1,犯人
「こんにちはー」
慣れたように扉に付いた鈴を鳴らして入ってきた少年を見て、カウンターで待機していたアオイは勢いよく立ち上がった。
背の高いイスに足を引っかけて立っているので中々不安定だが、そんなことは気にせずに入ってきた少年にいつもより幾分か鋭い目線を向ける。
「レド君!」
「やっほーアオイさん。久しぶり」
「久しぶり。ところでリコリスの場所をレークさんに教えたのは君だな!?」
「あはは、もうバレてたか」
アオイに睨まれても全く気にせずカウンターに歩み寄ってきたこの赤髪の少年は、アオイの独立前、つまり師匠の店であるエキナセアからの常連である。
アオイが独立してからはリコリスにもちょくちょく顔を出してくれる良客だが、今はそれをありがたがる時ではない。
「もう、一応秘密なんだからね?」
「一応って言っちゃってるじゃん」
「う……だって思ったより人来るんだもん……」
「そりゃ、目立つもん」
「うそだぁ!?」
「嘘じゃないよ」
軽く笑ってレドはアオイの目立つ行為を羅列していく。
言われてみれば確かに目立つかもしれない、と反省しつつ、アオイはもう一度だけ目尻を釣り上げた。アオイが思っているより上がっていないが、まあそれは気にしてはいけない。
「今度からは言わないでね」
「分かってるよ。レークさんならいいかと思っただけだから、他の人には言わないって」
「信用出来るような出来ないような」
「そこは信用してよ」
レークさんいい人だったでしょ?と言われて、元気だったと返せば笑われる。
研究対象があるうちは元気なのだと笑いながら言うレドに、仲がいいのかと聞いてみる。
「何回か雇われたことがあるんだよ。護衛とか採取とかで」
「なるほど……」
座り直して頷き、アオイの個人的な怒りは完全に消える。
リコリスにたどり着けている時点で悪人ではないので、まあいいかと思っていた部分もあるのでこれでおしまい、掘り返しもなしだ。
「で、レド君今日は何をお買い上げ?」
「あ、買い物もあるんだけど、他にも用事が……まあ買い物の後でいいや」
お願いしまーす、とメモ用紙を渡され、アオイは書かれている物を取りに保存部屋へ向かう。
紙袋に頼まれている物を全て入れて戻ってくるとコガネがお茶を持ってきていて、ついでにカウンターの外側にもイスが設置されていた。
「はい、確認お願いしまーす」
「はーい」
慣れた様子で確認作業を終わらせ、代金を受け取って珍しくあるという別の用事を聞くことになった。
コガネにも同席してもらい、話し始める前にモエギが焼きたてのクッキーを持ってきてくれたのでお茶会ながらの話になった。
「アオイさんはさ、樹化って知ってる?」
「樹化?」
「うん。植人の一部に起こることなんだけど……」
聞き覚えがなく首を振ると、レドはまあそうだろうと頷いた。
植人以外は知らないであろう現象らしい。
見た目は完全に人だが、レドは植人である。
「植人って木から生まれるから、人の身体を持った木って扱いになることがあって……まあ、植物って言われたら植物だしね、俺ら。で、植人が木に成ることを樹化って呼ぶんだ」
「木に、なるの?」
「うん。全員がなる訳じゃないけど」
分かりづらいかもしれない、と前置きをしてからレドは話し始めた。
樹化とは植人が木になる、扱いとしては、昇華することらしい。
全ての植人がなる可能性があり、それが始まったら止めることは出来ない。
基本的に植人はそれを受け入れ、新たな命を宿す側に回る。
だが、稀にそれを厭う者も居るらしい。
樹化が始まると、無意識に森に向かい、森から離れることは無くなるのだという。
そして時間をかけて身体が木に変化していく。
徐々に身体が動かなくなり、時間の変化に疎くなる。
そのうちに根が生えて身体が固定され、柔らかな皮膚は固い樹皮へと、手は枝へと変わっていく。
「……それは、受け入れられることなの?」
「どうだろ。それは、なった本人にしか分からないよ。俺の知ってる植人は、割とすんなり受け入れる人がほとんどだった」
植人として身体を得ただけで、自分は元々木だったのだ。そう言った植人が居たらしい。
レドはそれを受け入れ、仲の良かったその人と別れたのだと。
「もしそうなったら、レド君もそれを受け入れる?」
「受け入れる、って言いきった方が格好いいんだけどね。俺、知り合い多いしさ。会えなくなったら、話せなくなったら寂しいだろうな、とは思うよ」
「格好いいかは置いといて、私はレド君が居なくなったら悲しいよ」
「ありがとう。でも、居なくなるわけじゃないからね、そこもまた微妙なんだ」
そう言って、レドはカップの中身を飲み干した。
それをソーサーに置きながら、真剣な眼を向けてくる。
「で、ここからが本題なんだけどさ。アオイさん、樹化が始まった植人を人の身体に戻せたりってしないかな?」
樹化が始まったら止めることは出来ない。レドは確かにそう言っていて、だが今のこの言葉には冗談など混ざってはいない。
真剣な瞳を正面から見返して、アオイは考えを巡らせた。
知っている人は知っているレド君。
記憶に残るか微妙な子を連れてきてみました。