世の中には勉強が好きな人間がいます。羨ましいなぁ…
またまた遅れてしまい申し訳ありません
m(_ _)m
「はぅぅ…」
ピコはシンの後ろで2冊の本を抱えて家路についていた。
今日シンに教えてもらったということはあまりなかった。
講義以外の時間もシンはほぼ仕事をしていた。
その間ピコは図書室でシンに指定された本をひたすら読んでいた。
シン曰く実践に移すのは知識に馴染んでからとのことだった。
とりあえずと5冊ほどの本を渡された。
「読み終わったら次には…」と他にも5冊くらい言われたけれど。
厚さからするとその本が落ちてきたら角でなくとも死にそうなほどのものばかりだった。
ピコはその内容があまり理解できなくて知恵熱のような状態になっていた。
その状態を察したのかシンが可愛らしい顔で言った。
「まぁ、とりあえず、明日の午後から実践に入ろう。明日の午後は授業ないしね。」
シンがそう言うとピコは少し顔が明るくなった。
「は~い。」
二人はシンの家の近くまで来た。
「あ!ピコさん。そちらのようすはどうですの?」
そう声をかけたのはアトだった。
今までのアトでは想像付かない半袖長ズボン姿だった。
しかも体中埃まみれでいつも着ている様な服を小脇に抱えていた。
ピコは少し驚いて質問されたことを忘れた。
「アトちゃんこそ…そのカッコ…。」
今の今までアトはそのことを忘れていたかのようだった。
「あぁ…結構ハードでしたの。でもなんだか楽しかったですわ。そちらは?」
アトは可愛らしい子供の笑顔でそれとは似つかわしくない上品な言葉遣いをした。
「ん…ずっと本読んでいたの。難しくて最初はよくわからなかったけど。」
ピコは苦笑いをした。
その二人の様子を見てシンはドアを開けると言った。
「僕先に入っているから、二人で話して来たら?まだ夕食まで時間あるし。」
「あ、ありがとう。」
ピコが礼を言うとくちゃっとシンは笑って家の中に入っていった。
もう日は結構落ちてきていたけど、ピコはすぐ近くだからとアトに言われてエリフィエルとヂャメンの家にお邪魔することにした。
「あら、ピコさん。今日はどうだった?」
入ってすぐに光が飛んできて話しかけてきた。
エリフィエルだった。
「えぇ、まぁ…。」
少し疲れた表情を見せたピコをクスリと笑ってすぐに奥に飛んでいった。
アトとピコはその後を追って歩いていくとボンヤリとその部屋中に灯りが灯った。
ヂャメンだったらそのくらいの灯りでも眩しいとか言い出しそうだった。
「今はヂャメンが仕事中で地下にいるから平気よ。グルーチョさんは裏庭にいるわ。何しているかは知らないけど…」
「きっと夕日でも見ているのね。おじいちゃん、空が好きだから。」
ピコはそう答えるとエリフィエルに促されて黒い皮製の長いソファに座った。
アトも同じように腰かけ一息ついた。
エリフィエルだけはソファの背もたれの上にちょこんと座った。
「今日はどんなことしたの?」
ピコはそれからすぐにアトに質問をした。
「うーん…どんなことっていいますと…。いきなりだけどハーンさんとお手合わせさせていただきましたの。すごく強くて勝てる気がしなかったんですけども…。」
アトはそれに続けて修行の内容を話した。
アトは湖の湖畔でハーンの厳しい手ほどきを受けていた。
ハーンはアトに魔法でも道具でも何でも使って自分に攻撃をしてみろと言った。
ハーンは避けたり、防御したりする以外の動作はほぼなかった。
それでもはじめはまったくといっていい程触れることが出来なかった。
殴ったり蹴ったりしようとしてもひらりとよけたり、火炎を出せば湖の水を操って防いだり、とにかく動作も魔法も速度が断然速くて追いつかないのだ。
アトはいいとこの家のお嬢様だからある程度の護身術的な武術も受けさせられていたが、まったく歯が立たなかった。
二人はご飯を食べるのも忘れて対峙し続けていた。
アトの方は若いだけあって、体力はあった。
そのため後半になるに連れて、ハーンの速度は落ち、アトもなれて行った為、近づくことが出来た。
その間ずっとどうすればいいか考えていたアトはやっとハーンに攻撃を仕掛けられる見通しをつけることが出来た。
ハーンは魔力が非常に強いせいか、魔法を発動している間、もしくは魔法の攻撃を防いでいる間はそこに気が集中してしまい視野が狭くなる。
誰にでも言えることだが、おとりに弱いのだ。
アトはそれに薄々感づいており、一つ仕掛けてみたのだ。
アトは今までで一番大きな爆雷を近くまで行き放った。
それは流石に片手一本で押さえきれず、ハーンはかなりの集中力を持ってして防ごうとした。
その時…
アトは一気に電流を放つとすぐに掌を返し小回りの効く体でさらにハーンに近づき横に回りこんだ。
そして、ひざかっくんを食らわした。
正確に言えば、腿の裏の辺りに手刀を食らわしたのだ。
その勢いでハーンは後ろに仰け反り、崩れ落ちた。
幸い電撃は反れて天空を割いただけだった。
ハーンは久しぶりにびっくりしたのか目をまん丸に開いて空を見ていたのだそうな。
