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未来なんていらねぇ!!…いや、いりますよね…。

 ヂャメンはスッと顔を上げると少し息を吸い言葉を吐き出した。

「ピコさんはこのままでは力を出し切れずにお荷物のような形で魔王討伐に向かうことになってしまいます。」

ヂャメンの言葉は厳しかった。

「う…。」

ピコは苦い顔をしたが、その顔を見たヂャメンは予想していたかのようににっこり笑って話を続けた。

「でも、大丈夫。この村には幸い貴方の能力を伸ばしてくれる人物がいます。彼に会ってそれなりの訓練を受けてください。アトさんやメガさんとは違った分野を伸ばすことでいつぞや命を永らえる大きな力になります。」

ヂャメンはピコを安心させるような笑顔を作っていたがはっきりとは見えていなかった。

しかし、その雰囲気でピコは納得し、修行のための心構えをした。

「それと、この後出会うであろう、この旅においても、貴方の人生においても重要な人物がいます。その人は貴方と過去会ったことがある人物ですが、貴方はよく覚えていないと思います。一歩間違えればその人も貴方も道に迷うようなことになるかもしれません。…ただ恐れないで…あなたのすぐ傍にはいつもお爺様のグルーチョさんがいらっしゃる。」

ヂャメンは微笑むように真剣な眼差しで見つめた。

そのフードの陰が隠せない優しさがあった。

「啓示はこんなものですかね。何か質問はありますか?」

「あ、あの…その能力ってどんなことですか?」

ピコは自分がそんな能力があるなど考えても居なかった。

自分にそんな能力あったっけ?というのがピコの正直な気持ちだった。

「そうですね。普通の魔術とはちょっと違う力ですね。私はよく知らないのですが、爆薬とか化け学とかそういうものですかね。貴方の力を伸ばしてくれるであろう人はシンという名前の猫のような容姿の少年です。年齢は貴方より低いですが、腕は確かです。後でエリフィエルに案内させます。」

「はい、ありがとうございます。」

ピコは聞くに徹したが満足した表情で礼を言った。

話を聞く前のピコとは違って気持ちが高ぶって顔が少し紅潮していた。


 次に啓示を受けたのはメガだった。

ヂャメンはピコと同じように水鏡を見つめたあとメガに向き直り言葉を始めた。

「メガさんは魔力、知力、体力共に非常に高い潜在能力を持っています。しかし、精神に不安がありますね。そのせいで魔力をコントロールしきれず、暴走してあらぬ方向へ向かってしまうかもしれません。最後の戦いで現れるであろう四天王の一人“漆黒の呪者”は心を操ります。このままではあなたが一番初めに魔の手に落ちる可能性があります。」

ピコの時と同じようにメガにもヂャメンは厳しかった。

その言葉を聞いたメガは苦い顔をしてつばをのんだ。

「貴方に最適かは相性しだいですが、“漆黒の呪者”のように心を操る能力を持つ者がいます。ノイアという女性です。彼女なら貴方に暗示に負けない力、自分の弱さを補う心を教えてくれると思います。それにそのグローブをあなたが手にした意味も判るでしょう。他の方にもいえることですが、心の強さは奇跡をも起こすと私は信じています。心の強さだけで運命を変えてしまった人を何人も知っています。その強さを手に入れたとき、おそらくあなたの絆が強くなるでしょう。」

メガは言葉もなく一つ深く頷くとまたつばを飲み込んだ。

そしてグローブをはめたままの手を見つめもう一度ヂャメンに向き合った。

実はかなり緊張しているようだ。

「大丈夫。貴方はもうキーパーソンに会っていますよ。」

「え?!だ…誰ですか?」

メガはかすれ声で呟くように聞いた。

その問いを聞いたヂャメンはクスリと笑って言った。

「秘密です。」

「え…」

メガは言葉につまった。

「これは言わなくてもいいことですし、言ってしまったらつまらなくなってしまいますから。」

「はぁ…。」

メガは納得したようでしないような微妙な気分になった。

「このこと以外で何か質問は?」

「えーっと…ちょっと気にかかったんですけど、“漆黒の呪者”って?」

それを聞いたヂャメンがちょっと困ったような顔をした。

「そうですね。とても謎の多い者ではあります。私にも彼のことはよく見えません。彼の能力のせいかもしれませんが、彼のいる魔王の居城は靄がかかっているようで何も見えないのですよ。ただ、一つわかるのは心持ならないネクロマンサーであり、催眠術と魔術を併せた特殊な能力の持ち主です。その威力のほどはわかりません。これはあくまで噂ですが、四天王の他の面々とは異質であると聞きます。いつも魔王ギガの傍を離れず、影の支配者なのではないかということがまことしやかにささやかれています。」

