3,本屋巡り
トマリの引く出店リコリスに揺られ、少しするとフォーンが見えてくる。
アオイは入る前にフードを被って顔を隠しており、準備はばっちりだ。
入ってすぐにアオイとコガネは出店リコリスから降り、目的の区画に向かっていく。
「一軒目はっけーん」
「れっつごー」
コガネと2人、緩い雰囲気の中人混みを進んでいたアオイは一軒の店を指さし、コガネはそれに合わせて軽く拳を上げた。
入った店で手分けして本を探し、コガネの見つけた本の内容を確認して何冊か戻し、残った数冊を買って店を出る。
アオイの書斎に設置されている本棚は大きく、そのほとんどはまだ埋まっていない。
アオイがそもそも本を読むほうではないので、必要最低限の本だけを取りそろえ、時々こうして1種類の関連書籍が増える以外増量はされない。
アオイは必要な本が置けるように、わざとなのだと言っているが、それが嘘であることは皆が知っている。
だがまあ、こうして必要な本は買うのだから、誰も何も言うことはなく、アオイの書斎は難し気な必要書籍だけが集まってきている。
今回も必要書籍を探して、何軒かの本屋を巡る。
荷物はコガネが持っているので問題なく、問題があるとすればアオイが本屋に飽きてきていることだ。
文字の多い空間が辛い……と言い始めた時点で一旦休憩をすることにして、荷物を預けるため出店リコリスを探す。
大通りを少し進むと見えてきたので走って駆け寄り、ウラハは鈴を鳴らさずに笑顔で迎え入れた。
売上の途中報告を聞いたり、本を預けたりして休憩にし、少ししたらもう一度本屋巡りに戻る……前に出店に寄ってお菓子を買った。美味しかった。
糖分の補給も済んだので今度こそ本屋巡りを再開し、更に数冊の本を買う。
その後他に頼まれていた買い物を済ませて、もう一度通りに本屋が無いか探したら出店リコリスに合流だ。
「必要な本は集まった?」
「うん、多分」
「また増えたなぁ」
「書斎が潤うな」
買い忘れが無いか確認しながらダラダラと話し、確認が終わった時点でフォーンの出口に向かう。
アオイはもういつもの席に座ってダレており、コガネは買った本をめくっていた。
フォーンから出てしばらく進んだところでアオイはフードを取って大きく伸びをした。
「やっぱりさ、邪魔だよね。これ」
「被ってないと面倒だって言ったのはマスターよ?」
「そうなんだけどさ……」
一度人混みが出来て動けなくなるという悲しい事件を引き起こしてから、アオイは人の多いところに行くときはフードを被って行動している。
好んで被っているわけではないので、どうしても邪魔だと思ってしまうし被るのが面倒で引きこもりがちになってしまう。
もっといい方法は無いか、とぼやくアオイに、トマリがからかいを含んだ声をかけた。
「むしろ目立つってのはどうだ?誰も近づいて来ないかもしれねぇぜ?」
「やだぁ……」
「じゃあ諦めろ」
クツクツと笑って言ったトマリの頭を、コガネが手を伸ばして叩いた。
アオイはそれを眺めながら思考を巡らせる。
目立ちたくはないのだ。だから森の中に引きこもってるのだ。だが、最近本気でフードが邪魔である。
「一体どうしたものか……」
「フードが最善手だと思うのよねぇ」
「うーん……あ!」
腕を組んで唸っていたアオイが、急に表情を明るくしてポンッと手を叩いた。
何か妙案が浮かんだのだろうか、と契約獣たちがアオイに視線を集める中、アオイは楽し気に言う。
「もう、気配を消す薬とか作ればいいんじゃない?私、薬師だし」
「なるほど妙案」
「おいコガネ、何でも同意すんじゃねえよ。流石に無理だろ」
「たしかに、気配自体を消すのは難しそうね……」
「まあ、試すだけ試すだけ。樹化の薬が出来たらやってみよう」
アオイが楽しそうに言うので、楽しいならまあいいかと皆が思考を放棄し、話しているうちにリコリスに到着する。
すぐにサクラとセルリアが出迎えに来て、先に戻っていいと言われたのでアオイは家の中に入り夕食の準備を手伝うことにした。
「ただいまー、モエギ。今日のご飯なーに?」
「おかえりなさい、主。今日はお肉と野菜の甘辛タレ炒めですよ」
「わあ、絶対美味しい」
しっかりと手を洗ってからモエギの指示で夕食の準備を行い、出店の片づけが終わって3人が戻ってくる頃にちょうど夕食の配膳が終わった。
中央の大皿に山盛り盛られた肉野菜炒めがとてもとても食欲をそそる香りを発していて、リビングに入ってきた瞬間トマリのお腹が盛大に鳴った。
トマリはその音を気にすることなく席に座り、それに釣られて全員が席に着く。
いただきます、と声を揃えって言い終わった瞬間トマリの手が大皿に伸び、その一角を自分の皿に乗せ持っていく。
その勢いを目の当たりにして、皆が焦って自分の分を確保し始めた。
トマリの好みの食事が並んでいるときは、急いで確保しないと気付いたころには全てがトマリの胃の中に納まってしまっているのだ。
ほとんどの者が焦って大皿に手を伸ばす中、一人、モエギだけはその光景を嬉しそうに眺めていた。
その姿はやはりどうあがいてもいい嫁だった。