8,呼ばれて
レドから薬はちゃんと効いたと連絡を受けて、アオイは樹木の巡りの製作過程を清書していた。
書斎で作業をしていると、窓を叩く音がした。
顔をあげると、カーネリアの使い鳥が窓の縁に止まっている。
「こんにちはー」
言いながら窓を開け、足に着けられた手紙を回収する。
内容は予想通りのものだったので、手早く返事を書いて足に着けさせてもらった。
「じゃあ、お願いしますね」
鳥は一声鳴いて、美しい翼を広げて飛び去った。
アオイはそれを見送り、手元の資料を書き上げる。
そして庭に居るであろうセルリアに声をかけるために書斎を出た。
次の日、イピリアに向かう出店リコリスに、アオイとセルリアも乗り込んでいた。
セルリアは初めて着るドレス(のようなワンピース)に心を躍らせていた。
アオイとセルリアは似たデザインで作られた服を着ていて、それもセルリアの機嫌がいい理由である。
今日はカーネリアとの茶会である。そこにセルリアも連れてこい、と言われたので、こうして一緒に出店リコリスに乗っている。
前から連れてこい、とは言われていたが予定が合わず、今日ようやくセルリアを連れて茶会に行けそうだったのだ。
「姉さま」
「なあにーセルちゃん」
「お城に行くんだよね」
「そうだよ」
少し不安そうなセルリアの頭を撫で、カーネリア様が連れてこいって言うからねーと言葉を繋げる。
やはりまだ、目の事は気になるようだ。
リコリスに居る間は全く気にしなくなったが、王族に会うとなると話は別らしい。
話している間にイピリア内に入り、セルリアは余計に落ち着かなくなったようだ。
アオイは元々魔力もそんなに高くないので初めて来たときも平気だったが、セルリアは魔法使いの卵である。
魔力が感じられないのは初めてだろうし、不安だろう。
「大丈夫だよ。何かあったら、トマリがすぐに来るから」
「俺も行くぞ」
「そうだね、頼りにしてるよ」
セルリアをなだめていると、コガネが少しムッとして口を挟んできた。
自分より先にトマリの名が出たから少し拗ねているようだ。
だが、イピリア内ではコガネよりトマリの方が機動力があるのも事実である。
コガネが八つ当たりでトマリの背中をペしペしするのを止めさせ、適当な所でリコリスを降りる。
セルリアと手を繋いで大通りを進み、城門で止められるのでフードを上げて中に入れてもらう。
アオイが居るので、セルリアの入城に関しては不問である。
入ってすぐにカーネリアの側近が近付いてきて、庭園まで案内してくれた。
向かう途中でアオイはフードを取っており、セルリアは初めて見る王城の美しさに目を奪われていた。
庭園に入ると、その中央にはカーネリアが座している。
アオイを見て笑みを浮かべ、その横に居るセルリアに視線を移した。
「うむ。よく来たな」
「お久しぶりです、カーネリア様」
セルリアは庭園の美しさか、カーネリアの美しさか、もしくは両方に目を奪われて放心状態である。
アオイが動き始めるとハッとしてついてくる。
「それがセルリアか」
「はい。セルちゃん、ご挨拶」
「は、初めまして……」
おずおずと声を出したセルリアに、カーネリアは優しい目を向けた。
アオイは思わず、そんな表情も出来るんですねぇと呟き、カーネリアに怒られた。
「子は国の宝だ」
「ああ、そういう」
「それにまあ、我も母だからな」
「ふふ。そうですねぇ。……そういえば、サフィニア様は?」
「じきに来る」
普段は2つしか置かれていないガーデニングチェアが4つに増えているので、来るのだろうかと尋ねてみる。まあ、普通に近状を聞きたかったのもあるのだが。
セルリアも座らせ、メイドが淹れてくれた茶を飲んでいると軽いノックと共に庭園の扉が開いた。
ここに入ってこられる者は、あと1人しかいない。
目を向けるとサフィニアが立っており、微笑みを浮かべながら歩いてきていた。
「お久しぶりです、サフィニア様」
「お久しぶりです、アオイさん。そちらが?」
「はい」
「初めまして……」
「初めまして、サフィニアと言います。お見知りおきを」
王子から丁寧な挨拶を返され、セルリアは固まった。
どうやら思考が追い付いていないようである。
「セルリアは本が好きと言っていたな」
「そうですねー。見事に本の虫ですよ」
「書庫を開けるか?」
カーネリアが軽く発した言葉に、セルリアは勢いよく反応した。
王家の書庫に入る機会など、一生に一度というか何回か転生しないとないであろうことである。
途端に目を輝かせ始めたセルリアを見て、カーネリアは楽しそうに笑った。
「サフィニア、書庫の鍵を」
「はい。……アオイさん、今度お時間のある時に、薬師の指導をお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんです」
アオイが答えると、サフィニアは嬉しそうに笑ってセルリアに声をかけた。
セルリアはアオイを窺うように見ていたが、行っておいでと声をかけるとサフィニアの後について行った。
その背中を見送り、残った2人の保護者は茶会を始めた。
「あれじゃあ、本を読みに来たみたいですね」
「いいではないか?好きなことをさせておけ」
「良かったんですか?王家の書庫なんて」
「良い。目に触れさせてならんものは別で保管している」
茶を啜りながら話は弾む。
ああそうだ、とアオイが声を出せば、カーネリアは訊ねるような目を向けてきた。
「ドレス、どうでしたか」
「量産を頼みたいくらいだ」
「ふふ。お気に召したようで」
先日、カーネリアは誕生日だった。
それに合わせてリコリスからドレスを送り、今日はその感想を聞いてきてくれと製作者2人から言われていたのだ。
「お主が来れば退屈も凌げたろうに」
「流石に勘弁してください。心臓が潰れます」
イピリアではその日、カーネリアの誕生祭が開かれており、各国の重要人物が集まっていたらしい。
アオイも呼ばれはしたのだが、チキンハートには辛いと言って参加を辞退していた。
今日は、その日行かなかった埋め合わせも含めての茶会である。
しばらく会っていなかったので、話は弾む。
楽しい茶会により時間はあっという間に過ぎて、気付けば日が傾いていた。
カーネリア様は多分子供好き。
8章はこれで終わりです。
次は……早く出しだいですね(毎回言ってる)