2,リコリスの日常
アオイがリコリスに居なくても、リコリスに残る者達は通常通りに過ごす。
アオイの不在はよくある事だ。この程度で動じたりはしない。
ウラハが一番初めに起きて、リビングで朝食の支度を始める。
その後モエギが起きてきて、朝食の支度はバトンタッチだ。
ウラハはその時間に畑の野菜を少し回収する。
使うものだけ先にモエギに渡し、残りは食糧庫に置いておく。
それを終えたらもう仕上げの段階に入っている朝食の支度を手伝い、起きてきたセルリアとシオンに声をかける。
普段から、起きてくる順番はある程度決まっている。
変動するのはサクラが早いか、セルリアが早いかくらいである。
今日はセルリアが早かった。と、言うよりサクラが遅い。
まあ、仕方がない。今日は皆早く起きているのだ。サクラが遅いとは言ったが、いつもならセルリアももう少し寝ている時間である。
「おはよう。コガネはもう起きてるかしら」
「起きてたと思うで。音は聞こえた」
今日、アオイは少し長めの遠征に行く。
サクラとコガネがついて行って、ついでにトマリも行くと言っていた。
ウラハは、聞くまでもない。
他が行くとしてもウラハはリコリスに残る。
何か特別な買い物があるとか、そういった場合しかリコリスからは出ない。
出店リコリスの店番をすることはあるが、その程度だ。
前はシオンが引きこもるから少し外に出たりしていたが、この出不精はセルリアに甘い。
セルリアがどこか行きたいと言えばついて行くだろう。
「さて。シオンはちゃんと魔道具の調整をしたの?」
「したー。流石にサボらんよ。辛いの俺やし」
トマリとコガネが不在でも、出店リコリスは稼働する。
そのあたりの指示は、出る前にアオイが行うだろう。
まあ、出店を引くのはおそらくシオンなので、シオンはそれ用に魔道具を調整していた。
「おはよー」
「おはよう」
朝ご飯の支度を進めているうちに、サクラが起きてきた。
いつも通りか、いつもより少し早い起床だ。
眠たげに目を擦っていたが、朝食の配膳は手伝ってくれる。
それから少しして、コガネが降りてきて水を一杯飲んで上に戻って行った。
これからアオイを起こすのだろう。
階段を上がる音の後に、扉の開く音がした。
この家は防音もそこそこしっかりしているので、ここからでは会話の内容は聞こえない。
まあ、聞き耳を立てる気もないので別にいいが。
朝ご飯の配膳が完了したくらいで、アオイが降りてくる。
眠たげだが、しっかり目は覚めているようだ。
ただ、全員が揃っているのを見て早くない……?と呟いていた。
朝ご飯を食べて、昼食を渡して、準備の終わったアオイにウラハが声をかけた。
「マスター、髪を結ってもいいかしら?」
許可を貰って髪を結い、気付かれないくらいにそっと髪を一房摘まむ。そしてそれに口をつけた。
無事に帰って来るように、小さく願いを込める。
そうしている間にアオイは不在中の指示を出している。予想通りの内容だった。
バレないうちに髪を手放して、その細い肩を叩いた。
手を振って出ていくアオイを見送って、その背中が見えなくなってからリコリスの中に戻る。
ここからは、アオイとコガネ、サクラが居ないだけの日常だ。
トマリは時折居なくなるので、数えないものとする。
「ウラハさん、掃除はやっておきますね」
「ええ、お願い。私は畑に居るわ」
「分かりました」
モエギに声をかけられ、返事をして畑に向かう。
リコリス内の掃除はウラハかモエギが行っていて、大体はその時やることがない方の仕事だ。
今日はモエギがやってくれるらしいので、ウラハは朝に続いて畑に出る。
薬の材料も植えられている畑だが、食料も育てているのでウラハとモエギが手入れをすることも多い。
畑の場所により植えられているものが違い、手入れの仕方も様々だ。
まずどれからやろうか、と考えながらとりあえず水を汲んでくる。
撒くべきところに水を撒きながら収穫するものを確認して、水撒きが終わったらカゴを持ってくる。
後で木の方も見てこないと、と考えながら収穫していると、突然胸のあたりに鈍い痛みが走った。
「……」
その部分を抑えてゆっくりと息を吐く。
何か患っているわけではない。アオイと出会う前、ウラハにも色々あったのだ。
この痛みは、一方的に押し付けた約束の証。ウラハの我が儘の結果だ。
見られていても違和感がないように、ゆっくりと手を動かしながら痛みが引くのを待っていると、後ろから元気な声が聞こえてきた。
「ウラハねえ!」
「あら、どうしたのセルちゃん」
「お手伝い!」
シオンに一番懐いている可愛い妹は、ウラハの仕事も手伝ってくれる。
その頭を撫でて持っていたカゴを渡し、中に入っている実を見せる。
「これと同じくらいの色をしたものだけ収穫してくれる?」
「うん」
大きく頷いて、セルリアはウラハの仕事を引き継いだ。
シオンはどうしたのかとリコリスに目を向けると、何か本をめくりながら手を動かしている。
調べものをしているらしい。
単なるサボりでないのならいいか。と、ウラハはもう一つカゴを持ってきて整えられた木の中に入って行った。
胸の痛みはもうない。その動きはいつも通りで、誰も、ウラハのそれを知らない。
教える気はない。だが、ばれても困らない。
そう思っていたのに、最近ふと思ってしまう。
自分たちの小さな妹が、ウラハの業を知った時。その意味を、正しく理解した時。彼女は、自分を軽蔑するだろうか。自分に、幻滅するだろうか。
考えても仕方のないことだが、考えてしまう。
それを頭の中から追い出すように、ウラハは実った果実を収穫していった。
あんまり出てこないウラハさんを認識してもらおうと思って入れた話のはずなのに、ウラハさんの謎が深まっただけで終わってしまいました。
いつかどこかで、しっかりウラハさんの話をしたい……




