の輪郭、鼻や目のあたりの造り。髪や眼は銀だったが、決定的に似ていたのが頭の形じゃ。坊主にして見るとまん丸お月様じゃ…。だから、名前もわかんないんでな、まん丸頭のマルと呼んでいたんじゃよ。」

それを語り終えたグルーチョはふと目線を落としたあと、ハッとした。

「あぁ、ベルベラのダラダラ煮はマルが元気になるために一週間ほどでなくなってしまって、それ以来、ワシは食べてないんじゃ。それがいつか食べられたらとずっと思っておったんじゃよ。珍しいもののようじゃったし、もしかしたらマルのこともわかるかもとは思ったしのう…」


 一同は愕然としていた。

グルーチョが確信を持てないまでも、そんなことがあったと知らなかったピコは祖父の新しい一面を知ってびっくりし、言葉が出ない。

「なんだか不思議な縁ですわね。」

アトはずっと考えながらも呟いた。

「その後シアさんはどうなさったんですの?」

アトはグルーチョを見上げて毅然とした態度で質問した。

アトは驚きながらも冷静で客観的に見ることのできる子供だった。

一方周りの彼女より年がはるかに上な一同はそれをぽかんと眺めているしか出来なかった。

「いなくなった。」

グルーチョは一呼吸置くと再び続けた。

「ピコが生まれて数年経ったころに自分の居場所がないと思ったのかもしれんな…。家出をした。息子達は自分の子供のように可愛がっていたマルが居なくなって雨の中探し回っていた。しかし、マルは記憶もなにもなく行く当てもなく家に戻ってきた。」

「え?」

アトはグルーチョの話に疑問を抱いた。

それに答えるようにグルーチョは話を続けた。

今にも泣き出しそうな苦い顔だった。

「マルが戻ってきたので二人を呼び戻そうと外に出た時だった。村の連中が外で騒いでいた。今でもあの日のことは鮮明に思い出せる。」

グルーチョの言葉で何かを思い出したようにピコが口を押さえて突っ立っていた。

少し手が震えているようだった。

「裏山でがけ崩れが起きたんじゃ。」

ピコはその話に聞き入りながらもまるで拒否するかのように身を後退させた。


「そのがけ崩れで息子達は死んだ。」


ピコは記憶の糸が繋がり体の力を失った。

後ろにいたハーンが体を支えてくれやっとのこと立っていた。

ピコは両親の幼い頃の記憶ではっきり覚えていることがあった。

ピコの両親は突然いなくなった。

祖父のグルーチョや祖母のテラはその当時のことを今まで語らなかった。

父や母のことを聞こうとすると悲しい顔で微笑んで、幼心に何か重いものを残した。


「それから村の連中で遺体を掘り出したその姿をマルは見てしまったんじゃ。両親がいないことで不安で泣いていたピコを見たマルは“ごめん”とだけ言ってどこかへ消えてしまった。行く当てもないのに…。いつか帰ってくると信じて待ち、時には色々なところを捜しに人に聞いて回ったりしたが、みつからなんだ。」

グルーチョの言葉が重く皆の心に落ちた。

「そんな……ことが…。」

アトもそれ以外に言葉が出てこなかった。


「シアは生きているかもしれないわ。確証はないかもしれないけど、そんな気がする。」


その重い空気を一掃する様にエリフィエルが力強く言った。


「私もそんな気がするわ。」


ヂャメンが付け加えるように言った。


「ヂャメンがそう言うんならきっと当たってるんじゃないか?」


ハーンも同じように力強く言った。


 「この村長達3人は少なくとも人間よりは勘がきくんだ。きっと生きているさ。」

ジルデがメガの肩を叩いた。

メガはそのジルデを見て、3人を見て少し気持ちを持ち直した。

そしてピコを見た。

アトもその様子を見て、ピコを見た。

 ピコはまだ体を緊張させてはいたが、グルーチョを見てふっと顔が柔らかくなった。

グルーチョは今までのボケボケの顔とは違って優しい微笑みを返した。

「私、少しだけマル…シアさんの記憶ある。お母さんとお父さんは死んじゃったけど、それは事故だし。そう…優しいお兄ちゃんだった。うん、きっと、そうだった。私も生きていてほしい。生きていると思う。」

ピコはハーンに支えられていた体を起き上がらせて自分の足でしっかりと立った。

「さてと…ならやることは決まってるだろ!ちゃっちゃと魔王倒して、平和になったら、シアを捜しに行けばいい。ここにシアのそっくりさんが居るんだ。案外すぐに見つかるかもしれんしな!」

ジルデは持ち前の明るさで場を盛り上げた。

おかしな体をした魔物だが、いいやつだ。


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