2,薬師なので
レドの言葉には冗談など欠片もなく、止められないと言ったそれを止めようと、戻そうとしているのだとその目が告げている。
アオイはその目を正面から見返し、ゆっくりと口を開いた。
「……無理、ではないの?」
「今は、無理。止めることも戻ることも出来ない」
「……可能性は?」
「分からないなぁ……俺、別に頭良くないしね」
「それは言い訳にならないよぉ……」
アオイが勢いよくカウンターに伏せたので、横に居たコガネは慌ててティーカップを避けた。
カウンターに頭を打ち付けたアオイは、そのまま顔を動かしてレドを見る。
「……で、どうして樹化を治したいの?」
「知り合いが樹化しててさ。あんまりにも悲しそうだから、流石にかわいそうになって」
「へえ……やっぱり受け入れる人が全てじゃないんだね」
よいしょ、と身体を起こして、アオイは頬杖をついた。
そして、コガネに目を向ける。
コガネは珍しくアオイの意志を汲み取り損ねたようで、軽く首を傾げた。
「どうしたの?」
「樹化について、何か知ってたりする?」
「うーん……あんまり関わらない種族の事だしね……レドの知ってること以外は、分からないかな」
コガネは申し訳なさそうにそう言って、アオイはその表情に思わず頭を撫でた。
レドはそれを見ていたが、撫でている時間があまりにも長いのでお茶を啜ってから口を挟む。
「……で、アオイさん。どうだろ?」
「……やってはみるよ。薬屋だからね。でも、出来たとしても時間がかかると思うし、出来るかは分からない」
「それでいいよ。無茶言ってるのはこっちだしね」
「樹化の進行とかって大丈夫なものなの?」
「うん。完全に木になりきるまでにはまだ時間がかかるから。……速くても後1年は大丈夫」
「そっか。じゃあ、やるだけやってみるよ」
「ありがとー。それじゃ、俺はここで」
「うん。バイバーイ。気を付けてね」
手を振って去って行くレドを見送って、アオイはぐっと伸びをした。
そして、コガネに軽く声をかけてから部屋の隅に出来た影に声をかける。
「トマリ」
「何だ」
「調べてくれる?植人の性質」
「成りか?」
「うん」
「分かった、行ってくる」
「お願い」
アオイの話を聞いて闇に溶けていったトマリを見送り、アオイは書斎に向かった。
まだ日は高い。調べ物なら出来るだろうし、次の行動を纏める時間はあるだろう。
書斎の本を何冊か抱えて机に乗せ、それを捲りながらメモを取る。
「……資料、足りないな」
次の買い物はいつだったか、と考えながら、アオイはひとまず今ある資料分のメモを終える。
これ以上はどうにもならないので、作業部屋に場所を移して考え事は続く。
やってはみると言った以上、出来ることはやるべきだ。
作業部屋の戸棚を漁り、使えそうなものをいくつか取り出して机に並べる。
並べて比べて、考えながら弄って頭の中を整理して。
そうしているうちに時間が経っていたようで、作業部屋の扉がノックされてサクラが顔を出した。
「主ー。ご飯だよー」
「はーい、すぐ行くね」
夕食を食べたら再開しようと作業していた物はそのまま残し、作業部屋を出てエプロンを外す。
手袋も外して纏めてソファに置き、夕食が用意された席に座った。
「アオイ姉さま、今度はなにを作ってるの?」
「うーん……悲しい人が、悲しくならなくなるための薬、かな」
「すごい」
「そうだね、完成するといいね」
「姉さまなら、出来るでしょ?」
無邪気に言われて、アオイはフッと笑った。
この無邪気な期待に応えたいな、という意地のようなものを感じて、何とも言えない気持ちになる。
保護者のプライドについてはシオンのそれを横で見ていたが、なるほど壊したくないものだ。
「……あ、コガネ。明日のフォーン私も付いてくね」
「分かった」
「なら、私が店番に行きましょうか?」
「お願いしようかな」
「分かったわ。マスターたちには買い物もお願いするわね」
「分かった」「はーい」
和やかな会話と共に食事は終わり、アオイはエプロンと手袋を持って作業部屋に戻った。
中断していた作業を再開し、メモを取りながら使うかも分からない資料を集め。
次にそれが中断されたのは夜も完全に更けた頃、流石に時間が遅いから、とコガネに止められて風呂に入り自室に上がる。
纏まりきらなかった脳内を纏めているうちに眠りにつき、気付けば朝になっている。
いつものようにコガネに布団をはがされ、日光に呻きながらベッドから落ちた。
「おはよう、主」
「おはよう……」
「フォーン行くんでしょ」
「行く……」
なら早く起きろ、と言ってコガネは部屋から出ていった。
その背中を見送ってクローゼットを開き、適当に服を取り出して着替える。
そうしているうちに目も覚めるので、リビングに降りてすでに集まっている者たちに挨拶をして、積み荷の準備をしているらしいトマリの元へ歩いて行く。
「おはよう、トマリ」
「ん?おお。なんかあったか?」
「いや、出てきてみただけ」
「そうか」
緩く会話をしていると朝食に呼ばれたので、リビングに戻って食事を済ませる。
積み荷の確認を済ませて乗り込み、セルリアに手を振ってリコリスを出発する。
アオイにとっては久々のフォーンである。




