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薬屋・リコリス  作者: 瓶覗
9章・前線へ
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7,お引き取りを

 アオイが本気で怒った時、起こる現象がこの空気の破裂だ。

 毎回起こると言うわけではないのだが、今回は相当頭に来ているようだ。


「何を、ふざけたことを仰いますか?」


 口調は丁寧なまま。ただ、その全身からあふれ出すオーラは、普段の女神然としたものではなく、酷く威圧的な怒りのもの。

 神獣であるアオイの契約獣ですら恐れる物である。

 ただの人間、それも、特に肝の小さなものが耐えられるわけはない。


「私は、友人であるカーネリアから正式に依頼されてここに居ます。貴方は、その依頼を無視しろと?それなら、貴方からカーネリアに手紙を出しますか?私を前線から引かせると。別の場所に行かせると」


 たかが領主が、一国の女王の依頼を変更させる。自分の発言の意味を、領主はようやく理解したらしい。

 青ざめてはいるが、動けもしないし声も出ない。

 アオイの威圧は、それだけの力があるのだ。


「貴方は、ここを不潔だと言った。多くの人が、他を守るために作ったここを。その、守る対象に、貴方の街も入っているはずですが、それから外されても文句が言えますか?守るべきものから否定を受けた者が、それを守り続けると思いますか?」


 アオイの怒りは、静かなものだ。

 カーネリアに怒りをぶつけた時は、怒り以外の感情が多かったので大きく声を荒げたが、それよりも、こちらの方が断然怖いし怒りの度合いが高い。


「何をするでもなくただ居座って、他の者に時間を取らせて。なぜここに来たのです?不潔だと言うのなら、なぜわざわざ?」


 ここら辺は私怨かな、などと考えていられるのは、他に比べれば見慣れている契約獣だけである。

 その彼らも、それが自分たちに向いていないから冷静でいられるだけだ。

 もし領主の後ろにでも居ようものなら、こんなふうに観戦を決め込めない。


「何もしない、役にも立たない、手伝うこともなく、時間だけを取らせる。あまつさえ、戦う者の食事を奪い、それに文句をつける。ここに、居る意味がございますか?」


 あ、そろそろ終わる。

 コガネはそんなことを考えながら、しがみ付いてくるサクラを宥めるように頭を撫でる。


「役に立たぬのなら、せめて邪魔しないでいただきたい。ここにいては、ただ邪魔です」


 アオイが、その綺麗な黒髪をなびかせて自分の契約獣の方、詳しく言えば、トマリの方を見た。


「送って差し上げて」

「……おう」


 指名されては仕方ない。

 トマリは渋々領主に近付き、魂の抜けたようなそれを押して歩かせる。

 馬車の前では領主の付き人らしいものが扉を開けて待っていた。


 馬車の中に領主を押し込んで、送って行けと言われているのでトマリも乗り込む。

 窓に肘を置いて、トマリの横に乗った付き人が合図を出すのを眺める。

 付き人の合図で馬車が動き始めたので、目線は窓の外だ。


 影の中に片目を落として拠点の状況を探りながら、馬車に身を揺られる。

 しばらくすると、放心から戻ってきた領主がブツブツと言い訳を始めた。

 自分はアオイを心配して、やら、あんなに言うほどではないだろう、やら。

 つまり、自分は悪くないと言いたいらしい。


 その様子を付き人は全て聞き流し、トマリもそうしようと思ったのだが正直耳障りだ。

 軽いため息と舌打ちをすると、領主はビクリと肩を震わせた。


「おめぇさあ、自分の街気に入ってんのか?」

「あ、当たり前だろう」

「じゃあよぉ、その街、小汚ねぇしお前の仕事なんて別のとこで出来んだからそこでやる意味ねえって言われたらどうすんだ?」

「そんなもの、受け入れるわけないだろう!」

「おめえ、同じことを言っただろうが」


 面倒くささを前面に押し出してトマリが言うと、領主は何か考えて、ようやく理解したらしい。

 理解したとして、トマリにとっては別に重要なことではない。


「まあ、俺には関係ないしな。お前は俺の主の怒りに触れた、それだけで十分だろ」


 分かったら、黙っとけ。

 そこまで言って、やっと静かになった領主から意識を外す。

 トマリは基本、自由に動く。アオイの近くに居ない事も多い。

 だが、それは他に多数の契約獣がアオイの周りにいるからである。


 今のこの状況では、少し心配だ。

 何かあったらすぐに戻れるように、意識は拠点に向けておかなければ。


 馬車に意識を向けていなかった間に、馬車は領主の屋敷まで来ていたらしい。

 また魂が抜けたのか、フラフラと馬車を降りる領主を見送って、去って行く馬車を目で追う。


「すみませんでした。お騒がせしまして」

「おー……あんなのが領主で大丈夫なのか?」

「あれで、一応、最低限の仕事はこなしているので」


 つまりそれは、大丈夫じゃないのではないだろうか。

 付き人の言葉に訝しむ目を向けると、付き人はにこりと笑った。


「まあ、もうすぐ代替わりですから」

「言っていいのかよ、んなこと」

「僕と貴方しか聞いていませんから」

「俺がどっかに洩らすかもしれねえぜ?」

「そうする利がないでしょう?」


 この付き人、中々頭が回るらしい。

 トマリはクツクツと笑って、付き人を見る。


「おめぇがなった方がいいぜ、次の領主」

「はい。順当にいけば、その予定です」

「そうかよ。……陰に気を付けろ」

「え?」

「何かが、見てるかもしれねえぜ?」


 その言葉の意味を正しく受け取ったらしい。

 付き人は、にっこりと笑った。


「馬は使われますか?」

「要らねえ」

「そうですか。では、お気をつけて」

「おう。おめえもな」


 そんな会話をして、トマリは闇に入った。

 珍しく、気に入った人間が出来た。

 アオイにはすぐにばれるだろうが、コガネには黙っておいた方が都合がよさそうだ。

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