ゲームにも結構裏技あるけど、あれってあとになって知っちゃうとなんか切ない
翌朝のことエリフィエルは太陽が昇る頃に朝ご飯も食べずに家から飛び出した。
ある物を探しに。
目的は森の中にある植物だった。
エリフィエルはフェアリーだからすぐにそれがどこにあるかはわかるがこの時期にそれがちゃんとあるかは不安だった。
それは夢見草と呼ばれており、その花の香が動物や人間や魔物を眠らせてしまうという代物だった。
花自体は強いのであまり使われないが、その草を干して炊くとその香でも眠りを誘うことが出来る。
また、この夢見草は不思議なことに上手く術をかけてやると精神世界を操ることが出来るため、見たい夢がある人や、勉強するのに時間が足りないという人に人気があった。
精神世界での時間の感覚は普段とは違うので修行するのにどうしても時間が足りないという人はそれを教えてくれるスペシャリストと一緒に潜れば起きた時にはその人と同様の知識だけは手に入るのだ。
ただし、夢見草は修行のためには使うには修行者と先生と高度な技術を持った魔術師が居なければならなかったため、英才教育を受けているようなものでなければ、現実的に不可能だったのだ。
アトは母が東方の賢人、父が警察の長官であったため小さい頃からそのような英才教育を受けていたのだ。
エリフィエルとヂャメンの家ではアトとヂャメンが家の中を引っ掻き回して、それが書いてある文献を探していた。
ヂャメンの記憶ではちゃんとした本があったはずなのだが、奥の方にしまい込んだままだった。
「ヂャメン様!これじゃないですか?」
アトはランプで照らされた一冊の本を手に取った。
『役に立つ!こんな呪術!あんな魔法!』と書かれた灰色の表紙の金の文字をなぞってみた。
指が埃で黒くなった。
「それは違うわ。詳しいことが全然書いてなかったもの。…でも、これがここにあるってことはこの近くだと思うけど…。昔、友人がくれたんだけどその本が役に立たなくて後日違う本を買って…あ…」
ヂャメンは突然思い出したように屈んでいた足を戻して今度は少し背を伸ばして棚の上をまさぐった。
「…思い出した。並べようと思ったら、棚に入りきらなくって…」
ヂャメンは目的の物を見つけたようでそれを下ろして両手で持った。
「つい棚の上においてそのままだったのよね。」
それは黒く重厚な本で金の縁と鍵が付いており、何やら魔法がかかっているようだった。
表紙には『中級魔術入門書‐道具編 著:ルヴァルヒム・ワーミー』と書かれていた。
「…それ私の家にもありましたわ。シリーズ全巻そろっていました。」
アトはその本を見て思い出したように言った。
「え!!だってこの本めちゃくちゃ高い…って、貴方のお家じゃ確かにありそうね。」
ヂャメンは羨ましそうな顔をした。
「いえ、実はこの作者さんって、お爺様のお弟子さんでしたので、貰ったのだそうですわ。」
「へぇ、そうなんだ。どうりで非常に緻密だったわけね。」
二人はそんな話をしながらその部屋を後にした。
本を見つけて安心したところに早々に出て行ったエリフィエルが帰ってきた。
まぶしい朝の光が玄関から差し込んできてヂャメンは思わず影へ避難した。
両手に重そうなほどの草の束を持っていたエリフィエルの後ろに誰かがいて彼女以上の草の束を持って立っていた。
「エリー…ここでいいかい?」
「あ、干すから中庭まで持っていってくれない?」
「了解……君のも持つよ…重そうだ。」
そう言った彼はエリフィエルの持っていた草の束を自分の持っていた物の上に重ねるとすたすたと廊下を歩いてきた。
「…やぁ、アト…それとヂャメン…久しぶりだな。」
それはハーンだった。
その蒼い瞳で見透かすようにヂャメンが隠れている陰を見据えた。