「あは!?うっそー!ハーンに勝ったの?一日で!」
エリフィエルはその話を聞いてなんだかテンションがすごい上がっていた。
「勝ったなんて、当たったのはそれくらいですのよ。長い時間ずっとやっていましたし、私も全力の力を出したのでその後すぐにへたり込んでしまいましたの。」
アトは冷静に微笑んで言った。
文体からするとかなり偉そうだが、そんな気はアトにはさらさらなかった。
「でも、その後凹んでたんじゃない?ハーンは…。」
エリフィエルは意地悪そうににやりと笑って言った。
「まぁ…」
アトははっきりとは断言せずに少し苦笑いしてエリフィエルを見た。
「…で、そのまま帰ってきたの?」
「ハーンさんがそのまま、今日はもう帰れっておっしゃっられたので…。」
ピコの問いにアトが答えるとエリフィエルはまるで小悪魔のような笑顔で笑いを押さえようとしていた。
どうやらハーンは結構プライドが高く、エリフィエルはどSのようだ。
「まぁ、彼もここ何十年もボーっとした生活送っていたし、いい刺激になったんじゃない?仕方ない…励ましに行ってやるか!」
エリフィエルは言うが早いか、すっと跳び上がってそのまま部屋を出て行ってしまった。
その顔は面白いおもちゃを手に入れた子供のようであった。
「励ましにって…からかいにの間違いじゃ…。」
ピコがそう言ったときにはもうエリフィエルの気配は家の中にはなかった。
ピコはエリフィエルが出て行ってしばらくした頃に、シンに読むように言われた本についての話をした。
アトも知らないことを勉強しようとしているらしく、若干不安が募った。
しかし、乗りかかった船だと意を決し、シンの家に帰っていった。
グルーチョが部屋に戻り、エリフィエルが帰って来て、もう日も完全に沈んだ頃やっとヂャメンとその依頼人が地下から出てきた。
ヂャメンは出てきたときにリビングに煌々と灯りが付いていたのでおどおどしていたが、依頼人を帰してすぐに一本の蝋燭を残して灯りを消した。
暗闇の中にエリフィエルの光と蝋燭の光が揺らめいていた。
「今日は長かったのね。」
エリフィエルがそう呟くと肩をビクッと震わせた。
ヂャメンの顔は黒いフードで隠されていた。
しかし、何か落ち着かないそぶりで、その少し離れたところにいたアトにもそれは察知できた。
「あれ、暁の国の人でしょ…。」
エリフィエルの問いに図星と言わんばかりに突如固まった。
「あの…まぁ…そうなんだけど…。」
もじもじとするヂャメンにエリフィエルは一つため息を吐いた。
ひらっと軽やかにその翅を動かしヂャメンの目線のすぐ先に移動した。
「別に守秘義務があるのは知っているからいいの。でも、占った結果、私達にも関係あるよね…。」
ヂャメンはそのキラキラと輝いているエリフィエルを見つめた。
その光を見つめていたヂャメンはなんだか心が落ち着くような気がした。
一同はソファに座った。
グルーチョはずっとそこに座っていたが、聞いていたのかはわからなかった。
ボーっとお茶を飲んで宙を見つめていた。
そこで一息入れたヂャメンはゆっくりと言葉を連ねた。
依頼人は確かに暁の国の人だった。
それ以上は個人の問題なのでヂャメンも言うのを控えたが、その先が問題であった。
美しき国、人々の作り出した技術の国、暁の国は都から田舎町までほぼ全域が魔王の支配下になったそうなのだ。
依頼人はなんとかパユヴィまでたどり着いたが、故郷が気になって、尋ねてきたのだと言う。
結果は悲惨なもので、人々は魔物の統制のもとほぼ外出も許されないような状態に陥っているというのが、ヂャメンの見たものだった。
人間のための輸送や食糧供給がストップしているため、餓死者が後を立たず、その遺体を魔物たちが、中心地へ集めていると見えた。
しかも街は魔王の手下、四天王の一人“赤い狂気”と呼ばれる者が仕切っているらしい。
噂では赤い狂気と呼ばれる者は獅子と山羊と蛇の頭を持ち、火を吐くのだと言う。
それ以外の情報はほぼない。
ヂャメンはそれらの映像を感じた後に、これから起こりうる未来の姿も同じようにみていた。
その予測では、ここパユヴィも魔王は支配の手を伸ばそうとしているというのだ。
エリフィエルは深刻な顔をして押し黙っていた。
「急がなければいけませんわね。」
アトはぼそりと言った。
それをうけてエリフィエルも静かに頷いた。
「おそらく近いうちに何らかの動きがあるでしょうね。」
「私も気をつけていましょう。エリフィエル、修行のスピードアップは大変だけど、難しい状況になりそうな予感がある。」
エリフィエルとヂャメンは少し俯いて考え込んでいた。
「あの…二人の修行に役立つかわからないけれど、私が昔やっていた手法は使えないのでしょうか。」
二人の顔が一挙にアトを見た。
「精神空間を使えば…。」
エリフィエルとヂャメンはハッとして見詰め合った。
「それだ!!」
エリフィエルはぱっと光り輝いて叫んだ。
ヂャメンはフードの陰でニヤリと笑っていた。




