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昔話は案外恐ろしい話も多い…

 1日はあっという間に過ぎていった。

朝に干した夢見草を取り込むのを手伝いに、湖の畔で訓練をしていたハーンとアトはエリフィエルとヂャメンの家に戻ってきた。

グルーチョはどこを散歩していたのか体中に葉っぱをつけて戻ってきた。

怪我などはしていないようだが、疲れたのかボーっと裏庭で夢見草を取り込む作業をベンチに腰かけて見ていた。

めずらしく日がまだ落ちきっていないのにヂャメンが完全に外に出てきてグルーチョにお茶を手渡すと体中の葉っぱを丁寧に取り除いていた。

 全ての作業を終えた3人はその二人を引き連れて室内に戻った。

その頃には日も落ち空に浮かぶ幾つかの雲は紫と青の間を漂っていた。

「これでピコさんとメガさんの修行は格段に進むわね。アトちゃんもハーンと入って模擬訓練してみるといいわ。」

エリフィエルはそう言うとフワフワと空を舞って格闘するような仕草をした。

エリフィエルの場合体が小さいせいか格闘というよりも踊っているように見えたが。

「あ…でも術者がいないとできませんでしょ?」

アトがそういうとエリフィエルはにやりと笑って大丈夫という仕草をした。

「大丈夫ですよ。私とノイアか…いえノイアさえいればその分に足りると思うわ。」

「でもノイアさんが一緒に潜るんだとしたら…。」

「ノイアはサキュバスよ。夢見草はノイアの力を強める力がある。ノイアは現世に意識を残したまま夢の世界に行けるわ。」

ヂャメンは自信満々で言った。

アトにそんな知識はなく驚いていた。

アトが教わってきたことはあくまで人間の都合だったのだ。

サキュバスやインキュバスは悪魔、人間とは相容れない、夢魔は人間を食い物にするだけ…そう教わってきたのだ。

アトは幼心になんでそんなことを言うのだろうと大人を見てきた。

アトの場合はただの子供の興味で彼らを恐れなかった。

そして出会ったノイアは良き母であった。

夢魔は悪魔ではなく、人間を惑わすことのできる術を持つ魔物であるからこその恐れが教えとして伝わっていたのだ。

それが、良き心の持ち主であれば、おそらく人間と共に良き生活がおくれる、そんな力だ。

このパユヴィはそんな人間の偏見や魔物や種族の葛藤から出来たと言えるのかもしれない。

その人間の偏見に追い出され、魔物や種族の他と馴れ合うなという意地に追い出され行き場を失った魔物や人間や種族が集った寄せ集めの村。

それがパユヴィなのだ。

 「皆を呼んできましょう。ピコさんとシンちゃん。メガとノイア…あ…夕飯の支度をしてるかしらね。まぁ、夕飯の後にでも来てもらえばいいでしょう。」

エリフィエルはそう言うとアトに一緒に来るように促し外に出た。



「夢見草使うなんて失念していたわね。」

ノイアはエリフィエル達の家にやってきて実物を見ると苦笑いしながら言った。

その横からメガが夢見草を覗き込んでいた。

その後ろにはピコとシンが眠そうに突っ立っていた。

ピコとシンは火薬の扱いについて勉強していたらしく昨日の夜は寝るのが遅くなって、夕飯を食べてすぐに寝たいくらいだったのだ。

一方ノイアとメガはグローブについているココスレイヤとのコンタクトを取ろうと色々試していた。

メガの意識にその感覚はあるものの始めに聞いた言葉のようなはっきりとしたものを聞くことは出来ていなかった。

「じゃぁ、とりあえず、…あなたたちからやる?」

ノイアはそう言うとピコとシンの方を見て微笑んだ。

「あ、はい。お願いします。」

エリフィエルの家に来てすぐに自己紹介をしたばかりなのでピコはノイアに対して少し挙動不審になっていた。

 全員はエリフィエルとヂャメンによって用意された部屋に導かれピコとシンをベッドに横にさせた。

その二つのベッドの間の床には特殊な魔方陣が描かれ、夢見草を焚く為の香炉が置かれている。

「準備はしておいたわ。ノイア、あとは夢見草を焚くだけだけど…。私の助けはいる?」

ヂャメンは夢見草をセットしながら言った。

「大丈夫よ。夢見草は数回、使ったことあるし。まぁ、いてくれると助かるけど。ただ、ヂャメン以外の人は出ていた方がいいわね。夢見草は強力だから、あまり人数が多いと私もコントロールしきれないし。」

