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薬屋・リコリス  作者: 瓶覗
9章・前線へ
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6,逆鱗

 馬車から降りてきたのは、この辺りを収めている領主殿だ。

 戦が始まっても全く姿を見せず、自分の所の兵士もほとんど寄こさなかったくせに今更現れたのは、アオイがここに居るからだろう。


 この領主は、アオイがシルバー級薬師の免許を取った頃にアオイに求婚してきたことがあるのだ。

 当然断ったが、中々しつこかった。

 あまりのしつこさにアオイの師匠が怒り、それでようやく諦めたのだ。


 ここに居ても周りに無駄に気を遣わせるだけで、正直邪魔以外の何物でもない。

 そんな邪魔領主は、アオイを見つけて小走りで寄ってきた。


「やあやあ、お久しぶりですな、アオイ殿!」

「ええ、お久しぶりです」

「驚きましたぞ!貴女のような方がこのような所にいるとは!」


 その言い方に、アオイは早くもめんどくさそうな表情になる。

 そして、コガネに目配せして分かりやすい作り笑いをした。


「すみません、仕事があるので」

「なんと、アオイ殿が仕事など……」

「主、毒消しとハイポーションと熱冷ましだ」

「はーい」


 注文のものが増えているのは、忙しいから話しかけんなアピールである。

 急ぎ足で移動しているアオイとコガネに、贅肉をたっぷり付けた領主が追い付けるわけはなく、簡単に振り切られている。

 ただ、ここで諦めるようならアオイの師匠を怒らせるまで行くわけはないのである。


 周りもアオイのこの態度で領主に対する感情を把握したらしい。

 かたや来てすぐ寝る間も惜しんで薬を作ってくれる真性の美女。片や邪魔にしかならない贅肉領主。

 拠点内の人間がどちらに味方するかなど、火を見るよりも明らかだった。


 それでもこの贅肉は領主なのだ。

 面倒なことに、頭を下げないといけない人間である。

 さて、どうするか。考えてはみるが、全員自分の仕事がある。そちらを優先しなければいけないので、薄情かもしれないが、全員が自分の所に領主が来ないように、と祈っていた。


 この贅肉領主は、何を手伝うでもなくアオイのいるテントの周りをウロウロしていた。

 アオイが薬を作っている間はそのテントに入ろうとし、アオイから入って来るなと言われて仕方なく周りをうろついている。


 アオイが手当てをしにテントを移動すれば、それに合わせてウロウロする場所を変えてついてくる。

 穏便なアオイが本気で嫌そうにしていたので、コガネは珍しい、と心のアルバムにその表情を刻み込んだ。


 その日は日が暮れてもアオイがテントに戻らないことを察して仕方なく自分にあてがわれたテントに引っ込んで言った。

 それでもテントから出て絡まれたくないらしく、アオイがテントから出てこないので、気を利かせたカイヤが医務班とアオイ分の食事を持って現れた。


「あ、すみません」

「いえいえ、ほかの方の分も纏めてですから」


 そう言って笑う青年に、こっちの方が領主に向いている、とぼやく者が何人か。

 カイヤはそれを聞こえますよ。と窘めて、アオイに憐みの目を向けてきた。


「何と言うか、災難ですね」

「その認識をされる領主ってどうなんですか」

「あれは典型的なダメ領主だな」

「コガネさん……否定できないのでやめてください」

「否定しないんですね」

「まあ、僕が仕えてるのってあの人じゃないですし」


 軽く笑って言ったカイヤに、いい性格してるな……とアオイは感心した。

 食べ終えた食器はカイヤがそのまま持って行ってくれたので、アオイは気楽に薬作りに戻る。

 もう1種類作ってから戻れば、鉢合わせることもないだろう。


 夜は鉢合わせることなくテントについてそのまま眠ったのだが、朝になって領主が周りをウロウロしていることを知ってアオイはとてもげんなりした。

 2度寝を決め込みたいが、怪我人を放置するわけにはいかない。


「早く帰らないかな」

「全員が思ってるぞ、それ」


 コガネに朝食を持ってきてもらってここで食べているが、食べ終えたらダッシュでテントまで行かないと面倒くさそうだ。

 いや、もうこの時点で面倒なのだが。


「はあ……あ、何が足りない?」

「化膿止めだな」

「ありゃ、もうなくなった?」

「俺たちが来るまでにいた分がな」

「なるほど、多めに作るね」

「頼む」


 そんな会話をしながら朝食を食べて、食器はトマリに任せてテントを出る。

 すかさず声をかけてこようとする領主に追いつかれない速度でテントからテントに移動し、そのまま仕事を開始した。

 周りの者はどんだけ嫌われてるんだ……と半目だが、残念領主はそれにも気付かない。


 その日もアオイの周りをウロウロして、1日が終わる。

 何日これが続くのか、と思われていたが、終わりは思ったより早かった。

 領主がきて3日目、朝に目覚ましの散歩をしていたアオイが領主に捕まっていた。


「おはようございます、アオイ殿!」

「ああ、おはようございます」

「昨日の遅くまで作業をなさっていたようで」

「ええ、まあ」

「そんな事、アオイ殿がなさらなくともいいではないですか」

「……は?」


 アオイの目の色が変わったことに、残念領主は気付かない。

 ただ、アオイを心配して寄ってきていたコガネが一定の距離を取り、サクラがコガネにくっついた。


「こんな不潔な場所、アオイ殿には合わないでしょう。もっと安全な所で、薬だけ送れば……」


 そこまで言ったとき、アオイの周りの空気が弾けた。

 比喩ではなく、本当に。パアンッと派手な音を立てて、弾けた。

 トマリがコガネの後ろから顔を出して、どこか楽し気に言った。


「あーあ、触れちまったなぁ、逆鱗」

どこかで入れたかった、アオイちゃんの本気の怒り。正直、どんなに怖いかは書き表せないと思ってるので想像にお任せします(丸投げ)

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