それを静かに聞いていたアトは耐え切れず口を開いた。

「ヂャメン様でも見えないとなると、私達の力で及ぶのでしょうか?」

アトの冷静な顔が僅かに歪み不安をあらわにしている。

ピコはアトのその表情を見たことはなかった。それはもちろんグルーチョでもメガでも同じだった。

アトはヂャメンに相当な信頼を置いているようだ。

「大丈夫。」

ヂャメンはその一言のみを告げるとあたりはシーンと静まり返った。

「やだ、そんな怖い顔しないで。私だって無理だってわかって嗾けないです。大丈夫、修行した3人の力とグルーチョさんの力があればうまくいきますよ。」

そういうとアトは納得したように肩の力を抜いて椅子の背もたれに寄り掛かった。

いつも冷静に見せているが、本当は怖いのではないだろうか…そんな考えがピコの頭をよぎった。

いくら優秀な国家魔術師であったとしてもまだ7歳の幼女なのである。

ピコがアトを見ている間にヂャメンは次にアトを見て啓示を与える準備をしている。

「では次はアトさんですね。」

そう言うとアトはまたヂャメンを見て机に乗り出してきた。

精神年齢が高いわりに小さいその体では机の上に顔がちょこんと乗るような形だが…。

 ヂャメンがアトを見ている間傍でジッと見ていたエリフィエルが音もなくふとその部屋から飛び去っていった。

すぐに戻ってきたが何事もなかったように机の隅にたってまたヂャメンをジッと見ている。

少しイライラしているようだ。

何か時間を気にしているのだろうか。

 そうしている間にヂャメンは顔を上げ息を大きく吸って吐いた。

「アトさんは素晴らしいほどの魔術の能力を持っています。こんなにまだ幼いというのに修行もしっかりなさっていて…ただ、一つ貴方に足りない物が…。」

「はい。…それは…経験ですか?」

アトは真剣な眼差しでヂャメンの言葉に続けて言った。

ヂャメンはそれを聞いて縦に首を振った。

「貴方もよくお分かりですね。東方の賢人もそうおっしゃっているようですね。そのためにもこの旅に志願なさったんでしょう?」

アトはそれを聞くとコクリと頷いた。

その顔は年齢相応の幼い顔だった。

少し悔しそうなそんな顔だった。

「この旅はそんな生易しいものではない。だけど、あなたは強くなりたい。母のように強く…。でも、貴方に足りないのは経験だけではないわ。これは誰にも教わらなかったのね。」

ヂャメンはお姉さんのような顔つきで、呟くように話していた。

「え?」

その様子にアトは少し驚いていた。

「少しぐらいなら誰かに甘えてもいいのよ。あなたはプライドが強いから難しいことかも知れないけど、人は必ず弱点があるものなの。だから皆で暮らしていく。貴方も今こうやって4人の旅の仲間として魔王を倒しに向かおうとしている。仲間を信じて。ピコさんもメガさんも必ず大きく成長するわ。」

アトはポカンとした顔でヂャメンを見つめていた。

「あ…っと、忘れるとこだった。あなたを教えられるのは四天王でも恐れをなす力の持ち主で竜族のハーンがいいと思うの…。彼は若く見えるけど、エリーに次いで長生きで経験は多いわ。彼について実践用の修行をするといいわ。長く生き過ぎて若干私達とは時の流れが違う気がするけど、あなたの成長にはちょうどいいかもしれないわね。」