「わかったわ。私達はリビングにいるから。」

エリフィエルはそういうとよろしくと声を掛け四人を残してみんなを連れてリビングへ向かった。

皆が皆、朝から修行したり夢見草の準備をしたりで疲れてそれぞれにソファに腰かけた。

「その間、俺らはどうしたら…。」

メガがポツリと言うとエリフィエルはひらりと身を翻し、メガの頭の上に降り立った。

「そんなに時間かからないから、お話でもしていましょうか。」

エリフィエルだけが疲れなどもないように変わらず光を放ち舞っていた。


 「なるほど…ココスレイヤ…不思議な物ですわね。」

アトはメガの修行の経過を話すと、感心したように唸っていた。

「でも、このグローブは俺の為に作られたのだとしたら、何のために…。」

メガはココスレイヤの漆黒に目を落としていた。

「東方の賢人かもしれないわね。」

「え?」

突然メガの頭の上でゴロゴロしていたエリフィエルがボソッと呟いた。

「お母様がなんで…。」

「ん…昔、獣魔の森がもっと広く魔物が大手を振るっていた時代があったのだけど、その時の話に出てくるのよ。東方の賢人・西方の魔術師・バイト国の剣士・暁の舞姫…その四人の話にね…。」

エリフィエルは体勢を整えて宙を舞った。

「それって黄金の剣…勇者の剣の話ですわよね。」

「そうそう…。バイト国と暁の国は獣魔の森の拡張によって分断された人間の国。そのバイト国と暁の国と獣魔の森はずっと均衡を保っていたの。でも、ある時、獣魔の森で恐ろしく力の強い主が現れた。あるバイト国の剣士は当時一番賢いとされていた魔術師と共に獣魔の森の主を倒すために出かけたの。そのころ暁の国でも一番強い魔術師が派遣されたのよ。程なく3人は主の元に着き隣国同士力をあわせようと一緒になって戦ったのだけど、酷くやられてしまうの。その時、暁の国から魔術師を心配してついてきた気の強い踊り子が、主の前に進み出て踊りを踊りながら見世物のために持っていた花火を放ち、目をくらました。そして剣士が最後の力を振り絞り一刺し!」

エリフィエルは饒舌に語りながら舞うように振りをして、最後に剣で主を刺す仕草をした。

アトとメガはまるで御伽噺を聞く子供のように目を輝かせていた。

一方グルーチョとハーンは静かにそれを眺めていた。

「でもその時の傷が元で剣士は亡くなった…。剣士の魂は黄金の剣に宿ったとされているのはそのせいね。で、他の3人も道具を持っていて、それが伝説の4武具ね。剣士の『疾風の剣』と西方の魔術師の『太陽の杖』と踊り子の『大海の杯』と東方の賢人の『闇夜の祈り石』。」

「疾風の剣?黄金の剣じゃなくて?」

メガはポツリとつぶやいた。

「あー…当時は金ぴかで役にたたなそうなイメージとは裏腹に風のように速く攻撃することの出来る剣だと皆が言っていたから、正確には『疾風の黄金剣』と呼ばれていたのよ。でも、彼が亡くなってそれを持ち上げようとしたら主の体に刺さったまま岩に変わってしまって抜けないし、岩を持ち上げるにしてもあきらかにその質料以上の重さで何十人がかりで王宮に運んだのよ。どこが疾風の剣だって話になって、その部分が消えてしまったのよね。」

「そんな、逸話があったんですのね。」

アトは感心して聞きいっていた。

「で、話を戻せば東方の賢人はその闇夜の石を持っていて、それがこのグローブではないかってことを言いたかったんですわね。」

「え?!なんで俺なの?東方の賢人はアトちゃんの母親なんだろ?」

「…」

メガがその疑問を吐露したとたんにあたりは静かになった。

誰もその理由はわからないようだった。

もし、東方の賢人であるアトの母がメガの手に渡るように手配したのだとすると何故なのかが全くつかめない。

しかもアト自身魔王討伐に出向いているのだからそれはアトが使うべきものではないかとという疑問があるのだ。

「まぁ、とにかくお母様に聞いてみないとわからないですわね。」

アトは仕方ないという仕草でため息をついた。


「たぶん、今は東方の賢人と連絡はつかないんじゃないかしら…。」


そう言ったのはヂャメンだった。

術を終えた四人がそこに立っていた。

 ピコとシンは目を擦りながら眠そうに部屋に進み居るとすぐに立ち止まった。

「ごめんなさい。やっぱ、今日はこれで帰っていいかしら…。私も師匠も夢見草で修行して戻ったらさらに眠くなってて…ふあ~…明日また来ます。」

「ええ、わかったわ。今日はゆっくりやすんで、また明日からね。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」