「あら、ハーン!ひさしぶり。相変らずね。」
ヂャメンは暗闇の中で微笑んでいるようだ。
一向にそこから進み出ようとはしないが。
「ヂャメンこそ、相変らずだな。少しは外に出ないと体に悪いぞ。」
「あはは…」
ヂャメンは笑ってごまかした。
どうやら、ヂャメンがあまり外に出ないせいか二人が会う機会は少ないようだ。
「夜でもいいからたまには会いに来たらどうだ?俺としても話したいこととか相談したいこととか…あるしな…。」
「そうだね。夜なら…」
ヂャメンは暗がりの中でハーンの言葉を聞いて何か思い出したような表情をしていた。
「何何?相談って、私じゃ駄目なの?」
ハーンとヂャメンの間にエリフィエルがひらりと飛び込んできた。
無垢な笑顔で二人を見た。
ハーンはその瞬間に白い顔を茹蛸のように赤くしてまたスタスタと廊下を歩き始め、中庭へ出て行ってしまった。
「何?」
エリフィエルは少しびっくりした顔でヂャメンを見た。
「まぁ、占い師の私にしか言えない事もあるんじゃないかしらね。」
ヂャメンは濁してそう伝えるとさらにその奥の暗がりの中に進んで行った。
朝ごはんの用意の為にキッチンに行った様だ。
「あんな言われ方したら気になっちゃうわよねぇ。」
そう言ってアトを見て同意を求めた。
アトは苦笑いをして少し首を傾げた。
アトはなんとなく気が付いていた。
ハーンがヂャメンに相談したいことについて。
それについてエリフィエルに何かもらすことはどうなのかわからなかったアトは対応に困った。
アトもピコにそんな状況だと相談したいと思うばかりだ。
「うわぁ!!」
その時突然ハーンの叫びが裏庭の方から響いてきた。
驚いたアト達が裏庭に行くとハーンとグルーチョが対峙していた。
「すまん、じいさん。気配を感じなくて…」
ハーンはそう言うと取り落とした夢見草を拾い上げた。
「いやいや……」
グルーチョはそう言うとハーンを細い目でジッと見つめた。
その視線に気が付いてハーンは少し首を傾けて不思議そうな顔をしていた。
「どうしたんですの?」
その様子を見ていたアトはその二人に近づいてグルーチョに言った。
「水…魚の匂いじゃ…。」
グルーチョは不思議そうな顔をして言った。
辺りには夢見草の仄かな草のにおいがしているのにそう言ったグルーチョを皆不思議そうな顔をしていた。
全員が全員不思議そうな顔をしていたが突然思い出したようにエリフィエルと声に気がついて来て外に視線だけを向けてきたヂャメンが顔を見合わせた。
「それはハーンが青竜で昇り竜種だからですよ。」
ヂャメンはそう言うとグルーチョは納得したように頷いた。
「昇り竜?…どうして青竜で昇り竜種だと魚の匂いがするんですの?」
アトは驚いて全員を見た。
「それは言えん。」
そう言ったのは真っ赤な顔をしたハーンだった。
エリフィエルとヂャメンは大笑いしていた。
「アトちゃんは英才教育を受けているから逆に知らないのね。よかったわね、ハーン!」
そう言ってエリフィエルはハーンの肩を叩いた。
そのハーンはさらに顔を赤くして夢見草を抱えて歩き出した。
「なんですの?」
アトはずっと不思議そうな顔をしたままだった。
「まぁ、竜族のことを詳しく知っていけばそのうちわかりますよ。グルーチョさんくらいのお年なら庶民の噂でも流れてきますから…そのうち…ね。」
そう言うとクスクスと笑いながらヂャメンはキッチンに戻っていった。
アトはそこに残ったエリフィエルとグルーチョを見た。
するとすぐに二人は動き出し、その場では話せない雰囲気を醸し出すので曖昧な感じになってしまった。
昇り竜種というのは聞いたことはなかった。
