11,ドラゴンの我が儘
リコリスに帰る道中、レークは行きとは別人のように静かだった。
カードの内容に思考を巡らせているようで、ベーレスはいつもの事だと笑った。
ドラゴンはむしろ心配そうに背中を気にしている。
普段元気が有り余っている者が静かだと心配になるのはドラゴンも同じらしい。
行きよりだいぶ静かだが、速度は変わらないので流れる景色を楽しんでいる間にリコリスのある迷いの森が見えてくる。
リコリスに降り立ち、アオイはドラゴンの頭を撫でた。
降下を開始した時点で気付いたのか小鳥組が外に出てきており、アオイはドラゴンから降りてすぐにサクラに飛びつかれた。
「おかえり!主!」
「ただいま、サクラ、モエギ」
「おかえりなさい。夕飯は出来てますよ」
「やったぁ」
コガネも降りて鞍を外していた。
ドラゴンたちとは、ここでお別れである。
まあ、また会いに行くことも出来るので何かあったら行こう、とアオイが考えている隣で、幼いドラゴンが鞍を外されるのを拒んでいた。
『やだ、やだ!僕この人と一緒に行く!帰らないもん!』
「アオイさん、なんて言ってるんですか?これ」
「えーっと、アルフさんと一緒に行くって。離れるつもりないみたいです」
『これ外したらバイバイなんでしょ?なら外さない!』
「鞍って好んでつける子いないんですけどね。アルフさん相当懐かれましたね」
「主以外にこんな好かれ方してる人間初めて見たぞ」
鞍を外されまいと身体を動かすドラゴンを他のドラゴンが言いくるめようとするが、全く聞き耳を持たない。
あーこれは大変だぁ。と他人事だと高を括ったアオイはドラゴンたちの会話に耳を傾け、アルフはよく分からないが我が儘を言っているんだなと理解した。
「長に聞いてみたり出来ないんですか?」
『……長は帰って来いと』
『帰んない!この人と行く!』
『駄々をこねるな!……え、行かせる?いや長……』
『やった!やった!一緒に行けるよ!僕も連れてって!』
クルルっと甘える声を出してドラゴンがアルフに頭を擦りつけ、アルフは撫でながらアオイに翻訳を頼む目を向けた。
アオイは長と話し始めたドラゴンの頭を撫でながら、アルフに笑いかける。
「長の許可が出ました。連れて行ってあげてください」
「……いいんですか?」
「はい。ドラゴンも、孫には甘いんですよ」
『あ、ねえ!僕に名前ちょうだい!そうしたらもっとお話しできるよ!』
『いや待てそれは駄目だぞ!?』
長との話し合いが終わった途端に別の言い合いの種が発生し、ドラゴンは酷く疲れた表情をした。
「まあまあ、名前はまだ早いですよ。それはつまり縛られるってことです。長の許可も下りないでしょうし、しばらくは一緒に居るだけで満足しましょう?」
『でも、でも。貴女はいっぱい名前を付けたでしょ?』
「主は特別だ。分かるだろう?」
『うん……じゃあ、しばらく我慢する。いっぱい一緒に居て、長が許してくれるくらいになったら名前を貰う!』
「それがいいです」
どうにか納得させ、アオイはドラゴンの頭を撫でた。
アルフは話の内容が分からん、と呟いて、諦めたのかドラゴンの頭を撫でることに集中する。
「アオイさん!」
「何ですか?」
「これを!」
レークに何かを渡され、アオイは首を傾げた。
手の上に乗せられたのは、小さな魔道具。
中心に白い魔石がはめ込まれていて、魔石の中には金糸が閉じ込められている。
その魔石を囲むのは銀の土台。
細やかな装飾と、4本の足がありこれだけで立たせることが出来るようだ。
丸い魔石が夕日を反射して、中の金糸がキラキラと輝く。
「綺麗ですね。これは?」
「連絡用の魔道具です!試作品なので長文を送ることは出来ませんが、これの分析結果のお知らせが出来ればと!」
「ああ、わざわざありがとうございます」
「いえいえ!……またお邪魔してもいいですか?」
「はい。待ってますよ」
「ありがとうございます!それでは、我々はここで!」
アオイに綺麗な礼をして森の中に入って行こうとしたレークを、ドラゴンが服の端を噛んで止める。
幼いドラゴンがアルフについて行くから、途中まで送ってくれるらしい。
レークは目を輝かせてドラゴンに跨り、アオイに大きく手を振った。
アオイも手を振り返し、見えなくなったところで木の陰に目を向けた。
目を向けた先からトマリが出てきて、数枚の紙を手渡してくる。
「要らなかったか?」
「ううん。でも、ごめんね。ありがとう」
「おう」
紙に書かれているのは頼んでいたレーク・ヴィストレーンの情報である。
神話時代の物があったとして、それを持って行かせるか否かで頼んだ資料ではあるが、それを読まずして持たせて大丈夫と結論を出してしまった。
それでも、知りたいことはある。アオイの住まいをバラした人物とか。
「主、ご飯食べよ?」
「そうだね」
サクラに手を引かれて、アオイは資料から顔を上げた。
鼻を動かせば、食欲をそそる香りが漂ってきている。
急激にお腹が空くのを感じて、アオイは足を速めた。
考えてみれば、昼食の休憩もほとんどない状態で探索をしていたのだ。
一度空腹を感じると、もうそれしか考えられなくなる。
ただいまーと声を上げつつ、アオイは急いで手を洗った。
おじいちゃんは孫に甘い。そういう事です(?)