「おやすみ~」

家主のエリフィエルと他の皆に挨拶をするとピコとシンはとぼとぼと家を出て行った。


 「随分眠そうでしたわね。」

アトはピコとシンの後姿を見送ると苦笑いしながら言った。

ヂャメンとノイアは一息つくためにソファに腰かける。

「さっきの話…東方の賢人はこの魔王が攻めてこようという今はたぶん東方の宮に篭りっきりじゃないかしら。」

ヂャメンはアトにそう言うとソファに深く腰かけた。

アトもそれを聞いて確かにという顔をしてソファに身を埋めた。

「そうしたらあとでお父様にでも聞いてみるしかないですわね。」

皆が皆、少し疲れた顔でそこにいた。

「そういえば、ピコちゃんの修行はどうだったんですか?」

メガは唐突に聞いたがヂャメンとノイアは思い出したように身を乗り出した。

「お二人の修行は基本的に知識を深めることが中心だったようなのでかなり進んだみたいですよ。」

「でも、夢見草の副作用でさらに眠気が出ちゃったみたいね。まぁ、明日になればすっきり問題ないでしょ。さてと…次は…アトちゃんとハーンね。私とメガは夢見草さえ貰ってけばいつでも出来るし。」

ヂャメンとノイアは少し疲れたような口調であったが、ノイアがアトとハーンの番だというとすぐに立ち上がった。

「じゃぁ、俺帰ってもいいんじゃ…。」

そう言ってメガは立ち上がろうと体を乗り出した。

「メガだけ帰ったんじゃ、ママ夜道を一人で大丈夫かな…って子供達が心配するかもしれないし一緒に帰ってよ。」

ノイアはメガに向かってウィンクを投げつけた。

本当に11人の子供が居るとは思えないほどノイアは可愛らしかった。

「ノイアを襲おうなんてこの村の人間は絶対にしないけどね…。返り討ちくらうから…」

エリフィエルがメガの肩の近くでヒラヒラと舞いながら呟いた。

しかしメガはノイアの仕草の方に負けた。

メガは苦笑いしながら体をソファの方に投げ出した。

「ノイアさんには負けますわね。」

そのメガとノイアのやり取りを見てアトは少し膨れ面でノイアを見上げた。

「…え?…ふふ…別に私メガのこと子供と同じようにしか見てないわよ。ふふふ…。」

ノイアは含み笑いをすると腕の筋肉を伸ばすようにしながら部屋を出て行った。

その後ろ姿を見ながらアトはぽかんとして突っ立っていた。

「アト、行くぞ。」

ヂャメンとハーンもそれに続いてアトを伴って付いて行った。

取り残されたメガは少し不思議そうな顔をしながらそれを見送った。

「アトちゃんってあなたのこと好きなの?」

そのあたりをふらふらと舞っていたエリフィエルがメガの肩に降り立ち耳もとでささやいた。

「え!?」

メガはびっくりしてエリフィエルを振り落としてしまった。

しかしエリフィエルはひらりと見事にかわしてフワっと面白そうにニヤニヤしながら舞い上がった。


「初恋…じゃな。」


突然、声がした。

エリフィエルはそれにはびっくりしてすっとメガの後ろに隠れた。

…と思ったらずっといるのかいないのかわからない状態でいたグルーチョだった。

グルーチョははるか昔を思い浮かべるように顔を紅潮させて遠い目をして微笑んでいた。

「は…はつ…」

メガはびっくりしてその言葉の意味もよくわからないでいた。

エリフィエルは不思議そうにメガの肩ごしにグルーチョを見ていた。

「ずっと、いたのよね…。気配消えていたわよね?」

エリフィエルはそういうとずっとグルーチョを見ていた。

「え?」

メガは小さなエリフィエルの光を見て、グルーチョを再び見た。

さっきのグルーチョの言葉よりもエリフィエルのその呟きが気になってしまった。

 「テラはホントに可愛くてなぁ…。そりゃぁもうお城中でも人気の女中だったんじゃよ。頭も良くて、料理もうまくて、ハーポ様にもよく褒められて、しかも、胸がでかかったんじゃ。」

グルーチョはそうもらすとさらにニコニコと微笑みを宙に向けた。

「え?…テラさんって…じいさんの奥さんでピコちゃんのおばあさん…。お城の女中だったんだな。」

メガは意外そうに呟いた。


「あぁ、ワシは城の庭師をしていたんじゃ。そこで知り合ってな。結婚したとき当時まだ小さかったヨタ様まで羨ましがったくらいのいい娘だったんじゃよ。そんなヨタ様も、ただ一人のために地位も名誉も国も何もかも捨ててしまうような女性に出会えていたんじゃな。」


「…え?…ヨタって、お父さん…」


「運命とは不思議じゃなぁ……」


「…もしかしてじいさん、お父さんの小さい頃のこと知っているの?」


「……」


「……」




「寝ているんじゃない?」

成り行きをメガの後ろから見ていたエリフィエルがポツリと言った。

メガは立ち上がるとグルーチョの肩に少し触れた。

そのままグルーチョの体はソファにもたれかかり寝息が聞こえてきた。

「…寝てる…。」

メガは絶望的な顔でグルーチョを見ていた。

「さっきの話の続きはきけるかしらね…。」

エリフィエルは冷静にメガの肩の上に上がりながら呟いた。



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