7,主取られた
龍の元から帰ってきた次の日、アオイはコガネと共にヒソクの元を訪れていた。
薬の説明をして、村で崇められそうになった、と愚痴をこぼす。
「女神のお……違うとも言い切れんと思うが」
「違いますー。女神じゃないですー」
ヒソクの側で体育座りをしていじける姿からは、普段の神々しさが消えている。
元々アオイは周りが自分に対して神々しさを感じているなど気付いていない。気付いていたら何かしら対策をしている。
アオイは、崇められたり敬われたりするのが心底苦手なのだ。
最上位薬師というのは、王に雇われ城に住んで王族に近い生活を出来るような地位である。
その取得難易度は異常で、200年に1人いれば良い方とまで言われている。
歴代ほとんどの最上位薬師はどこかの国の城で、王から支援を受けて薬の開発をしていたらしい。
アオイは王に求婚されようが無制限の資金供給を約束されようがそれらを迷いもせずに断った。
1つだけ、とある女王に誘われたときに迷ったことがあったが、結局は断り迷いの森にいる。
どこか小さな村にでも行こうかと思いもしたが、アオイは普通の人間ではない。
何かあったら、と考えて人の来ない場所を選んだ。
「そう拗ねるな。別に悪い事でもないだろう」
「えー……ヒソクは元々崇められてそうな感じしますもん。私の感覚とは違いますよ」
「まあ、確かに一時期あったが」
「あったんです!?」
初耳である。何でこんなところに居るんだこのドラゴン。
というか、仮にも主なのだから教えてくれてもいいと思う。
多分聞かれなかったから、とか言うのだろうが。
「ほれ、拗ねるな。そんな顔を見せに来たわけではないだろう?」
「そうですけどー」
ヒソクは苦笑いしてコガネを呼んだ。
コガネはアオイを立たせてヒソクに向き直る。
「連れて行く。次は機嫌のいい時に」
「そうしてくれ。せっかく来たのに、最初しか笑わなかったぞ」
「え、そんなに膨れてましたか?」
「ああ。ほれほれ、最後に笑っていけ」
ヒソクに言われてアオイは無理やり笑い、ヒソクは声を出して笑った。
アオイがむくれる。
「コガネー。ヒソクが笑う」
「ああ、そうだな。帰るぞ」
「聞いてくれない……!スルースキル高めすぎでは……?」
「ははは、またな」
「はい、また来ますね」
最後に振り返って、今度は自然な笑みを見せて去って行く。
アオイといると、本当に退屈しない。
本当なら自分も人の形を取って彼女の店に居たいくらいだ。
2人の去っていった洞窟で、ヒソクは1人過去に思いをはせた。
懐かしい、自分の側に村があった時の記憶だ。
過去のものになったその記憶と、アオイの契約獣になってからの記憶が時々混ざり合うことがあった。
不快ではない。ただ、少し混乱する。
だがこちらは千年以上を生きた、最上位のドラゴンである。
多少記憶が混ざり合った程度は、それを楽しむ余裕があった。
彼女は次いつ来るだろうか、いつも通り考えながら、ここからでは見えない日の光を感じて目を細めた。
ヒソクの元から帰ってきて、一度部屋に戻ったアオイの機嫌が妙にいい。
コガネは何となくその理由を察して、アオイを眺めながら茶をすすった。
アオイは先ほどから外に居て、そわそわと何かを待っていた。
しばらくそうしていると、コガネは1つの音に気付く。
アオイはまだ気づいていないが、それは徐々に音を大きくしていた。
少ししてアオイも気付いたのか、パッと表情を明るくした。
花でも飛びそうなほど嬉しそうに音の主を待っているアオイの元に、コガネが近づく。
それと同時に、馬に乗った1人の青年が現れた。
青年は馬の勢いを殺しつつアオイの近くに来て、馬から降りる。
「久しぶり」
「お久しぶりです、モクランさん!」
この青年は、アオイが独立して店を持つ前にいた、アオイの師匠の店がある国に拠点を構える世界最高峰の冒険者パーティー「クリソベリル」のメンバーで、当時からアオイが事あるごとに世話になった人物である。
端的に言えば、アオイはこのモクランという青年にとても懐いていた。
「どこか行ってたの?」
「はい。……もしかして、少し前に?」
「行きにね。今帰り」
「そうなんですか。じゃあ、そんなに時間ないんですか」
「いや、そのまま休みだから、君がいいなら」
アオイはモクランの言葉に頷き、詳細を聞いて部屋に戻って行った。
住む場所が遠くなり、会う頻度は極端に減ったが、モクランがこうしてリコリスに現れるので、当時と変わらず交流があった。
変わった所もあったが、コガネはそれを無視した。変わってない、変わってない。
モクランは連日の休みが取れるとリコリスを訪れ、アオイの予定と合えばアオイを連れて遠駆けに行く。
コガネはモクランと話しながら、モクランの連れている馬を撫でた。
とても優秀なモクランの愛馬である。
少ししてアオイが戻ってきて、モクランは馬に跨った。
アオイを引き上げて座らせ、コガネに向き直る。
「じゃあ、借りてくね」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
手を振って見送り、その姿が見えなくなったところで家の中に入る。
そして、リビングの自分の席に突っ伏した。
突っ伏して膨れているコガネを見つけたトマリが、面白そうに寄ってくる。
「なに膨れてんだよ」
「主取られた」
「……ああ、モクランか。嫌ならそう言えばいいじゃねぇか」
「嫌ではない。というか、主が楽しみにしてるのに言えるか、そんなこと」
嫌ではない。それは本当だった。
コガネも、モクランに悪い感情はない。どちらかと言えば懐いている。
だが、それとこれとは別である。
アオイが楽しそうだから邪魔はしない。
ただ、アオイの見ていないところで拗ねる。
聞き分けのいい子供のような、大好きなものを取られて拗ねる子供のようなコガネの状態を見て、トマリはクツクツと笑った。
笑われて、コガネはさらに膨れた。
サクラとモエギ、それとアオイがいる前では、コガネは子供のように拗ねたりはしない。
だが、他の4人の前では別である。
サクラとモエギ以外の契約獣は全員長命種であり、その中で成獣でないのはコガネだけだ。
コガネは種族の中では子供といわれる歳であり、自分より年下の者がいないとそのまま子供のような行動を取る。
コガネはもう一度、主取られてた。と呟き、トマリは笑いながらお茶を淹れて差し出した。
1章はこれで終わりです。
短い……思ったより短い……
2章はもう少し長くなる、予定です。