ヂャメンはエリフィエルを見ながら言った。

エリフィエルも苦笑いをしながらそれを聞いていた。

どうやら二人ともかなり親しい仲のようだ。

「は…はい」

アトは少し顔を紅潮させていた。

修行そのものが楽しみなのか少し興奮しているようだ。

「何か質問はあるかしら。」

「い…いえ、特には。ありがとうございました。」

アトは机に隠れて見えないほど頭を下げていた。

「いえいえ。えらそうにしちゃってごめんなさいね。」

ヂャメンは啓示の時とは違い腰が低い。

どうやら啓示をし始めると性格が少し強気になるらしい。

「えっと…最後はグルーチョさんですね…。」

ヂャメンはグルーチョを見て言葉を濁らすようなそぶりを見せた。

やはりグルーチョのようなお年寄りでは魔王討伐は難しいのではないか。

「と…とにかく見させていただきます。いくら、見えないからってこの私が臆するわけには行きません。」

ヂャメンは心を決めたように水鏡をがっしりつかんだ。

「え?見えない。」

ピコがふと言葉を漏らした。

「あ…いえ、その…三人のことは啓示をしなくても結構見えてくるんですけど、グルーチョさんはちょっと見にくいんですよ。漆黒の呪者とは似ている様で違う…。能力とか魂の質とかオーラとか今現在のことはわかるんですけど、過去のこととか未来のことがよくわからないんですよ。」

ヂャメンは首を傾げるようにしてグルーチョを見た。

そのグルーチョは水鏡をジッと見つめていた。

少し眠くなってきているようでふわふわしている。

「どういうこと?」

今までずっと押し黙っていたエリフィエルがヂャメンに向かって甲高い声を上げた。

「うーん……とにかく見てみる。」

「そう…気をつけてね。」

エリフィエルは不思議そうな顔をしていた。

グルーチョ以外の人は皆グルーチョに視線をそそいでいたが、そんなのお構い無にうとうとし始めた。

「始めます。」

そう言ってヂャメンが気を高め始めた途端眠そうなグルーチョは顔を上げ驚いたように目をひん剥いた。

その顔を見たピコはさらに驚き少し身を引いた。

そんなグルーチョをしばらくはヂャメンはジッと見つめていた。

少し不思議な光景であった。

まるでグルーチョは数年若返ったような顔をしている。

そしてヂャメンは水鏡に目を映し見たまま動かなくなった。

それからは他の誰も動くことなく、グルーチョの目は見開かれたままだった。

少し怖いとピコは思った。

いつものグルーチョではないような感じだった。

しばらくの間それが続いた。

他の3人とは比べて随分長いようだ。

それからヂャメンは元のように気を戻し、大きく息を吸い吐いた。

そうするとすぐにグルーチョはまた雰囲気は戻ってうとうとし始めていた。

いったい何が彼をそうさせたのだろうか。

「やっぱりだめだわ…。よく見えない。何か大きな光は見えるのだけど…。なんていうか、眩しい感じ…。ピコさんやアトさんやメガさんの顔やご家族らしき顔が浮かんできたりはするんだけど…。ご年配の方を見てもこういう風には見えなかった…。」

ヂャメンは本当に不思議そうに首を傾げていた。

少し困っているようにも見受けられる。

「こんなの初めてなんじゃない?何か勇者であることと関係があるのかしら…。」

エリフィエルはそういうと腕を組んで考えこんだ。

「うーん…困ったわね。三人が修行している間、お暇になってしまいますね。」

ヂャメンはポツリと言った。

「え?そっち?見えないから悩んでたんじゃないの?」

エリフィエルはヂャメンに突っ込みを入れるように強い口調で言った。

「だって、エリー、私が見えないのはいいとしてもよ。三人が修行を終えるにはしばらく時間があるもの…しばらく町を見てゆっくりしててね……ってな感じでしょ?」

「ま…まぁ、そんな感じよね。」

そう言ったエリフィエルはグルーチョを見た。

他の皆もそれに従ってグルーチョを見た。

しかし、他の誰もがグルーチョを不思議に思っている間、グルーチョは深い眠りに落ちていた。

背もたれに寄り掛かり大口を上に大きく開けて小さないびきをかいていた。

「…この様子ならいいんじゃないの?」

エリフィエルがそういうとその場にいた人はグルーチョ以外皆首を縦に振った。


それからエリフィエルに急かされるようにその部屋から出たのはすぐのこと。

家の中からはよく見えなかったが、ドアから覗いてみた空にはもう月がぽっかりと浮かんでいた。


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