家にある本や見識ある人の知識を持ってしても得られない情報だというのに、そこで知ることが出来なかったことがアトにはすごく気になって仕方がなかった。
エリフィエルとハーンは薬草を干したりするための道具を取ってきて二人で夢見草を干し始めた。
朝の日の光が家を越えて満ちてくる中でアトもそれを手伝いグルーチョは朝の体操を終え、興味深げにそれを見ていた。
「この天気なら夕方前には取り込んでもう使えるようになるわ。」
木の枠に網を張った簡単な道具の上に紙を敷いて、丁寧に単子葉の葉を並べている。
葉からは仄かな甘い草の匂いが漂いいい気分になってくる。
「あまりこの匂いは吸わない方がいいわよ。人間には干してない状態の夢見草はそれなりに効くから、術も施してないと…。」
「え…」
アトはなるべく匂いを吸わないように手を伸ばして慎重にそれを手伝った。
全てを終えた3人はグルーチョを連れてキッチンに戻り朝食を食べた。
当たり前のようにハーンの分まで出された食卓は久しぶりの三人の集合とアトとグルーチョの存在で盛り上がった。
朝食だと言うのに真っ暗な中にいくつもの蝋燭が灯され深夜の飲み会でも開いているのかという雰囲気だった。
エリフィエルとハーンとヂャメンは話しによるとパユヴィの自治を主にしている人物であるらしいという事がわかった。
エリフィエルがバラバラな村民をまとめる顔、ヂャメンが内外の監視と対策を考える頭、ハーンが何か問題が起こったときの行動を起こす手と足となり、パユヴィはなりたっているようだ。
3人はパユヴィを愛している。
それが強く伝わってくる。
あまり意思を顔に出さなそうなハーンもパユヴィが魔王に支配されるかもしれないというヂャメンの言葉を聞いて意気込みを語っていた。
「俺にはここしかない。あの湖のあるこの村とエリーやヂャメン、他の村民の皆も俺の一番だから。」
ハーンは薄幸のイメージとは違う炎の宿ったような強い瞳でエリフィエルとヂャメンを見た。
「私もここしかないです。こんな私を認めてくれたエリーと生きていく方法を教えてくれたこの村、そしていつも優しい皆…。こんな素晴らしい場所は他にないです。」
ヂャメンはフードの下で優しい笑みを浮かべながら決意の意思を示した。
「私だってそうよ!ここしかない。種を越えて暮らしていけるそんな場所を夢見ていた。それが実現したのはあの湖があって、そして何よりも私達に同意してくれた仲間、一緒に村を建てるのに頑張ってくれたハーン、はぐれ者の私を導いてくれるヂャメンがいるから…だから絶対に渡せない。この場所も…皆も…。何故魔王はそれを奪おうと…」
エリフィエルの目はフェアリーの妖しい印象以上に情熱的に燃えていた。
3人ともいつもとは想像がつかないほどのオーラを発し、怒りに燃えた。
「魔王も一緒に幸せになれればいいのにのう?」
「え?」
突然のグルーチョの言葉にアトはびっくりしてグルーチョを見た。
「魔王も一緒に?」
エリフィエルはぽかんとした顔でグルーチョを見た。
「支配を望んでいるものとは一緒に仲良くなんて夢のまた夢…そうだろ?じいさん。」
ハーンも驚いた顔でグルーチョを見た。
「魔王は可愛そうなやつじゃ。あぁ…可愛そうだ。不憫だ……」
グルーチョは唸るように呟いた。
3人とアトは目を見合わせるようにして再びグルーチョを見た。
するとグルーチョは顔を下に向けて静かにしていた。
「グルーチョさん?」
ヂャメンがグルーチョの肩に触れると弾けるように顔を上げた。
「ほえ?…わしゃ、また寝ておったのう?なんじゃ?顔に何かついておるかのう?」
「いえ…」
ヂャメンはそう言うと他の人と顔をあわせた。
誰もそれからグルーチョに何かを聞こうとはしなかったが、どこか合点のいかないような顔をしていた。




